第七話 試練
剣を振る度に、確実に強くなっていく――それは成長と共に強く感じるようになった。魔力の増加もその要因だが、セレスの肉体もまた驚くべきものだった。
実戦形式の訓練を開始して二年――その日、ロベルドが生み出した魔獣は、俺の倍はあろうかという体格を持った騎士。大人が対峙しても相当威圧を感じることに加え、条件を一つつけてきた。
「一度、魔力無しで戦ってくれ」
無茶だろと最初思った。なぜならいくら女神や幻魔の王の力を継いでいるとはいえ、その本質は魔力にあると考えていたからだ。その部分がなくなれば子供なんて魔獣に勝てなくなる……そんな杞憂を抱いたのは、一瞬だった。
騎士が握るのは漆黒の剣。それが猛然と向かってくる様を見て、俺の体は反応し動く。訓練開始当初とは雲泥の差。体に叩き込まれた剣術が驚くほど自然と発揮され、斬撃をまず受けた。
腕から伝わってくる重い感触。しかし押し潰されるようなことはない。そのまま呼吸を整え……魔力を発さないまま、いなす。
体の動かし方とタイミング。それが合えば体格に差があっても対処ができる……結果騎士がたじろぎ、俺は容赦なく横薙ぎを放ち、一瞬のうちに相手は消滅した。
「うん、十分だな」
ロベルドにとって納得の結果だったらしい。
「純粋な剣術も申し分ないか……セレス、この辺りで休憩しよう。その間に次の訓練内容を考える」
「わかった」
俺達は近くに生える村一番の大木の下で休息する。確実に強くなっている……というか、現段階で既に前世の実力を超えてしまった。
ロベルドの指導は的確で、剣術面で子供とは思えない域に達しているのがはっきりとわかる。これをさらに強化するには――
「この調子でいけば、あと数年足らずで剣術部分については一通り終わるな」
その発言に俺は驚く。まさかそんな段階とは――
「もっともそれはあくまで技術について教えたにすぎない。それを洗練し、高め、また自らの手で新たな技法を生み出す……そこから先は果てがない。剣士として、長い道のりが始まる」
……今の俺ならきっと、教えてもらった技術をさらに高めることができるはず。
強くなっているという事実が、これからのことを期待させる……と、
「今後は少し、魔法に関する勉強を増やそう」
ロベルドが言う。
彼は多少心得がある、といった程度に説明していたが、実戦的な技術については明らかに訓練学校以上のものである。いや、下手すると帝国に存在する宮廷魔術師よりも上かもしれない……まあ幻魔王に仕えていた存在と比べるのも可哀想な気もするが。
「セレスの力なら、魔法を習得することについてもそう難しくない。剣術に加え魔法……戦いの選択肢も広がる」
「わかった」
同意の言葉を受け、ロベルドも頷く……こうして鍛錬は新たな局面を迎えることになった。
そして俺はロベルドの指導を受け続け……彼が言うには想定していた訓練はおよそ六、七年は掛かると考えていたらしい。
つまりそれだけ大変だった……子供に課す内容ではなかったと思うが、それでも俺は必死に剣を振り続け、さらに魔法を学び続けた。
その結果――十歳、つまり当初想定していた年齢までに、ロベルドが試練を課そうと言い出すまでになった。
「子供の時から大人顔負けの力を持つ存在もいる……その中でもセレスは相当な成長ぶりだな」
そうしてまだ少年の俺に対し、ロベルドは語る。
「数日後にその旨を伝える」
わかったと俺は力強く頷くと、ロベルトは笑みを浮かべた。
そうして十歳にして、初陣を迎えることになった俺……驚異的なペースだと思う。けれど実戦形式で訓練を積んだとはいえ、それが本当の戦いで生かされるかどうか……そこはこの試練でわかることだろう。
翌日、俺はロベルドに連れられて村から一時間ほど歩いた先にある森へ向かった。かなり深い森で、昼でも中は薄暗い。
「足下に気をつけながら、この森の奥へ向かえ」
入口に到着して、ロベルドは言う。
「この森には村周辺にいる魔獣の主がいる……が、気性はそれほど荒くはないし、俺が近くの村にいることで人里にもあまり近づこうとしない」
「ロベルドさんによって?」
幻魔である彼を警戒しているってことか?
