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Development.  作者: 外並由歌
4/10

04-YOUTH

 非常に体に悪そうな煙があがっていた。なにやら、黄色だか黄緑だかにくすんでいて妙に重たそうなのである。口に含んだら多分不味い、と、既に正常な味覚をしていないくせに彼は考えていた。おかしな煙を吐き出す北と東の倉庫には麻薬か何かが詰めてあってよく燃える。南のものは派手に爆発したから、火薬でも入っていたんだろう。西と中央部にはおそらく、この港を守る兵と主がいた。大半がもう死んでしまったが。そんな景色を空から見ているのは、彼がこの港を襲撃したからである。

 殲滅。ペットのご機嫌取りのつもりか、最近こんな任務ばかり回して来る。確かに与えられる規模が大きい程さら地にするのは楽しかったし、ボタンを押し込む感覚と爆音とのギャップには相変わらず気分のよさを感じる。けれども、ガムは常に脇のポケットの中で減りもせず、以前とくらべたら口笛を吹きたくなるような気分にもそうならない。今更人を殺すことに引け目を感じるわけでもないし、やはり以前と変わらず潜入より何より殲滅が好きで、ナイフを扱うより機体を操るほうがいいとか、任務を如何に熟せるかで得意になったり苛ついたりもしているので本当は上司の意図も彼には関係ないところであるはずだった。近頃任務終わりに辺りをふらつくのにも、反抗期というよりはモラトリアムの一端じみた、心の余裕と充分な視野を伴ったものからである。とは言っても、彼は彼自身にそんな細かい分析を施したことはなかったし、自分に生じている変化さえほとんど気づいていなかった。ただ教官がこちらの様子を窺っているように感じたのは、犬の前に餌をちらつかせるようにやたらとこちらを持ち上げながら仕事を与えてくる事が多くなったからである。

 事実、彼の上司はここ一ヶ月の彼の独断行動に困り果てていた。R2の件以降は寄り道程度のものでしかなかったが、それがいつ、計画に傷をつけるかわからない。一方、彼は比較的優秀な駒だったため、些細なことでは処分してしまいたくないという魂胆もあった。自我が芽生えた子供を扱うには感謝の念を刷り込むのが一番早い。自分を認める親相手に、子は気を引くための悪戯をする必要がないのである。

 しかし教官は、リッキーが既に二十歳を超えたそれなりの思考力と洞察力のある青年に育っていることを忘れている。


 今回の任務は意味不明な段階を踏んでいた。港を攻撃してから無意味に海の上、雲の上を飛行しながらその理由について考える。こうやってあちこち飛ぶから、飛行範囲を広げるためのものだったのだろうか。

(……なんでもいっか)


 回転しながら急上昇する。機体ががたがたと不平を漏らす。


 基本的に、リッキーの任務や作戦に対する感情は変わらない。面倒臭い。けれど、愛機に乗ることが許される特別な時間であり、ボイコットする理由はなく、仕事はしなければ存在価値も低く見られることを知っているからそもそも断るという選択肢がない。

 それから一人の少女を思い描く。東洋の娘の美しさを備えていて、静かで、どことなく無邪気で、そういった特性に魅せられているなどとは思いもよらない彼は、しかし確かに彼女の存在を特別なものとして認めていた。ミントを噛んだときのあの酷い顔。行動がひとつ遅い呆けた反応。言葉をやさしく導き出すような話し声。あと、死に顔。もう二度とあんな表情や、応答や、会話はないのだと、毎回彼女のことを思い出すとそこに行き着き、彼の色のなかった部分にわずかに色を与えていく。


 横回転。


(人は殺す)


 任務は熟す。けれど、


(もしまたあれにあったら、殺さないような気がしてる)


 死ぬということがどういうことか知ったから、多分あの少女じゃなくても、殺すつもりにならなければ殺さないだろう。それには既に、深い意味はない気がしていた。

 下降し、旋回する。アフリカ近辺にいたはずが、当然のようにユーラシア大陸をなぞっていた。見つかってませんように、と、わざと幼子が願い事をするように囁く。まあでも、軌跡を考えるとうまいことやった気もした。上空を過ぎることの出来る国を思い描くのと同時に帰るための道順を頭の中でたて、バッテリー残量を確認するともう一度雲の上を目指した。ガソリンと併用してソーラーエナジーを利用・備蓄できるようになっているので、下手な空中戦さえなければ空の旅はいくらでも続けられる。



 攻撃をしかけた港から離れた海上ではあったが、その緯度とほぼ同じところに差し掛かったときだった。位置把握のために視線を移していたレーダーに反応があったのである。

 どういう仕掛けか想像もつかないが、今回このレーダーが探知するのは第一目標だった船のみのはずである。何か似たものがひっかかることも多々あるけれども、確認は必要だろう。任務内容は曲がりなりにも殲滅で、一人二人の生存者ならともかく探知機が反応するほどのやり残しとあらば見過ごすわけにはいかない。流石に作戦と所要時間の比が不自然過ぎるが、教官になにか言われたら今日の目標が本部の目と鼻の先だったから行方をくらますのに苦労したんだとでも言えばいい。

 レーダーに従っていくと、小さな島が見えた。あそこから反応があるようだったが、宵闇に溶けるその島を見ながら、いつもと違う感覚をおぼえた。変わった作戦順と、船は解体したのに消えない反応、よくよく思い出してみれば、一弾目のボムはどうしてか威力が弱かった。不発弾のようなものかと思っていたのだけれども。(…なんか、変…?)しかしリッキーの疑問はそこで留まり、思考は島への上陸の手順のために絞られる。

 ホイールを使わない垂直着陸で浜に機体を降ろし、レーダーはつけたまま外に降りる準備をする。戦闘機でありながらわずかな空襲が可能であったり、ソーラーエナジーの利用やこういった垂直離着陸を実現していたりするのは、組織の機体整備士の、言ってしまえば趣味である。単に機体の素材や爆弾自体が軽くなっていること、安全装置の性能が上がっていることも助長はしていた。リッキーは彼が嫌いではない。上司と違ってそれなりに懐こく接してくることもそうだが、愛機の調子を一番よく理解しているというポイントが何よりも重要である。またそれは相手のほうも同じようだった。キーを抜いて浜に出る。

 夜の帳は降りて、十メートルもしたところから突如始まっている鬱蒼とした林や、ときどきある浜を区切るような岩々はひとつの巨大なシルエットになってしまっていた。比較的夜目が効く方ではあるが、聴力にも頼らなければ敵がいたとき怖いなと考える。浜にはいくらか人の足跡があった。

 静かに手元の小銃の安全装置を外したその矢先、砂を踏み込むような音が聞こえた。

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