破滅しないツンデレ悪役令嬢のツンデレ語の通訳に転生しました。
「なによ、これ。ふんっ! ……特に言うことはないわ!」
冷たく鋭い眼光の高貴な令嬢が、嫋やかな庶民の少女の差し出したクッキーを一枚、ちゃんと味わって食べてから言い捨てた。
ここは王国内で、特に優秀な生徒が集まる魔法学園。
校内のテラスで発せられたその言葉は、周囲にいる生徒たちの耳に届き、多くの注目を浴びた。そしてみな、またかと視線をそらす。
怜悧な美人の令嬢フロレンスは、王家に次いで広大な領地と莫大な財を持つ公爵の長女だ。
手作りのクッキーを差し出した少女ベルナデッタは、都郊外の水車小屋管理人の娘である。公爵姫と比べたらはるかに低い身分だ。
その差は公然と卑しいと言われても言い返せない、どころがその通りでございますと萎縮して平伏しなければならないほどである。
そんな儚い少女に向け、公爵姫がクッキーを食べて上のような反応をしたわけだが――。
「ベルナデッタさん。信じられないでしょうが、いまのこれ。最高に褒めてるんですよ」
ちょっと遅れてクッキーを食べ終えた私は、次の一枚に手を出しつつ通訳をした。
「はい。な、なんとなく……わかります」
半年も暴言に晒されていれば、さすがの天然娘ベルナデッタも察してくれる。
しかし、まだまだ私の通訳は対外的に必要だ。
「ちょっと。わたくしより先に二枚目に手を出すなんて控えなさい! テレーズ!」
張り合うように、次のクッキーに手を出すフロレンスお姉さま。
まったく素直じゃない。
「はい、お姉さま。おいしいですもんね」
「べ、別にそういうわけじゃないわよ! ちょっとお腹が空いているだけよ! そ、そう。そうね、こういったものこそ、お腹の空いた者たちが食すべきね。……今度、わたくしのほうでも食事を用意するから、ベルナデッタ。あなたはこのクッキーを焼いてらっしゃいな」
「はい、あの子たちにですね!」
笑顔で答えるベルナデッタ。
ひもじい思いをしている孤児院の少年少女たちに、おいしい食事を届けられるとベルナデッタは素直に喜んでいる。
もっとも孤児院の子たちが、ひもじい思いをしていたのはもう過去の話だ。ベルナデッタの手助けとフロレンスお姉さまの影ながらの援助で、人並みの生活をしている。
「ふん、あなたのクッキーなんてわたくしの用意したランチの後で十分ですわ」
フロレンスお姉さまは、そういって口元を羽根扇で隠した。
……あ、そうだ。通訳、今です。
「これはお姉さまがおつくりになったお食事が不評だった場合、ベルナデッタさんのクッキーで満足させてあげたいって意味ですよ」
「は、はい! 承知いたしました!」
嬉しそうに返事をするベルナデッタを、羽根扇の影から横目で見て不満げ鼻を鳴らす。
だが、これはフロレンスお姉さま特有の照れ隠しだ。
まったく。このお姉さまには困ったものだ。
姉といっても、半分しか血はつながっていない。私は私生児。
父に実子と認めてもらえたが、公爵家で立場は微妙……。
――ゲームじゃ、こんなキャラ。私みたいな存在は、いなかったはずなのに。
* * *
私はテレーズ。
以前は地球の日本で女子高校生だった。
だが今は、ゲームの世界で生きている。
ここはゲームの世界と同質だ、ということを知っている。
生まれ変わったのか、転移したのか、誰かに乗り移ったのか、それはわからないが私の意識はこの世界にある。
ゲームのタイトルは確か……『フイラ・ワイ・オ・ラニアケア《huila wai o Laniakea》』だったかな?