「そうだ……試練の内容だが、魔獣を倒しながら森の主の所まで行き、そいつを倒すことだ」
ロベルド語ると森を眺める。
「森の主は現在、私や兵士などが警戒に当たっていて森の外には出ていない。ただ私が森に入った瞬間姿を隠す。魔力を探ろうにも地中深く潜るらしく、見つけられん」
ずいぶんと用心深い魔獣らしい。ロベルドの力を察知して戦闘を避けるのなら、確かに面倒だな。
「私が近づけばそれだけ地中奥深くに行くからな……長く生きている魔獣のようだし、狡猾なやつらしい」
「そいつを倒すと?」
「能力的に、今のセレスで十分なはずだ。魔力量的に考えてもヤツは逃げないだろう」
――それは俺が強いのか、それともその魔獣が逃げることが得意なだけでそう強くないのか。
ま、ここはロベルドの言を信用しよう。
「わかった」
返事にロベルドは俺の背中を軽く叩いた。
「両親の説得については……訓練を開始した段階でセレスの意思に任せると明言しているが、改めて説明し、納得してもらうつもりだ。ここは任せておけ。この試験で上手くいったら、遺跡へ向かうとしよう」
おし、と心の中で呟き、俺は歩き出す。鬱蒼と茂る草をかき分けながら、腰の剣を抜き放ち前進する。
身長に合わせた剣なので、一般的な剣と比べリーチは短い。魔獣がどんな種類かで有利不利が変わってしまうけど――
その時、周囲からガサガサと音が。魔獣だと悟った矢先、俺の眼前に黒い人影のようなものが飛び込んできた!
どうする――考えた直後、ロベルドによって叩き込まれた剣術が、最適な動きをとる。
まずは敵を捕捉。俺と同じくらいの背丈を持った人型の黒い魔獣。ただその頭部が犬か狼か――さらに右手には体格に合わせた剣に似せた武器が。
気配を察し、左右からも迫っていると理解する。次いで正面の魔獣の後方にさらに二体、追い打ちを掛けるような形で迫っている。
ここまでの状況把握におよそ一秒足らず。ならばどう動くか――俺はまず、真正面からの魔獣を迎え撃つ!
相手は縦に剣を振る――が、それを俺はわずかに体を反らして避ける。紙一重といった案配だが、俺からすれば余裕はある。
反撃。剣は自然と右下から左上――斜めに走る斬撃を決める。大した力は入れていない。牽制目的も兼ねた剣戟だったが、目の前にいる魔獣達はそれで十分だった。
魔獣はあっさりと体が崩れ、滅んでいく。魔獣は肉体が残るものと残らないものがいる。今回は後者のようだ。
続けざまに左右から来る。ほぼ同じタイミングで腕に持つ剣を掲げ、同時に振り下ろそうとした。
なら――俺は前方の敵に目線を集中させながら左右の気配を感じ取り――寸前で、後退した。
俺の目の前を漆黒が通り過ぎる。次いで右にいる魔獣の腹部へ一閃。抵抗はほとんどなく上半身と下半身が分離。消え去った。
そして左の魔獣に狙いを定め頭部へ刺突。相手は避ける暇なく刃の先端が頭に入る。瞬間、頭部が弾け魔獣はいとも容易く消滅した。
残るは二体。すると魔獣達は足を止めた。三体を瞬殺したことで警戒されたのか、迎え撃つ構えをとった。
俺は容赦なく走る。茂みの中は多少動きにくかったが目の前の魔獣相手なら問題ない。一気に距離を詰め――相手が反応するより先に、前にいる魔獣へ一撃浴びせた。
縦に振り下ろされた剣戟にほぼ無抵抗で受ける魔獣。あっさりと消滅し、残る一体へ俺は進撃する。
魔獣も抵抗しようとした。しかし腕が身じろぎする間に俺は横を抜け――すれ違いざまに胴体へ一太刀。
それで魔獣は消滅――短い戦いは、完全勝利に終わる。
「……動けるな」
今まで鍛錬してきた技術がそのまま生かされ、体が自然と動く。
もう前世のケインを置き去りにして、まったく踏み込んだことのない領域に来たのだと確信する……が、ここで満足するわけじゃない。それに女神の力については真価を発揮していない。
もう半分の力を生かするためにも、遺跡に必ず行く……固く決意しながら、森の奥へと進んだ。