最終話 白紙の地図
邪神を完全に滅した後、俺達は洞窟を出て歓声に迎え入れられた。幻魔も人間も声を張り上げる光景……邪神を打ち破ったのだと、心の底から思った。
ともあれ、まだやることはある……様々な策を要したこの戦いで発生した犠牲者を弔い、また同時に洞窟そのものを封印することに。
「空白地帯であるため、しばらくは幻魔と人間とが協力して管理することになるだろう」
そうロベルドは話す。
「洞窟内にはかなり強力な力も眠っているからな。これをどうするかについては、後日協議という形になるな」
「そっか……」
「それでセレス、もうお前の役目は終わったが……どうするんだ?」
問い掛けに、俺は沈黙してしまう。
転生して以降、俺の人生は完全に邪神と戦うために注がれた。それ以外のことは一切考えず……戦いが終わった後のことをリュハと話した時もあったが、それでも今は何も考えられないでいる。
「……母親である女神を探すということも頭に浮かんでいたけど、それも結局無意味みたいだしなあ」
ここで俺はロベルドに一つ尋ねる。
「そういうロベルドさんは?」
「村に戻ってもいいが、おそらく混乱した幻魔達の統制をしなければならないだろう」
「その通りだ。働いてもらうからな、ロベルド」
フェリアだった。彼女は意味深な笑みを見せながら俺達へ近づいてくる。
「マシェルやガゼルもそれに協力すると言っているし……リイド辺りは運が良かったなどと捉えて進んで仕事をやってくれるそうだからな」
「ならば、こちらも相応の仕事をしなければならないだろうな」
「そうだな」
フェリアはそう応じた後、俺とリュハ視線を向ける。
「セレス、今回の戦いでそちらが幻魔の王の子であるということは知れ渡ったが……協議した結果、セレス自身が動かない限り私達は干渉しないということにした」
「それは……?」
「セレスがいることにより、幻魔も勢力図が変わってしまうからな。だから相互に関わらないことにして……あ、さっきも言ったがセレス側が動けば話は別だ。まあだからといって幻魔の統制などをすることはできないだろうが」
「それは俺もやる気がないからいいよ。ともかく俺は、自由の身ってこと?」
「ああ。ここまで邪神と戦うために尽くしたんだ。これからは自分のために色々とやればいい」
そう言い残しフェリアは後処理へ戻る。ロベルドもまたそれに追随し、俺とリュハだけが残された。
「……どうするか、か」
「セレス……」
名を呼ぶリュハ。そこで俺は、
「リュハは、何かしたいこととかあるか?」
「私は……特に、思い浮かばないよ」
首を左右に振る。まあそれも当然か。
邪神から解放され、彼女も俺と同様肩の荷が下りたことで思考が止まってしまったらしい。そこからしばらくの間、幻魔や騎士達が動く姿を俺も彼女も眺め、
「……そうだな、何をしたいかを探す、というのもありだな」
俺はそう呟く。リュハは目を瞬かせ、
「何を、したいか?」
「そう。俺は邪神を倒すことが目的で、リュハは邪神を抱えていたために、目標などは考えられなかった……俺達は共に白紙というわけだ。なら今度はその目的探しで旅をする……というのはどうだ?」
提案に、リュハは目を白黒させる。その反応にこちらは首を傾げ、
「どうしたんだ?」
「……私も」
やがてポツリと、彼女は告げる。
「私も、一緒にいていいの?」
――当たり前だろ、と言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。
ずっと、邪神を抱え彼女は不安だった。封じられ、復活して俺と共にいても傍には必ず邪神がいた。
それが消えたという事実を、彼女はまだ飲み込めていないのかもしれない……きっと、彼女のこの言いしれぬ不安は、すぐに解決できる問題ではないのだと思う。だから今から始まる旅は……目的を見つけることと、何より彼女の不安を取り除き、この世界で生きるための意思を探す旅にしよう。
「……お互い、目標もない根無し草なわけだ」
沈黙を置いて、俺は語り出す。
「故郷へ行くのも手だけど、そこに腰を落ち着けずあてのない旅をしよう。旅費くらいはフェリアにせびっても問題はないだろ……というか俺が一人旅というのもどうかなと思ったんだ。同じ目的のない者同士……一緒に旅をしてもいいんじゃないか?」
笑みを見せると、リュハの顔が少しだけ明るくなる。
いつか、ずっと笑って暮らせる日々が来ればいい……そんな風に思う。
「……うん、いいよ。行こう」
そうしてリュハは承諾する……そして俺達は互いに、笑い合った。
その後、俺とリュハは少しの間だけフェリアの屋敷に滞在し、旅立つことになった。
見送りにはフェリアとロベルド。他の面々は仕事ということで屋敷外だ。
「金に困ったらいつでも戻ってくればいい」
フェリアは俺に告げる……懐には十分な旅費。彼女はこう言ってくれているが、あてのない旅だしどこかで魔物討伐依頼でもこなして適宜金を稼げばいいだろう。
「セレス、次屋敷を訪れた時はもう少し穏やかなことになっているよう頑張ろう」
ロベルドが言う。そこで俺は苦笑し、
「ここを訪れた直後から、騒動が絶えなかったからな……あ、もしかして俺達が疫病神かな?」
「そういうわけではあるまい……セレス、リュハ、旅の無事を祈っている」
「うん、ありがとうロベルドさん。フェリアも元気で」
「二人も」
手を振りながら別れる……あっさりとしたものだが、今生の別れというわけでもないし、会おうと思えばいつでも会える。このくらいでいいだろう。
「セレス、まずはどこに行くの?」
歩きながらリュハが尋ねる。それに俺は少し思案し、
「とりあえず首都を目指そうか。リュハは都会に行ったことがないわけだし、人の多さで圧倒されるぞ」
「なんだか人疲れしそうだけど……」
「ははは、そうかもしれないな。まあでもそういう場所に行けば、何か目標とか目的とか、そういうものに出会える可能性はあるよ」
「わかった。なら目標は首都だね」
「ああ、そういうわけで行こう――」
新たな旅が始まる。けれどこれからの旅は今までとは違い、苦難と絶望に満ちたものではない。
ふと空を見上げる。綺麗な青空が見え、こんなにも世界は澄んでいるんだと、今更ながら考える。
この世界……一度滅んでしまった世界を、女神は自らを犠牲にして復活させた。俺はこの世界で何をするのか……手元には白紙の地図。隣にいるリュハもまた同じ。
どうするのかは未知数だけれど、精一杯この世界で生きよう――そう強く心に誓い、リュハと共に、歩み続けた。
これにて完結となります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