広大な空の水車とかいう意味だったと思う。
さて……残念なことに、私はそのゲームの主人公ではない。いや、キャラクターとして存在してもいなかった。
主人公は庶民出身のベルナデッタだ。
貧しい水車小屋の娘だが、膨大な星空の魔力を原動力とし、さまざまな奇跡を起こせる聖女。という設定の乙女ゲームの主人公だ。
彼女は慣れない上流社会で、失敗をしながらも苦難を乗り越え幸せをつかむという役柄である。
そしてフロレンスお姉さまは、そんなベルナデッタさんを邪魔する…………ように見えて、実は過ちを正して教育していく役柄だ。
とは言っても、その口調はとてもひどい。
誰かも勘違いされてしまい、ベルナデッタをイジメているようにしか思えない。
プレイヤー視点でもそうだった。
しかし悪役令嬢のような立場でありながら、主人公の邪魔をして破滅をするような人物ではない。
選択肢を選ぶというゲームの特質上、主人公が間違った選択肢を選ぶと、どこからともなくフロレンスが現れる。そしてベルナデッタの行動や発言をなじるのだが……、よく聞けば実はみな助言や警告なのだ。
例えば――。
『貴族のお礼を断るとは大した聖女様ね。……遠慮? あらあら、遠慮するべき立場はあの貴族のほうなのよ。聖女様に遠慮されるなんて、実はあれも大した貴族様なのかしら? わたくしより? 殿下より? 畏れ多くも、まさか陛下よりも?』
という当てこすりのようなフロレンスお姉さまの発現だが、これを訳すと。
『聖女として持ち上げられている以上、各々の立場を念頭に置きなさい。そうでなければ相手に恥を欠かせ、時には立場を悪くさせる。あなたの行動一つで…………』
という意味だ。
わかりにくい。アクロバットな解釈と、世界観を知らないとプレイヤーには伝わらない。もちろんベルナデッタにもだ。
それでも選択肢を間違え続けるということは、悪役令嬢の忠告を聞き入れないという意味でもある。
……わかりにくいけど。
そして反社会的な非常識な行動を繰り返す人物として、主人公は攻略対象からも見捨てられてしまう。
なぜかそのさい、お姉さまも巻き込まれて破滅する。
基本、破滅しない悪役令嬢だが、主人公を含めたバッドエンドでのみ破滅するルートが存在しているのだ。
このバッドエンドに到達するには、努めてひねくれたプレイをしつつ、同時にフロレンスお姉さまの発言の意図をまったく見抜けなかった場合にのみに起きるため、とても稀なゲームプレイの結果と言ってよい。
もちろん、意図的にバッドエンドを目指してプレイする場合もあるが、初見プレイで迎えるようなバッドエンドではない。
それから私のような存在は、ゲームの中にはいなかった。お姉さまは一人っ子だったはずだ。
似たような要素はあった。
それは副音声ならぬ副字幕としてあった。
周回プレイで実績を得ると、副字幕が解除される。
フロレンスお姉さまのセリフの下に、注釈付きでツンデレ語の訳が出るようになる。
プレイヤーたちからも、それはそういう意味だったのかよ! そんなのわかるか! という意見が続出するほど、お姉さまのツンデレ語は難解だ。
私はそれである。
この世界が実績解除後かどうか知らないが、私はたぶん副字幕の擬人化だ……。
まあ、妾の子とはいえ、公爵家の娘としてちゃんと育てられているので、この世界での境遇に不満はない。
だがメタ視点は、あまりにもあんまりなので、個人的には情けない。
だから、私が頑張って通訳をする必要もないのだが……。
さて、改め言うが、そんな境遇そのものに不満はない。
複雑な言語を介するという能力を持っており、その能力を公爵……父上に認められた経緯がある。
この力がなかったら、父に実子と認めてもらえただろうか?
