第七十一話 終結
「ようやく、うざい虫を払うことができたか」
イザルデは呟く……おそらく魔力収束などを邪魔されていながら、少しずつ魔力を体の中へ蓄え闇を発したのだろう。時間が掛かったのはロベルド達の成果だ。
「ふん、準備は終わった、という顔をしているな」
そしてイザルデは告げる。
「これで終わらせるなどという気概も大いに感じられる……だが――」
「あなたの敗北要因は、たった一つ」
マシェルの声だった。見れば彼女はイザルデの横にいて、地面に両手をつけている。
「それは、邪神の力をあまりに過信したこと」
直後、イザルデの足下で魔法が発揮され光が彼にまとわりつく。彼は即座にそれを取り払うべく闇を発したつもりのようだったが……変化が起きない。
「何……!?」
「イザルデ、邪神の力を発揮すれば私達があっさりと消滅するのは認めるわ。けれど逆に言えば、それを発揮させないようにすればいい」
驚愕するイザルデに対し、マシェルは極めて冷静に話し始める。
「先ほどの攻撃は、邪神を制御する幻魔の力を麻痺させるもの……そしてこれは、幻魔の力自体を完全に抑え込むもの」
「抑え込む、だと……!?」
「邪神の力はあなたの幻魔の力がなければ発動しない以上、所詮あなたは邪神の力を操っているだけで、邪神そのものになったわけではない」
決然とマシェルは語る。
「一度全てを滅したという事実が本当なのか私にはわからないけれど、もしそうなら確かにその力を信奉するのは理解できるわ……けれど一つ間違っていることが一つある。あなたは邪神の力を用いて全てを消した。けれど女神が復活させた……あなたの策は半ば成功したと考えていいけれど、私はそう思わない。あなたは一度失敗したのよ」
マシェルの言葉にイザルデの顔が歪む。
「女神は私達にもう一度だけチャンスをくれた。邪神を……あなたを討つチャンスをね。それを導いたのはセレスであり、彼の行為がこの戦いの結果を作った」
「まるで、もう勝ったような口ぶりだな」
イザルデが言う。それと同時に闇を発しようと魔力を高めた様子だが、それでもなお変化はない。
「無駄よ。ここまでの猛攻であなたの力は解析した。邪神の力をどう活用しているのかも見切った」
マシェルが語る間にさらなる準備が進んでいく。イザルデの前に立ったのはロベルドに加え、フェリアとガゼル。
「邪神の力を借りることしかできないあなたに、これを防ぐ術はない」
「貴様……!」
「確実に勝てる方法を教えてあげるわ。それは邪神本体を取り込むこと。そうすれば幻魔ではなく邪神の力を直接活用できるでしょうから、私達の策を破壊できる」
そこでマシェルはリュハへ視線を向けた。
「けれど、もうそれも無理ね。彼女自身がどうやら邪神を抑えている以上は」
「……馬鹿、な……!」
イザルデが呟く。その顔に先ほどまでの余裕はなかった。
「終わりだと、この俺が……!」
「一度世界を破壊し尽くした……その事実が油断を呼び込んだようね。あなたは全てが自分の手のひらの上だと思っていたんでしょう。邪神の力を使えば全てを破壊できると思っていたんでしょう」
マシェルの魔法がさらに強まる。それにより、イザルデは邪神の力を発することさえできなくなる。
「けれど今の世界は全てが違う……あなたは失敗したのよ。前回も、そして今回も」
イザルデへ、ロベルド達が走る。身動きがとれない彼へ向かって、渾身の一撃を放とうと動く。
「セレス!」
それと同時にロベルドから声が飛んだ。俺はその意図を理解し、彼らに一歩遅れて動き出す。
マシェルの魔法により、まったく動けなくなったイザルデへ――ロベルド、フェリア、ガドナの三者が剣戟を放った。斬撃によりイザルデは呻き、魔力を発しようとしたが一切発揮されることはない。
「終わりだ、イザルデ」
そして俺は宣告する。ロベルド達が攻撃を終えて後退した直後、俺は右手を突き出しイザルデの眼前へと向けた。
こちらの言葉にイザルデは何も答えない。俺を凝視し……その顔が一瞬、女神が作り上げた世界で出会ったシャルトを思い出させた。
友人であった彼――だがその正体が目の前のような存在であったことは少なからず衝撃を受けた。けれど、彼は――倒さなければならない。
そして、俺の魔法が発動する。直後周囲は光に包まれ――巨大な光の柱が、イザルデを取り巻いた。
全ての攻撃が終わった後、俺達は大きく後退し事の推移を見守る。光がまだ滞留し、イザルデの姿はまだ見えない。
「マシェル、どうだ?」
ロベルドが訊く。そこで彼女は、
「まだ生きている……けれど、力は風前の灯火ね」
そうして語る間に、光が晴れてくる。そして現れたイザルデ……その姿はボロボロになり、また同時に邪神の力も感じなかった。
「……俺が、負けただと?」
そうして呟いたイザルデ。俺は魔力精査を始め、彼の体から邪神の力が消え失せたことを、如実に理解した。
「これで……終わりだと……?」
「ああ、終わりだイザルデ」
そうした彼へ、俺は宣言する。
「一度終わった世界だが、今度こそお前の負けだ」
「ふざけるな……こんなことが……」
イザルデが動く。だがその歩みは遅く、もう戦う力が残っていないことを感じさせる。
そうした中で俺は剣を抜き、前に出た。誰もが見守る中で俺はイザルデは歩み寄り、
「最後に、言い残すことはあるか」
前に立ち、俺は問う。イザルデは、
「……いや、ないさ」
そうして語ったイザルデの表情は、ほんのわずかだが笑みを見せていた。
「終わりか……もう一度、今度こそ、全てを終わらせたかった」
「邪神による負の連鎖はこれで終わりだ。イザルデ」
そうして俺は、剣を掲げる。
「安らかに眠れ」
ヒュン、と一度剣が彼に薙がれる。それを避ける術もなく、彼は身に受け、そして、
「……さようなら」
俺の言葉にイザルデは表情を変えぬまま――その姿が、消えた。




