第二話 寒空世界と風の話
◇◆
夜はさらに深くなってきた。
真っ黒の中、足元をしっかり探りつつ歩いていく。
「そろそろ、危険だな」
ふと、少年が呟いた。
足元では、石が蹴飛ばされて飛んでいく。
勢いよく飛んで行って、闇の中へと消えていく。
数瞬遅れて、ぽちゃん。と鳴った。
水飛沫が小さく跳ねた。
「足元、見えないね」
そう言って、少女が欠伸を一つ。
ふわぁ、と小さく口を開けた。
「ん? 眠いか?」
「……うん。実はちょっと」
言って、目を擦る少女。
白く細い指が、整った顔を撫でた。
雫をパーカーの裾でぬぐい取り、もう一度欠伸。
「そろそろ、寝床さがさなきゃ、か」
寝床――廃墟の中で、安全に住めそうな中から、毎日選んで泊まっていた。
時には、星空を見上げながら外で寝ることもあったが、風が冷たくなってからはもっぱら屋内。
「良い所、あったら教えてね」
「ん。もちろん」
「でも、ちょっと早いな、今日」
「確かに。なんでだろうね」
「自分のことだろうに……」
そういって、辺りを見回す。
星の灯りの下、うっすらと浮きあがるボロボロのシルエット。
入口に大き目のひびが入っているのがうかがえた。
「……どこも、ダメだな」
「外で寝る?」
砂一つないコンクリートの地面を指さし、少女が言う。
こちらもひび割れているが、地面だからということもあってあまり不安感はない。
たまに存在する凹凸に気を付ければ、むしろ歩きやすい道だった。
――とはいえ。
「確実に風邪ひくぞ」
吐いた息が白く濁るほどの気温。
どちらかというと薄手の服を着た二人。
寒空の下を耐え抜けるとは思えない。
「そっか、残念」
「うん。あきらめなさい」
と。
そこで、少女が手を叩いた。
「あ、分かった」
「なに?」
「布団を追加で出せばいいんだ」
私、あたま良い。と。
そういうかの様な表情。
その無邪気な顔に正論を言うのは、躊躇われて。
「追加の布団、ねぇ」
「ね? すっごくいい案じゃない?」
「うん。そう、だな」
「ちょっと歯切れ悪いね。どしたの?」
言われて。
少年は、ため息を一つ。
「寝袋、いつものやつしかない」
少年は、荷物持ちだった。
今もその背中には大きなバッグを背負っている。
強度を意識して作られたものだったが、そこそこお高いのもあって、容量も大きかった。
だけど、それ故に。
重量が増える、という問題があって。
旅に出るときに、一定数の持ち物を捨てる必要があったのだ。
その時はまだ暑くて、冬がこれほど冷えるとは思っていなかった。
だから、ゆったりとした通気性の良いのを二つ持ってきたのだが。
風を避けれない、というのがここで問題になってくる。
本来は湿度を下げてムレにくくする目的なのだが、もともとの湿度が低い今の時期では要らない機能。
凍えるような寒さを提供してくれる。
「あー。ダメじゃん」
少女が呻く。
「というか、だいぶ死活問題じゃない?」
「え、今更気づいたの?」
「今日、いつもより寒いし。困ったね」
「ほんっとにな。風もつよいし」
「うん。辛いね」
「そうだな。もっと住みやすかったらよかったのに」
どうせ、叶わない夢だけど。
と少年。
「年中適度に涼しいぐらいが良かった」
「風もこんなに強くなくていいしな」
「年中十月ぐらいの気温がいい」
「……あ、そういえば」
流れを切って、少年が呟いた。
「ん?」
「天候操作装置、完成したとか聞いたような」
八百年前だけど、と付け足す。
「何それ?」
首を傾げ少女が問う。
「名前から大体分かるような気がするけど、どんなの?」
「局所的に天候を操作するの。雲発生させたり、雲取り除いたり、風吹かせたり」
「え、良いじゃん」
「でしょ。本当に」
「なんで実用化されてなかったの?」
「電気滅茶苦茶使うからだってさ」
「…………一番の問題じゃん」
「ロボットとか全部潰してまで欲しいかって言われれば、ねえ」
「うん。要らないねぇ」
「あ、しかも、ほんの一部分しかできないらしいからコストパフォーマンスすごい悪いらしいよ」
「へぇ」
「都市一個も無理だってさ」
「…………ほんっと中途半端にもほどがあるね」
「な」
静寂。
会話が止まってから、靴の音しか響かない。
コンクリートの上をゴムがすれる音。
数分が経って、一際冷たい風が吹いた。
――くちゅん。
くしゃみを我慢できなかった少女が、空気を揺らす。
「……大丈夫? 上着貸そうか?」
「うん。たぶん大丈夫」
少女は鼻をずずっとすする。
凍てつく様な寒さ。
はぁ、と息を吐きかけて、手を温めた。
「ちょっと、失礼」
少年が少女の方へと手を伸ばす。
少女が、足を止め、少年の方へ振り返る。
――ぴとり。
少年の手が、額に触れる。
「熱は、たぶんない。かな」
「うん。だから大丈夫だって」
「なら、いいけど」
とは言いつつも、納得は行っていないらしい少年。
声が少しだけ納得知っていない様子。
じゃあ、と。
妙に紅く火照った頬を少年から隠すようにそっぽを向いて。
少女が言った。
「もしさ」
「ん?」
そっぽを向いたまま。
空に光る星を見上げながら。
なんでもなさそうな声で。
期待を込めて、言った。
「風邪ひいたらつきっきりで看病してくれる?」
ばーか、と少年は笑う。
「その時はこっちも風邪ひいてると思うぞ」
茶化すように、おどけて見せる。
と、そこで風が吹いた。
少年の後ろから、背中を押す。
でも、そうだな。
と、続ける。
「どうせ行動できないんだから、ずっとしろなの隣にいる、かな」
「……えへへ、ありがと。くろと」
「――じゃ、寝床、探すぞ」
そう言って足早に歩いて行った少年の頬も。
また、うっすらと赤味を帯びていた。