第六十二話 黒い影
――深夜、ふいに俺はベッドの上で目覚めた。単なる偶然ではない。以前、モルバーの領地に入った時と同じ、夜襲か。
「音はしなかったが……いや、これは……」
呟いた矢先、隣のベッドで眠っていたロベルドもまた目を開けたらしく、声がした。
「セレス、起きているか」
「……うん。どうやら敵は――」
「少なくとも、まともな神経ではないな」
ロベルドは断言する。昼間、作戦会議中にこれはないとしていた状況……すなわち、町においても攻撃を仕掛けるということ。
「このままでは、市街戦になるな。イザルデはそれをこちらがしないと踏んで、あえて仕掛けたということか?」
「たぶんだけど、人間側が敵になるとしても先手を打ちたかったのかもしれない」
俺が語るとロベルドは沈黙……それは肯定しているような雰囲気があった。
「人間側が態勢を整えるまでに時間がある……つまり俺達と連携するようなことはない。もし人間側が動き出しても、各個撃破できると考えているのかもしれない」
「俺達さえ倒せば人間相手はどうにでもなる……と。いや、少し違うな」
ロベルドは確信を伴った声で告げる。
「セレスさえ消せば、どうにでもなる、ということか」
「かも、しれない」
イザルデとしては現状、唯一女神の力を操ることができる俺が脅威であるわけだが、俺を倒すことを優先とし、他は構わないということなのか。
「なるほど、以前のイザルデならば到底考えられない行動だが、邪神の力を所持する以上はそういう思考になっている可能性が高いな」
「ロベルドさん、それでどうする?」
「まずは町を出よう。俺やセレスがこうやって気付いたのは、敵がそれこそ軍を成して侵攻しているため魔力を多大に感じ取ったせいだ。まだ町に到達するまでに余裕はある」
「わかった」
そして俺達は仲間達をたたき起こす。全員が状況を把握してイザルデの無茶ぶりを理解し、宿代だけ置いて外に出た。
「フェリアもこの状況は気付いているだろう」
ロベルドが言うと――証明するかのように上空から気配が。
「仲間になった幻魔の眷属だな」
見た目は竜――それが群れをなして軍勢が近づきつつある方角へ進んでいる。月明かりくらいしかない中でもシルエットは確認でき、敵方も竜には気付いていることだろう。
「……町にいる幻魔に連絡をとり、戦闘が始まって以降の町を任せることにしよう」
そうロベルドは呟く。
「幸いこの町にいる幻魔はそれなりに権力もあるからな。人々を統制するのはそう難しくないはずだ」
ロベルドはまず該当の幻魔と話をして、相手は了承。その後、町の外へと出た。
とはいえ町の周辺を戦場にするわけにもいかない。そこからさらに歩みを進めていると……闇夜の中でもはっきりとわかる、大量の黒い影を発見した。
「あれか……」
「上空にいる眷属は威力偵察といったところだろう。力はそれなりにあるため、あれが早々に全滅してしまうと相当な力を敵が保有していることになるが――」
その時、空を切り裂くように竜の雄叫びが響いた。後方にある町の方が気になるが、少なくとも戦闘が始まって見物しに来るような輩もいないだろうし、たぶん大丈夫か。
そして竜の口から炎が湧く――どうやら炎を吐く特性を所持しているらしい。それによってか炎が舞った周辺の敵の姿が消えたように見えた。竜でも十分対抗できているみたいだ。
しかし魔物も黙ってはいない。竜へと差し向けられるのは炎や氷、風や雷。魔法攻撃のようで、一発の威力は少なくとも連続して受ければさしもの竜もひとたまりもない。結果、魔法の応酬を受けて消滅する個体も現れる。
とはいえ、戦い自体は竜が軍勢を削るペースの方が早い……この戦いの結果はまだ読めないが、少なくとも大きな痛手を与えることはできそうだ。
「ふむ、あの調子ならば竜で相当な数の敵を倒すことができそうだな」
ロベルドが評す。竜が敵を駆逐している以上は、邪神の力を保有している可能性も低いだろう。これなら――
その時、さらに上空から竜が飛来する。味方側はどうやら竜だけで始末をつけるらしい。
「ひとまず初戦はどうにかできそうだな。町に被害がなくて何よりだ」
ロベルドは述べた後、俺達を見回した。
「フェリアとしても先手を打たれた以上、敵を倒して寝直すなどという行為はしないだろう。間違いなく、このままイザルデのいる洞窟へと向かう……覚悟はいいな?」
この場にいた全員が頷く。急展開ではあるが、どうやら本格的に始まったようだ。
竜の雄叫びが周囲に響く。敵影は確実に小さくなっており、このままいけばそう時間も経たずして全滅させることができそうだ。
「……いよいよ、だな」
俺は小さく呟いた。本当に最後の戦い……イザルデの所へ絶対に赴き、アイツを討つ。
その時、敵影にゆっくりと向かって行く人影が見えた。それはどうやらフェリアが従える幻魔達の姿らしく、目指すは敵影のある方向。とはいえ歩みは遅く、竜で敵を倒し後始末を幻魔がするのだろう。
「このまま彼らと帯同していては意味がない」
ふいにロベルドが呟く。
「移動することにしよう……全員、ついてきてくれ」
ロベルドの指示により、俺達は歩み始めた。その間も戦いは続き、いよいよ決着となりそうだった。
仮にあの軍勢の中に無茶苦茶強い……邪神の力を所持した幻魔などが潜んでいる可能性はゼロではない。ただそういう存在がいた場合部隊が壊滅するまで放置するなどということはあり得ないし、ないとは思うけど。
そうした中で俺はロベルドや仲間と共に戦場を離れることに。フェリアは敵を殲滅次第、真正面からイザルデの軍と向かい合うだろう。そうした中で、俺達は――
「……全員、死ぬなよ」
ロベルドが突然告げた。それに対し誰もが頷く中――俺達は消え去ろうとしているイザルデの軍勢を避けるようにして、戦場を離脱した。




