雪の残響
雪が降り積もる。
しんしんと。
深く、深く、すべてを包み込むように。
静けさだけが耳に響いた。
「今日はもう遅いからお帰り。風邪を引いてしまうよ」
「でも、俊一さんがまだ来てないわ」
彼女は不満そうに寒さに赤くなった頰を膨らませた。子供っぽい仕草は童顔と相まって本来の年齢よりもずっと幼く感じさせる。
「ほら、ここも真っ赤になってるよ」
頰と同じように真っ赤になった鼻を突いてやると、彼女は可笑しそうにくすくすと笑った。
「子供扱いしないで」
「じゃあ大人の君は聞き分けよく家に帰ってくれるよね?」
「それとこれとは話は別です。俊一さんが来るまで私は帰りません」
そう言うと彼女は笑いを引っ込めて、つんとそっぽを向いた。
「はあ。君はそんなに俊一とやらが好きなのか?」
ほんの少し不機嫌の混ざった声に気づくこともなく、彼女はそっぽを向いていた顔を正面に戻し、瞳をきらきらと輝かせて語り始めた。
「世界で一番大好きよ!俊一さんは格好良くて頭が良くて、運動も出来て、たまに意地悪だけどとっても優しいの!」
「……妬けてしまうな」
「なーに?」
それは小さなささやきで彼女には聞こえなかったらしい。彼女は聞き返すも、呟いたこととは別のことを言った。
「君からそんなに好意を向けられるなんて俊一とやらは世界で一番の幸せ者だな」
「そうだったら嬉しいわ」
彼女は本当に幸せそうに笑う。寒さで赤く染まった頰を更に紅潮させて、彼女こそが世界で一番の幸せ者であるというように。
「それにしても遅いわ、俊一さん。事故に巻き込まれてたりしないかしら」
「心配しなくても大丈夫だよ。君を待たせる大馬鹿やろうなんて。ほら、もう帰ろう。このままでは君が風邪をひいてしまう。そうしたら君の大切な人が悲しむ」
「……そうね。俊一さんはいつも私のために頑張ってくれてるんだもの。心配なんかさせちゃいけないわ」
そうじゃない!
叫びそうになった言葉を飲み込んで、「もう、帰ろう」と彼女の肩を抱いて歩き出す。彼女も抵抗せずに、ゆっくりと歩き出した。
「ねえ?」
彼女は不意に口を開いた。見上げるその無垢な視線に、笑みを貼り付けて応える。身の内に渦巻く絶望を悟られぬように。
「なんだい?」
「ところで、あなたは誰なの?」
「……俊一、の友人だよ。君を家まで送り届けてくれって頼まれたんだ」
「まあ、そうだったの。ありがとう!わざわざお友達に私の事を頼むなんて、俊一さんも心配性ね」
「それだけ、君が大切なんだよ。何よりも、大切、だったんだ」
彼女はうふふと嬉しそうに笑う。
何も知らず、何も思い出せないままで。