第七十話 特攻
地面に仕込みを行い、人間と手を組んだことによる技法で邪神の力を持つイザルデに一撃を食らわせる……効果のほどはわからないが、作戦自体は完全に成功したと言っていい。
だが、果たしてこれが通用するのかどうか……事の推移を見守っていると、やがて魔法が発動、イザルデを中心として光の柱が立ち上った。
その威力は、俺が瞠目するほどのものであり……また同時に、確信した。これは、神域魔法と同じ形質を持っている術式だ。
「……セレスが持っている魔法を参考しているのは、わかったようだな」
そこでフェリアが声を上げた。
「これはマシェルの功績だ。彼女の分析能力により、セレスが持っている神域魔法の形質を解明することに成功した」
「決戦まで時間がなかったけど、あれほどの短期間で?」
「それがマシェルの実力というわけだ。結果として、私達にも神域魔法と同等の技術を使用できるに至った……もっとも、こうして大規模な術式を展開させる必要性はあるが」
「……俺のところに話はこなかったけど、密かにやっていたと?」
「この戦いでセレスは重要な立場だ。変に集中を乱したくはなかったからな」
俺に気を遣ったってことか……沈黙している間も魔法は効果を発揮し続ける。
「無論、これで終わりだとは思っていない」
フェリアはさらに続ける。
「ロベルドとも話をした。さらにもう一段階上の魔法を用意している」
「なら、立て続けに――」
「いや、これはさらに時間が掛かる。発動するには相当な間が必要である以上、連続では使えない」
「とすると、俺の出番ってことか」
その言葉にフェリアは小さく頷き、
「この魔法が途切れたら即座に準備を始めるが、それを待ってくれるとは思えない。イザルデの攻撃を防ぐためにセレスの力がいる」
「わかった……そして理想はそっちの術式と俺の神域魔法を一緒に使うことだな」
「そうだ」
フェリアは同意。そして互いに頷いた直後、魔法が途切れた。
イザルデが姿を現す……が、先ほどとは異なり苦い表情をしていた。
「なるほど、確かに甘く見ていたな」
その声にはかすかだが怒りが混ざっている。
「いいだろう、認めよう……この場にいる全ての人間、幻魔全てがこの俺を滅ぼしうる力を持っていると」
「ようやく舞台に上がったな」
ロベルドが告げる。それと共に幻魔達は臨戦態勢に入った。
「終わりにしよう、イザルデ……この勝負で」
「残念だが、この戦いはお前達の負けだ!」
咆哮と共にイザルデは腕をかざす。それと共に生じた黒い魔力。刹那、俺はそれに対抗すべく神域魔法を発動させた。
相手の魔法が放たれる寸前に、俺の魔法が届く。光と闇が激突し、ガアアアと轟音を立てながら魔力を撒き散らす。もし拡散すれば騎士や幻魔に被害が……と思ったがそうはならず、相殺することに成功する。
よし、と心の中で呟いた直後、イザルデはさらなる魔法を放つ構えを見せる。だがそれを妨害したのは、ロベルドだった。
「させるか!」
「ちっ……!」
舌打ちと共にイザルデは魔法をロベルドへ向ける。しかし放った闇をロベルドは紙一重で避ける。
まともに食らえばよくて再起不能、最悪即死という攻撃には違いないが、ロベルドは臆することなく攻め立てる。
そして放たれた大剣を、イザルデはまともに受ける。もっともダメージはなく、加えてイザルデはその大剣に魔法を射出しようとした。
だがそこへ、他の幻魔が援護に入る。
「貴様は、ここで討つ!」
宣言と共に一閃される刃。さらなる妨害を受け、イザルデは魔力を制御できないか魔法を放つことができない。
そこで、イザルデは気付いたようだった。
「仕掛けがあるな、この剣には……!」
「ご名答。お前を倒すためだけに用意された物だ。ありがたく思え」
ロベルドが言う。それと共に豪快に放たれる剣戟。イザルデはまともに食らい、たじろいだ。
「邪神の力を得ているとはいえ、本質的にお前は幻魔と変わらない……いや、邪神の力が外部のものならば、制御は確実に幻魔の部分が行っている。つまりそこを突けば、お前の行動を封じることができる」
「幻魔の力を封じる効力のある武器か……!」
イザルデは声を発しながらどうにか回避しようと動く。だが、ロベルド達は彼を捉えて離さない。
「ぐ、お……!」
猛攻。ロベルドと共に他の幻魔達も加わり、イザルデの動きを封じ込める。とはいえ犠牲がないわけではない。時折動きを制限することができなかったか、闇がロベルド達へ飛来し、幻魔が消滅してしまう。
けれどロベルドは全て回避し、なおかつ減ってしまった幻魔は後続から補充される……それはまさしく特攻だった。イザルデを倒すために、全てを投げ打って、この世界を終わらせないために、決死の攻撃を行っている。
死を覚悟してこの戦いに臨んでいる……そう認識すると同時、俺の体の中からさらに魔力が湧き上がる。
絶対に負けられない――そして次の攻撃で倒す。そう強く決意する。
そこでイザルデは視線を変えた。なおも続く攻防の中で、勝機を見出そうと目を移す。
直後、俺の方へ注目した――違う、その狙いはリュハか!
声を上げようとした。けれどそこでリュハが、
「大丈夫だよ、セレス」
彼女を見る。その目はしっかりとしていて、落ち着いている。少なくとも邪神が表に出てくるようなことはない。
「私も、この戦場に立つ幻魔や人々の思いを感じた……絶対に邪神を恐れず、屈しない」
イザルデがリュハをにらみつける。もしかすると何か魔法で干渉しようとしたのかもしれない。だが、変化はなかった。
リュハへ掛けた俺の魔法が効いている面もあるだろう。けれどそれ以上に――この戦場で命を賭して戦う者達を見て、彼女もまた奮い立ったのだ。その気持ちが邪神に対しても発揮され、自らの強い意思で邪神を抑えている。
「……リュハも、吹っ切れたようだな」
フェリアが言う。それと共に彼女は周囲を一瞥し、
「ロベルド達の奮戦により、準備はできた……セレス」
「ああ」
俺は短く返事をした後、呼吸を整えた。
「終わりにしよう……全てを」
イザルデを見据える。なおも猛攻を受け続けるイザルデであったが――刹那、その体に漆黒をまとい、ロベルド達を大きく弾き飛ばした。




