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短編集「死の物語」

空の想い

作者: 九十九疾風

一人の少女は、まるで自分の運命に嘆くかのように静かに泣いていた。自己防衛のために身につけた仮面を取り、心の底から溢れ出す感情に任せて。


「もういっそ……」


真っ暗な夜空を仰ぎ、霞む視界に見えた神秘的な光景に心を奪われた。


「……どうすれば、あそこまで飛べるのかな」


少女は、無意識のうちにそんなことを呟いていた。吸い込まれそうなほど深く、果てしなく広いもう一つの世界がそこにあった。


「まだ……生きたい」


誰もいない路地裏に、少女の声が微かにこだました。真っ暗な夜空に広がった幾千もの星々が少女に生きる希望を与えた。


「また、来たいな」


もう二度とつけないように、少女は自己防衛の仮面を捨てた。

生きる希望は世界中に転んでいる。が、それは本当の意味で自分をさらけ出していないと見えない。少女は、仮面を捨てたことで生きる希望を見つけることができた。

だが、その中の摂理は残酷だった。つまり、光あるところに影ができるように希望には絶望がつきものだということ。


「……え?」


周囲の悲鳴、ありえない速度で突っ込んでくるトラックのブレーキ音、やけに静まり返っている蝉たちの不気味な静寂……その全てがスローモーションになっていたという。次の瞬間に少女は、道端に落ちた落ち葉のように吹き飛んだという。


「大変!救急車!!救急車呼ばないと!」

「え……事故?なんでこんなところで?」

「そんなことよりあの子は大丈夫か!?かなり飛んだぞ?」


やけに他人事な喧騒を聴きながら、オーロラの空の下、少女は息をひきとるかのように目を閉じた。




・・・




「あれ?私、死んだの?」


何もない真っ暗な空間に私はいた。何があったのかは、断片的にしか覚えてない。ただ、その日の綺麗な空に心惹かれたのは覚えてる。でも、それ以外は本当に曖昧な断片しかない。何も噛み合わないジグソーパズルのような記憶だけが、私の中にある。それだけは、わかった。


「……ここ、どこ?」


体を動かそうとしても、まるで自分のものじゃないかのように動かない。一体私は、どうなってしまったんだろう。


「……あれ?」


目を開けた瞬間、世界が色を取り戻していた。


「……ここ、どこ?」


数刻前と同じ質問が口からこぼれ落ちた。回りを見渡そうとしても頭を動かすことすら叶わない。


「お目覚めかい?」

「……誰?」

「僕は君治療した医者さ。よかった。もう目覚めないかと思って……とにかく、どこまで覚えてるか、聞いてもいいかな」


医者……ということは、ここは病院?


「……空」

「え?それは……どういうことか聞いてもいい?」

「……わかんない……でも、空だけが、私の中にいる」

「空というのは、人?」

「ううん……普通に、空」

「そっか……まずどこから話そうか。そうだね、まず、君は暴走したトラックに吹き飛ばされた。そして、一か月の治療の末一命を取り留め、今意識が回復した。ここまではわかってくれるかな。一先ず、今こうして生きてくれていることが不幸中の幸いだね」


この人は、私に死んでほしくなかったのかな……本当は自分の経歴に傷がつくのが嫌だったのではないだろうか。実際は私はこの人の出世のための踏み台の一つにすぎないのではないか。ならいっそ、死んでしまったほうがよかったのではなかろうか。


「あなたは……」

「ん?なんだい」

「あなたは、私の……何を知ってる?」

「あはは……そっか。そうだよな。君が思い出すのを待ってるよ。じゃあ僕はこれで。また何かあったらそこのボタン押してね」


そういうと、医者は去っていった。少し悲しそうな表情が頭のどこかに引っかかった。


「不幸中の幸い……こんなの、不幸以外の名のものでもないじゃん」


寂しい嘆きは真っ白な病室に響くことすらなかった。また、一人。


「世の中に幸せや希望なんてない……なら、なんで死ねないの?」


私は、もうどうでもよくなった。もうこのまま死んでも構わなかった。ただ、ずっと頭の中にあるあの「空」だけが、もう一度見たかった。




・・・




あれから一か月経った。精神的にも少しずつ安定してきていて、首から下を動かせないという現実をも受け入れ始めていた。


「今日も……生きてる」

「そうだね。本当にすごいよ」

「なんで?」

「なんでって……本来死んでてもおかしくなーー」

「違う。なんで私、生きてるの?」


もう限界だった。事故の衝撃でほとんどの内臓が潰れてしまったため、人工臓器で延命されてるに過ぎなくて、食事による栄養補給ができないから点滴から生きられるギリギリの栄養をとっている。そのせいか、ただでさえ小さかった体の肉がほとんどこけ落ちてしまっていた。


「それは……」

「ねえ、不幸中の幸いって、言ったよね?この現状に、幸せなんてあるの?」

「……本当のこと、言うよ」


ずっと俯いていた医者が、何かを決意したかのように顔を上げた。


「僕は……いや、この続きは、移動しながらにしよう。準備するから、ちょっと待ってね」


そう言って、病室を出ていった。その数分後、やたらうるさい喧騒を連れて車椅子を持ってきた。


「さぁ、点滴を抜くよ」

「……いいの?」

「あぁ。もう、覚悟は決めた」


夕焼け色に染まる空、もうそろそろ夜になるだろうと言う時間に、先生は私を外に連れ出した。


「どこに行くの?」

「行けばわかるさ。さて、どうして私が生きてるのって質問に答えてあげなきゃね。そうだね……まず、自分自身のことはわかる?」

「わかんない」

「だろうね。そもそも、今君の脳は半分くらい死滅してしまっているんだよ。今日までずっと打ってた点滴は、栄養剤じゃなくて、まぁ、一種の覚醒剤みたいなものだったんだよ」


私は、徐々に変わっていく風景を眺めながら、医者の話に耳を傾けていた。


「どんなにしても、命を永劫的に延ばすことなんて不可能だった。保ってあと数日だった。だから僕は、君の最後を君の『空』の下で迎えさせてあげようと思った。他の人達には反対されたけどね」


よも更けてきて、人気の全くない路地に入った。そこからは私も覚えていた。ただ、一つの気がかりだけが上を向くことを拒ませていた。


「ねぇ……君はもしかして」

「急にどうしたの?」


車椅子が止まった。もう、目的地に着いたみたいだ。でも、今はそんなことどうでも良かった。


「そっか……君だったんだね」

「なんで泣いてんのさ。上向けよ。僕はどこにも行かねぇからさ」

「うん……ありがとう、お兄ちゃん」

「久しぶりにその名前で呼んでくれたな……こっちこそ、思い出してくれてありがとう」

「ほんと……もう、ずるいよ」


私は、頬を伝う暖かいものを感じながら空を見上げた。そこには、あの日と変わらない空があった。


「……さようなら、お兄ちゃん……あなたがいてくれて、よかった」


私は空に吸い込まれるかのように、徐々に落ちてくる瞼を閉じた。



私の最後の気持ち、ちゃんと伝わったかな






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