第五話 黒色機械と食料の話
おくれました!ごめんなさい!
ドアを開けたままにして、少女は建物の中へと。
「まずはキッチンの確認、それから貯水槽の場所の把握、かな」
呟きながら、部屋の中、少年の近くまで歩いていく。
念のため、足音に気を付けていたが、それでよかったらしい。
少年はまだ眠り込んでいた。
そろそろ起きそうではあるが、少女からは行動を起こさない。
「よく寝てる」
ふふっ、と微笑む。
「いつもなら私のちょっとくらい後に起きてくるぐらいなのに」
少年の頭を撫でながら。
だらりと力が抜けたその姿を、少女は細めた目で眺める。
「……って、こんなことしてる暇、ないか」
手を叩き、少年から離れる。
「起きる前に、終わらせられるといいんだけど」
そこから、たいして時間もかけずについたキッチン。
机付属の椅子は倒れていたが、こちら側は特に荒れていなかった。
「とりあえず片付けの心配はなさそう、かな」
ガラス瓶や陶器が割れて居たりした程度。
それも、後で掃除すれば済む。
「耐震に重きを置いている……?」
真剣な表情。
少女が呟く。
――はっきり言って、この家は異常だ。
多かれ少なかれ、他の家は壊れているというのに。
コンクリート製、とは見かけだけなのかもしれない。
中にはもっと別の、理解すらできない物質が詰め込まれている可能性だってある。
「中身はこれと同じ材質かな」
棚を叩いて、言う。
金属のような光沢を得た物体。
白っぽい肌色で、その棚はできていた。
一切の欠損を見せていない。
「金属っぽいんだけど。固いだけで、何か別の素材?」
うーん、と。
首を傾げ、悩んでみるが、答えはでない。
「ま、いっか」
言って、棚から視線をずらす。
次に、少女はガスコンロに手を伸ばした。
カチッ。
ツマミを回転させても火はつかない。
「はぁ、予想はしていたけれど」
落胆し、肩を落とす。
続けて、蛇口へと。
「こっちも、ダメ、か」
深いため息。
電気が生きてる、から。
もしかしたら、とは思ったものの。
「だめ、か」
押しても出ない水に、ため息。
試しにもう一度押してみても、出ない。
「……残念」
言い残して、少女はキッチンから出る。
リビングには向かわず、廊下の先にある三つの部屋の内の一つへと。
ゆっくり、歩いていく。
「こっちは、鍵。か」
部屋には、鍵がかかっていた。
おもむろに、少女は手を髪に伸ばす。
「ピッキング、しても良いけど、どうしよ」
その指は、ヘアピンに触れた。
二個のそれはところどころ折れ曲がって、元のまっすぐの形を残していない。
引き抜こうとして、少女はやめる。
気を配ってなかった地面。
そこに、金属のプレートが落ちていた。
「ここは、別に何もなさそうか」
妹の部屋、と書かれたそれ。
もう生きていないとしても、覗くのはためらわれた。
生きるためならともかく、知的好奇心だけで、プライバシーを侵す気はなかった。
「と、なると、隣の部屋も、かな」
そちらを見ると、今度は落ちていないプレート。
案の定、兄の部屋。
「……参ったな」
こちらには鍵がかかっていない。
が、もちろん少女はスルー。
「常識的に考えれば、最後の所はお風呂だけど」
少し距離が開いているその部屋。
駆け足気味に駆け寄り、ドアを開ける。
「おっふろー! ……ん?」
最初に目に入ってきたのは、黒い、大きな装置。
それが、部屋を埋めていた。
端っこに洗面台があるだけで、それ以外はすべて黒色。
青色のラインが所せましと引かれ、途中で分岐したりしている。
「なんなんだろこれ」
少女の記憶の、どこを探してもない。
完全な未知が、そこにはあった。
頬を掻いた。
「発電機、なのかな」
それなら、この家の謎も、一つだけ解ける。
「けど」
それならば、理論が不明。
どうやって電気を作り出しているのか、それが全く分からない。
「――そもそも、難しいこと考えるのは、専門じゃないんだけどな」
溜息を一つ吐いて、天井を見上げる。
真っ白。
「……触ってみよっかな」
そっちの方が早そうだ、と呟いて。
わきわき、と。
手を怪しげに動かす少女。
くくく、と笑いつつそれに触れた。
「――冷たっ!」
思わず、真顔に。
すぐに手を離した。
恐ろしいほどの冷たさ。
コンクリートよりも、さらに。
手に息を吹きかけて、手をこすり合わせて温める。
「あとで、聞くしかない、かな」
はぁ、とため息を一つ。
きっと、少年なら答えてくれるはず。
淡い希望を抱いて、その場を後にした。
「……結局、お風呂はなし、か」
洗面台があるのに、お風呂がないとか。
嫌になっちゃうな、と零した。
「せっかく入れると思ったのに。残念」
また、ため息ついて。
リビングへと戻った。
「まだ寝てる。……よく寝るなぁ」
よだれを一筋垂らしながら、少年は幸せそうに寝ている。
「これは、私が朝ごはんまで作ったほうが良いパターンかな」
その様を見ながら、少女は苦笑した。
こんなに寝るのは珍しい、と。
「作るって言っても袋から出すだけだけど」
幸い、少年が見つけてくれた食料の塊が大量に存在する。
それを開封すれば、めんどうな料理の過程は飛ばせる。
「……あれ?」
そういって、食べ物の山に近づいて言った時。
ゼリーと棒状スティックのレーションの山の中。
一つだけ、違う形のものがあった。
「かんづ、め?」
鶏肉に香辛料を大量につけた缶詰。
少女の表情が緩んだ。
「…………っ!」
少年が今日これほど遅くまで起きてこなかった意味を。
昨日、遅くまで起きていた理由を。
少女はやっと理解した。
直後、えへへと笑う。
「くろと! 大好きー!」
少女は寝袋の上から飛びついた。
頬を摺り寄せ、両手でだきしめる。
そこで、やっと目を覚ました少年は、
「……ぐぅえ」
うめき声を上げた。