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第八話 支配の力

 最初の戦闘から程なくして、魔獣が散発的に俺へと襲い掛かってくる。


 森の中は茂みも深く足下を取られそうになるのだが、それでも冷静に対処できた。魔獣の動きを見極め、足場や敵の数に応じて斬っていく……その全てが例外なく一撃で沈む。奥にいる森の主はともかくとして、道中の魔獣は敵ではない。


「ここまでは順調……とはいえ、油断はできない」


 気を引き締め直し、森の奥へとさらに進む。すると前方に明らかに他とは異なる魔力を感じた。どうやら終点が近いらしい。

 呼吸を整え、前を見据える。やや遠方だが、木々の先に一頭の大きな狼がいるのがわかった。あれが間違いなく森の主……ロベルドが森に入ると逃げるらしいが、俺の場合は観察している。逃げるつもりはないらしい。


 さて、どうするか……ロベルドはあれを倒せと言った。彼の言葉を信じれば、本来の力を出せば十分いけるはず。

 もし失敗しても、たぶんロベルドがどこからか観察していて助けてくれるんだろうな……ただ助けられるような事態になれば、試練は不合格だ。失敗できない。


 なんとなく、前世の試験を思い起こさせる。十歳くらいで遺跡へ向かうという目標を立て、今まさにその年齢になっている……失敗すれば目標は遠のく。将来チャンスがあるにしても、邪神復活阻止のために無駄なことはできない。

 ある意味、これが最後のチャンスかもしれない――呼吸を整え、歩き出す。


 やがて見えてきた狼は、黒い体毛を持った大きな魔獣。濁った赤い目からは知性が何一つ感じられない。今にも襲い掛かってきそうなどう猛さに加え、周囲に発せられる魔力は明らかに殺意に満ちていた。


「……こいつを倒す、か」


 呟くと同時、二つの事柄が頭に浮かんだ。一つは小説の設定。セレスにはある能力が備わっていること。そしてもう一つは前世、最後に戦った魔獣。あの時は一瞬でやられた。しかし今回は――

 魔獣の目を見据える。次の瞬間相手が吠え、こちらを威嚇。理性がどこにも存在しておらず――突撃を開始した。


 俊敏かつ、文字通り最短距離を突っ走ってくる。ケインならば慌てて回避に移り、下手すると食らっていたかもしれないが今は違う。

 まず足に魔力を込める。それはこれまでに叩き込まれたロベルドの教えの一つ。身体強化を施すと同時に横へ逃れる。


 一瞬の出来事。狼が俺の横を通り過ぎていく――その間に俺は剣を振る。横っ腹に目掛け、まずは一太刀――!


 剣は俺の想像通りの軌跡を描き、狼の胴体に直撃。吠える魔獣、相手へ向き直る俺。刀身にも魔力は注いだが、耐久力はあるのか一撃で沈んだりはしない。

 狼は口を開け、俺の首筋にでも食らいつくように迫ってくる。瞬きをする時間で狼は牙を突き立ててくるだろう――しかし俺もまた準備を済ませた。


 剣に魔力を集中させ、振り下ろす。肉薄する魔獣の脳天へ、刃が――当たった。

 次の瞬間、狼の頭部が剣によって深く沈む。刹那白い魔力が刀身から溢れ、爆ぜた。


 魔獣が吹き飛ぶ。魔力が粒子となって森の中を舞い、巨体が地面に激突する。

 ズン、と重い音が響いた。そして狼はピクリとも動かなくなる。


 傍から見れば紙一重の勝負にも見えたか……けれど、


「まだ、余裕があったな」


 呼吸も乱れていない。思考は極めて冷静で、今も油断せず魔獣を警戒している。


 ロベルドから教えてもらった技術は、十歳のセレスに確実に宿っている……これは鍛錬の結果。しかし強くなっていることが、たまらなく嬉しい。

 そして――前世成し遂げられなかったことを、今果たせたような気がした。


「と、まだ終わってないな」


 森の主へ近づく。まだ滅んではいないが、剣戟は体の芯まで響いているようで、動くことができないようだ。

 その瞳は力もなく、虚ろな感じでこちらを見据える……俺は最後の一撃を、多少加減して放った。というのも、滅する手前に留めたかった。


 なぜか……それはセレスの幻魔としての力を試したかったから。


 俺は内なる幻魔の王の力を体から発する。気配によって威嚇するという魔獣の手法に近いそれは、魔獣には巨大な存在に見えたかもしれない。

 ここである口上を思い出す。それは書いていた小説で、主人公セレス自身が呟くシーン。


「……我が体の内に流れる幻魔の血により、命ず」


 喋りながら左手をかざす。すると魔獣が小さな鳴き声を上げた。


「この俺に従い、その全てを捧げろ」


 発言の直後、俺の左手から淡く魔力が漏れた。それは意識していなければわからないレベルのもので……魔獣に注がれ、おとなしくなった。

 成功だ――幻魔の王はそれこそ魔獣を使役し、多数従えていた。なおかつ幻魔に対しても有効……ただしこれこそ幻魔の王の特殊な力であり、幻魔を従えるとなると一発で俺の素性がバレてしまうが。


 もっともこれには相手を屈服させる必要があるため、こうして森の主を追い込む必要があった。

 その力をセレスもまた扱えることが、実証された……と、ここで気配を察知。視線を移せば茂みの奥に人影が。


「ロベルドさん?」


 問い掛けに、相手――ロベルドは立ち上がった。


「……セレス」


 ――今の口上を聞かれていたなら、なぜ知っているのかという疑問が出てくるだろう。それについては、前々から理由は作っていた。こういう時が来ることに備え。


「……予感はしてたんだ。色々と……どうして自分は三つも力を持っているのか。そして、その三つの力は何なのか」


 そう告げると、ロベルドは俺を凝視する。


「そのうちの一つは、ロベルドさんもわからないように、自分もまたもわからない……でも二つはわかる。片方は父さんや母さんと同じような力の気がした。そしてもう一つは、ロベルドさんに近いと感じた。そしてその力なら、魔獣に言うことを聞かせられるんじゃないかって思った……本でそういうことをしていたって記述があったから」


 俺はロベルドの目を真っ直ぐ見据え、


「ロベルドさんは話さなかったけれど、幻魔……なんだよね?」

「……そうだ」

「そして――父さんや母さんは――」

「セレス」


 名を呼び、近寄るロベルド。


「……いずれ話すことになるとは思っていた。けれど、まさか自分から気付くとは」

「ロベルドさん……」

「さっきの口上は、咄嗟に思いついたのか?」

「自然に、口から漏れた」

「そうか。やはり血は争えないか」


 突然頭を撫でる。次いで優しい笑みを見せ、


「家に帰ろう。そしてお前の父さんと母さんに、伝えよう」


 ――二人は悲しむかもしれない。家族として暮らしていることに、俺だってすごく幸せな気持ちになった。

 けれど……進まなければならない。


「わかった」


 頷く。すると従えた魔獣が鳴き声を上げた。


「……お前と、使役する魔獣全て。絶対に人間を傷つけるな。いいな?」


 そう告げると、魔獣は同意の声を発した。


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