表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第三話 巨大建物と缶詰の話

 ◆◇




「あ、ここなんてどう?」


 少女が呟いた。

 巨大な建物の前。

 何の変哲もなく、ただただ大きい。

 珍しく――というか、奇跡ともいえるほどの保存状態だった。

 崩れ落ちた部分は一割にも満たず、ひび割れもほぼない。

 薄汚れてこそいるが、外見的な問題は全くと言っていいほどなかった。


「あ、いいかもね」


 鉄製のドアは錆びてはいるが形が残っていた。

 少年が歩いて行って、ドアノブを掴んでも、差し支えなく動いた。

 ――鍵は、外れているらしい。


「……行けそう?」

「全然オッケー。でも、ちょっと安全確認してくるから待ってて」

「はいはーい」


 真っ暗な内部へと、少年が歩いて行った。

 懐中電灯があれば楽なのだが、あいにくすでに電池を切らしていた。


「曇ってたから、充電全然できなかったのがつらいな……」


 言いつつ、ゆっくり手探りで壁に触れる。

 しっとりとした感触。

 冷たいが、我慢して。


「コンクリート製、かな」


 コンクリートを取り込んだ建物の耐久性能は意外と高い。

 代表的なものだと、コロッセオ。

 千年を超えて建物の形を保つことができたりする。

 ――これに加え、オーバーテクノロジーによる強化も入るのだから、恐ろしい。

 地震をびくともしない建物が出来上がっているだろう。


「とりあえず、大丈夫そうだな――っ!」


 パチン。

 何かに触れた少年が壁から手を放したが、遅かった。

 不気味な音が部屋になった。


「――!」


 何も、ないか。と。

 少年が深いため息をついた時だった。


 灯が、ついた。

 青白い色。

 あまりの眩しさに目を瞑る。


「どしたの、いきなりすごいことになってるけど」


 ドアの外から、少女が歩いてくる。


「たぶん、電気がついた」


 そうは言うものの、少年の瞳は未だ信じられないようで、揺れていた。

 少年のとなりにまで来た少女も、感嘆の声を上げる。


「うわぁ、良く残ってたねそんなの」

「ほんとにな……」

「発電システム、まだ生きてるってことかな」

「だったら、数日はここ拠点にして過ごさない?」

「そうしよっ、か」


 光で綺麗に映し出された内装は、綺麗に整っている。

 色あせた水色で統一されていた。

 中央には大きな机が一つあり、その近くに丸椅子が二つ、横倒し。

 地面もコンクリート製だが、絨毯が敷かれていてそれほど冷たくはないだろう。

 奥を見れば、ドアが三つほど。

 階段も一つあるから、中々大きな家なのかもしれない。


「……とりあえず、靴、ぬごっか」

「うん」


 色違いの二つの靴を、それぞれ玄関に置く。

 適当に脱いだ少年の靴を、少女が丁寧に直す。

 部屋の中、少し入った所にカバンを置いた少年が振り返った。

 苦笑。


「どうせ、誰もみないだろうに」

「それはそうだけどさ、気になるじゃん」

「前までしてなかったくせに」

「それは今日ほど綺麗じゃなかったからね」

「言い訳だ」

「じゃあ直さないけど?」

「ごめんなさいありがとうございました」

「うむ。それでよいぞ」


 満足げにうんうん頷く少女の頭をぽんぽん叩き、少年は部屋の物色を始めた。

 とは言っても、やることと言えば棚漁りとかだけだが。


「よし、箱で保存食あるな。助かった……」


 三つ目にあけた棚の一番下。

 プラスチック製の箱の中に、それはあった。


「え? ほんと⁉」


 台所を漁っていた少女も駆け足でやってくる。


「うん。……あ、でも全部棒状だ」

「……嘘でしょ」

「あ、ゼリーもある」

「缶詰は? 缶詰は!」

「……なさげ?」

「私の缶詰…………」

「……ドンマイ」


 ひよこをぷしゅぷしゅ鳴らしながら少女が肩を落とす。

 残念、と呟いて少女は立ち上がる。

 別のところを漁るつもりらしい。


「おい、待て」


 ふっと、少年が視線を動かし。

 少女の手に居座るひよこを見つけた。

 おどけた口調だったから、少女も軽く返す。


「ん?」


 口笛を吹――こうとしたが、出ない。

 代わりに、ひよこをぷしゅーと鳴らした。


「どこで拾ってきた?」

「さっき、台所で」

「ああ、なるほど」

「大事に育てるから連れてってもいい?」

「……えぇ」

「あ、ダメですか」

「いや、いいけど、しっかり面倒見ろよ?」

「大丈夫大丈夫、毎日カバンの下で眠ってもらうから」

「持ってく意味ないよなそれ」


 そうは言いながらも、少女はにこやかにひよこをカバンの上にちょこん、と乗せた。

 えへへ、と眺めてから指先でなでる。

 その一部始終を見ていた少年。

 にやつきを押さえられず、そっぽを向いた。

 頬に冷え切った手をあてて、冷ます。


「なんか、珍しいな」


 少し、茶化すような口調。

 照れ隠しだったが、数瞬後に我に返った。


「あ、いや別に馬鹿にしてるとかそういうのじゃなくて」


 慌てて、補足する。

 そこで、ん? と少女が振り返った。


「分かってるから大丈夫だよ」


 笑いながら、言う。

 微笑ましい物を見るような目。

 それに安堵して、少年は呟く。


「そっか、ありがと」

「うん。……最近、可愛いものに全然触れてなかったからさ」

「……なるほど」

「おっと、空返事だね」

「だって、あんまり共感が得られないし」

「えぇー。娯楽とか、どこにもないんだよ?」

「ああ、確かにないな」

「あーないって言ったらちょっと違うね。話してるのは楽しいよ?」

「あはは。ありがと」


 くすっ。

少女が笑う。


「うん。まあとりあえず、カバンに入れといていいよね?」

「ん。了解。――だけど、あんまり深い所にいれないでくれよ」

「おっけー。ひっくり返すとめんどくさいもんね」


 遠い目で呟く少女。

 はぁ、とため息をついた少女を少年が笑う。


「そそ。あ、あとついでに寝袋だしといてくれない?」

「言われなくても、すでにやってるよー」

「仕事早いな、ありがと」


 ぽんっ、と二つ投げられた寝袋をキャッチ。

 紐をほどいて、絨毯の上に広げる。


「ひよこさん収納完了!」


 言って、少女が寝袋に頭からつっこむ。


「お疲れ様。……電気消す?」


 漁る手を止めて、少女に問う少年。

 もぞもぞ這い出てきて、少女が振り返ってきた。

 照明の明るさを変えるリモコンは、見つかっていない。


「んー別にどっちでもいいよ。たぶんこのままでも寝れるし」

「あーじゃあごめん。つけとくね。あとちょっとだけ探しものする」

「ん。分かった。おやすみー」

「おやすみ」


 すぐに、すうすう寝息を立て始めた少女に優し気な笑みを浮かべる。


「可愛いものが見れない、っていうのに共感が得られない、か」


 缶詰……、と寝言をこぼしている少女。

にまにま眺めつつ、こぼす。


「毎日、可愛いもの、見てるもんな」


 しゃーない、と少年は立ち上がる。


「じゃ、あと一息がんばりますか」



 そのあと、少年が鳥肉の缶詰を見つけるまで二時間がかかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