そんな詮無いことを考えても仕方ない。
重ねて言うが、私は境遇そのものに不満はない。
問題は――。
「テレーズさーん、竜語の通訳をお願いいたします!」
教師に呼ばれ、私は竜人の学生の通訳を頼まれる。
それが終わると――。
「テレーズ様ぁ、あちらのエルフの留学生がお歌いになる意味をお教えいただけませんか? べ、別に彼のことが気になるわけではありませんよ! エ、エルフですわよ! ち、知的好奇心ですの!」
友人の貴族子女が、憧れの男性のエルフが奏でる音楽にのせるエルフ語の歌詞の翻訳を頼まれる。
なにげに、この人もツンデレだな。
「おーい、テレーズ。学園の来客がなに言ってるかわからん。訳を頼む」
ベルナデッタの攻略対象が……じゃなかった、この国の王子が私を呼びつけた。
王子の前にいるなんだかよくわかないものが、なんだかよくわらない言語……? 言語? なんか音を発した。
「テケリリ、テケリリ……」
「翻訳して大丈夫な言語なの、それ!? ていうか、聞いて見て知ってみて大丈夫なモノなの!?」
この日、ちょっと私のメンタルのマックスは永遠にちょっと減った。
* * *
「はあ、つかれたー」
「ふん。通訳で疲れるなんて、わたしくの妹はどれだけ弱いのかしら?」
フロレンスお姉さまはそういいながら、私の肩を優しく揉んでくれる。
「こ、これはマッサージなんかじゃありませんよ!」
はいはい、わかってます。労ってくれてるんでしょ……あれ? なんか違う。
私の持つ通訳の能力が、ちょっと違う答えを弾きだしたが、たぶん気のせいだろう。
「通訳くらい、しっかりと務めなさい」
「はい、お姉さま」
「貴女のような子が、貴族社会で真っすぐ生きられるはずがないでしょう? まったく……。妾腹とはいえ仮にも、仮にもわたくしの妹であるのに」
これは妾の子だけど、ちゃんと妹として見ているから、という意味だ。
仮にも、を強調しているので、固執しているように見えるが、そこはお姉さまのこと。
その事実は醜聞としてぬぐえない、ということをお姉さまご自身も理解していて、そして私に再度認識させたうえで、妹としてみるという覚悟の言葉だ。
わかりにくい。
ゲームをプレイして、副字幕を読んでいないと絶対にわかるわけがない。
この世界で、お姉さまを理解できるのは私一人だ。
「この世界で、テレーズを理解できるのはわたくし一人なのよ……」
「……え?」
私が思った言葉ほとんど同じ言葉を、フロレンスお姉さまが発した。
「あなただけがわたくしの隣りにいてよいのです。生まれはどうであろうとも、姉妹ですから仕方ないからですがね!」
「え、ええ。それはまあ……」
お姉さまは何を言いだしているのだろう。
さっきから、翻訳の力が不安になるような答えを出している。
私の肩を揉むフロレンスお姉さまの手つきが…………あ、あやしい。
そ、そういえば――。
『フイラ ワイ オ ラニアケア《huila wai o Laniakea》』のゲーム内で、なんでフロレンスお姉さまはあれほどベルナデッタさんを気にかけていたのだろう。
ツンデレお嬢様がツンデレ行動を繰り返し、どんなタイミングでも選択肢を間違うと姿を現して、ツンデレ語を残して面倒を見る。
そしてバッドエンドでは、聖女ベルナデッタとともに破滅するフロレンス――。
なぜ、彼女はそれほどまでして、バッドエンドでベルナデッタさんと運命を共にしたのだろうか?
それは、まるで、心中――。
「テレーズ……。あなたは一人になってはいけないの…………。わかりましたか」
「え、ええ」
まさか…………まさかフロレンスお姉さまは、ソッチの人?
「もしもあなたが道を踏み外したら、わたくしも巻き込まれて悲惨な目にあうのですからね」
「それは……」
訳すると、
『死んでも地獄へ行っても、わたくしも一緒ですからね』
という意味ですか、フロレンスお姉さま!
「…………テレーズが幸せならば、わたくしも不幸にならないわ」
ひっ!
今までのツンデレ語とは、声のトーンが違う!
でもわかる。
翻訳を超えた翻訳の力を持つ私にはわかる。
これは、一緒に幸せになりましょう。でも一緒なら不幸になっても良いという意味だ!
まさかフロレンスお姉さまが、ツンデレにヤンデレまで属性を盛り込んでいたなんて!
ていうか、ここ以外、私の居場所がないのも事実。
助けて、もう私に……逃げ場は…………ない…………。
夏休みなので一つ短編を、と思い書きました。
……あ、もう夏休み終わってる学生もいらっしゃるんですね。遅れてしまいました。
好評連載中のこちらもよろしくおねがいします!