第三話 巨大建物と缶詰の話
◆◇
「あ、ここなんてどう?」
少女が呟いた。
巨大な建物の前。
何の変哲もなく、ただただ大きい。
珍しく――というか、奇跡ともいえるほどの保存状態だった。
崩れ落ちた部分は一割にも満たず、ひび割れもほぼない。
薄汚れてこそいるが、外見的な問題は全くと言っていいほどなかった。
「あ、いいかもね」
鉄製のドアは錆びてはいるが形が残っていた。
少年が歩いて行って、ドアノブを掴んでも、差し支えなく動いた。
――鍵は、外れているらしい。
「……行けそう?」
「全然オッケー。でも、ちょっと安全確認してくるから待ってて」
「はいはーい」
真っ暗な内部へと、少年が歩いて行った。
懐中電灯があれば楽なのだが、あいにくすでに電池を切らしていた。
「曇ってたから、充電全然できなかったのがつらいな……」
言いつつ、ゆっくり手探りで壁に触れる。
しっとりとした感触。
冷たいが、我慢して。
「コンクリート製、かな」
コンクリートを取り込んだ建物の耐久性能は意外と高い。
代表的なものだと、コロッセオ。
千年を超えて建物の形を保つことができたりする。
――これに加え、オーバーテクノロジーによる強化も入るのだから、恐ろしい。
地震をびくともしない建物が出来上がっているだろう。
「とりあえず、大丈夫そうだな――っ!」
パチン。
何かに触れた少年が壁から手を放したが、遅かった。
不気味な音が部屋になった。
「――!」
何も、ないか。と。
少年が深いため息をついた時だった。
灯が、ついた。
青白い色。
あまりの眩しさに目を瞑る。
「どしたの、いきなりすごいことになってるけど」
ドアの外から、少女が歩いてくる。
「たぶん、電気がついた」
そうは言うものの、少年の瞳は未だ信じられないようで、揺れていた。
少年のとなりにまで来た少女も、感嘆の声を上げる。
「うわぁ、良く残ってたねそんなの」
「ほんとにな……」
「発電システム、まだ生きてるってことかな」
「だったら、数日はここ拠点にして過ごさない?」
「そうしよっ、か」
光で綺麗に映し出された内装は、綺麗に整っている。
色あせた水色で統一されていた。
中央には大きな机が一つあり、その近くに丸椅子が二つ、横倒し。
地面もコンクリート製だが、絨毯が敷かれていてそれほど冷たくはないだろう。
奥を見れば、ドアが三つほど。
階段も一つあるから、中々大きな家なのかもしれない。
「……とりあえず、靴、ぬごっか」
「うん」
色違いの二つの靴を、それぞれ玄関に置く。
適当に脱いだ少年の靴を、少女が丁寧に直す。
部屋の中、少し入った所にカバンを置いた少年が振り返った。
苦笑。
「どうせ、誰もみないだろうに」
「それはそうだけどさ、気になるじゃん」
「前までしてなかったくせに」
「それは今日ほど綺麗じゃなかったからね」
「言い訳だ」
「じゃあ直さないけど?」
「ごめんなさいありがとうございました」
「うむ。それでよいぞ」
満足げにうんうん頷く少女の頭をぽんぽん叩き、少年は部屋の物色を始めた。
とは言っても、やることと言えば棚漁りとかだけだが。
「よし、箱で保存食あるな。助かった……」
三つ目にあけた棚の一番下。
プラスチック製の箱の中に、それはあった。
「え? ほんと⁉」
台所を漁っていた少女も駆け足でやってくる。
「うん。……あ、でも全部棒状だ」
「……嘘でしょ」
「あ、ゼリーもある」
「缶詰は? 缶詰は!」
「……なさげ?」
「私の缶詰…………」
「……ドンマイ」
ひよこをぷしゅぷしゅ鳴らしながら少女が肩を落とす。
残念、と呟いて少女は立ち上がる。
別のところを漁るつもりらしい。
「おい、待て」
ふっと、少年が視線を動かし。
少女の手に居座るひよこを見つけた。
おどけた口調だったから、少女も軽く返す。
「ん?」
口笛を吹――こうとしたが、出ない。
代わりに、ひよこをぷしゅーと鳴らした。
「どこで拾ってきた?」
「さっき、台所で」
「ああ、なるほど」
「大事に育てるから連れてってもいい?」
「……えぇ」
「あ、ダメですか」
「いや、いいけど、しっかり面倒見ろよ?」
「大丈夫大丈夫、毎日カバンの下で眠ってもらうから」
「持ってく意味ないよなそれ」
そうは言いながらも、少女はにこやかにひよこをカバンの上にちょこん、と乗せた。
えへへ、と眺めてから指先でなでる。
その一部始終を見ていた少年。
にやつきを押さえられず、そっぽを向いた。
頬に冷え切った手をあてて、冷ます。
「なんか、珍しいな」
少し、茶化すような口調。
照れ隠しだったが、数瞬後に我に返った。
「あ、いや別に馬鹿にしてるとかそういうのじゃなくて」
慌てて、補足する。
そこで、ん? と少女が振り返った。
「分かってるから大丈夫だよ」
笑いながら、言う。
微笑ましい物を見るような目。
それに安堵して、少年は呟く。
「そっか、ありがと」
「うん。……最近、可愛いものに全然触れてなかったからさ」
「……なるほど」
「おっと、空返事だね」
「だって、あんまり共感が得られないし」
「えぇー。娯楽とか、どこにもないんだよ?」
「ああ、確かにないな」
「あーないって言ったらちょっと違うね。話してるのは楽しいよ?」
「あはは。ありがと」
くすっ。
少女が笑う。
「うん。まあとりあえず、カバンに入れといていいよね?」
「ん。了解。――だけど、あんまり深い所にいれないでくれよ」
「おっけー。ひっくり返すとめんどくさいもんね」
遠い目で呟く少女。
はぁ、とため息をついた少女を少年が笑う。
「そそ。あ、あとついでに寝袋だしといてくれない?」
「言われなくても、すでにやってるよー」
「仕事早いな、ありがと」
ぽんっ、と二つ投げられた寝袋をキャッチ。
紐をほどいて、絨毯の上に広げる。
「ひよこさん収納完了!」
言って、少女が寝袋に頭からつっこむ。
「お疲れ様。……電気消す?」
漁る手を止めて、少女に問う少年。
もぞもぞ這い出てきて、少女が振り返ってきた。
照明の明るさを変えるリモコンは、見つかっていない。
「んー別にどっちでもいいよ。たぶんこのままでも寝れるし」
「あーじゃあごめん。つけとくね。あとちょっとだけ探しものする」
「ん。分かった。おやすみー」
「おやすみ」
すぐに、すうすう寝息を立て始めた少女に優し気な笑みを浮かべる。
「可愛いものが見れない、っていうのに共感が得られない、か」
缶詰……、と寝言をこぼしている少女。
にまにま眺めつつ、こぼす。
「毎日、可愛いもの、見てるもんな」
しゃーない、と少年は立ち上がる。
「じゃ、あと一息がんばりますか」
そのあと、少年が鳥肉の缶詰を見つけるまで二時間がかかった。