第五十七話 黒と青
ガドナの反応を見て、フェリアはまず静観。どうやらロベルドに任せるつもりらしい。
「……フェリアはどうやら期待に応えた」
そこでロベルドが声を発する。
「ならば、私も力を示さなければならないな」
「できるのか?」
魔力を高めながらガドナは告げる……その魔力はフェリアが発した、噴火するような魔力とどこか似ている。
ただしそれは極めて冷厳であり、凍えるような冷たさがある。魔力の色を形容するならば青。それも荒涼とした、極寒の世界の中にあるような青だ。
フェリアとは質が違うけれど、やろうとしていることはおそらく一緒……つまり、ロベルドに絶対的な一撃を仕掛ける。
「このまま戦い続けても、おそらく俺は勝てない」
そうガドナは冷静に告げた。
「いずれ膨大な魔力を相殺しきれなくなる。戦ってみてわかったが、イザルデから力を得ても俺とお前の間には差が存在する」
「ならば、その一撃に賭けると?」
「そうだ」
魔力を相殺……その能力を活かした一撃必殺の剣……膨大な魔力を相手へ注ぎ、体の内に眠る魔力すらも相殺し、滅する……そういう手法だろうか。
そうした推測を行った時、フェリアがこちらを一瞥した。まるで俺の心の内を読むかのようであり、また同時にそれが正解であるように語っているような気がした。
ならば、ロベルドはどのように対抗するのか……と、そこで彼が発したのは、冷たいガドナの魔力に対抗するような、圧倒的な力。
「あくまでも、力か」
「そうだ」
ガドナの言及にロベルドは肯定。ロベルドの力は俺も信じてはいるが、特殊能力を抱えた相手にどこまで通用するのか。
疑問に思いながらも俺は戦いの行く末を見守る……ロベルドもガドナも双方力を収束させ、あとはいつ爆発するのかというタイミングの問題。長い時間……といっても精々一分か二分程度のわずかな時間。けれど戦闘であれば恐ろしいほどの長い時間、両者は対峙し、
先に動き出したのは、ロベルドだった。大剣を縦に振り下ろし『黒竜剣』を放とうとする。
だが、それに対抗するようにガドナも動いた。黒竜が炸裂する前にロベルドの剣に対抗すべく彼もまた剣を振る。
そして両者の剣が激突した直後、魔力が大気へ迸り荒れ狂う――ロベルドの黒い魔力がガドナを包もうとするが、それを彼の相殺魔力が片っ端から消していく。それはフェリアとマシェルとは異なる見た目だが、やっていることは彼女達のせめぎ合いとなんら変わりがない。つまりどちらが自分の攻撃を通すかという力勝負。
実際、ロベルドの黒はガドナが消してもさらに刀身から生まれ出る。彼はどうやら魔力が相殺される前提でひたすら剣に力を集めている……一方のガドナもそれに対抗するべく相殺し続け――ふと、俺は彼の特殊能力における欠点を見つけた。
一つは剣から放出された魔力や刀身に乗っている魔力ならば相殺することができるが、体の内部まで領域を広げるには剣を直接当てなければできない点。つまりこのせめぎ合いに勝利しなければ、ガドナにはもう手がない。
そしてもう一つは、目の前の光景。どれだけ特殊な力を抱えていようとも、せめぎ合いとなれば単なる力比べと変わらなくなってしまうこと。ロベルドと一騎打ちをしても力の総量で負けているガドナとしては、不利な状況になってしまう形に違いない。
これを覆すには、どうにかしてロベルドの体に剣を当て勝負をつける……しかしそれをすることができず、あまつさえロベルドの魔力がさらに膨らんでいく。
ロベルドはフェリアの戦いぶりを見て、触発されたのかもしれない――そんな推測を俺が行った直後、さらにロベルドの力が膨らんだ。
このままでは押し切られる――ガドナとしてもそう推測したようで、どうにか受け流せないかと模索し始めた……さすがに負けるとわかってそのまませめぎ合いを続けるつもりはないらしい。
けれどロベルドがそれを阻む。さらに押し込みガドナが自由に動ける状況をなくそうとする。それは効果的で次第にガドナの表情に焦りが見え始めた。
「相殺の魔力。確かに恐ろしいものだ」
そこでロベルドが語り始めた。
「しかし、こうして真正面から受け、能力に左右されずこの体に眠る力を出し続ければ、単なる鍔迫り合いと変わらない。そうなればこちらが勝つのは時間の問題だ」
ロベルドの言葉通りだった――もしガドナが勝つとすれば、ロベルドが『黒竜剣』を完全解放する前に……それこそ収束している間に剣で魔力を相殺し、武器を当てる。それが理想形だが、ロベルドはおそらくそれを察しあまり前へ出なかった。
これなら――そう俺が考えた直後、突然ガドナの魔力がしぼみ、相殺の効力を持つ力が大きく弱った。
当然、ロベルドはそれを見逃すはずは無かった。
「ふんっ!」
声と共に、ロベルドはガドナの剣を一度弾いた。そこから先の展開は俺にも理解できる。
剣を弾き飛ばされ完全に浮き足立ったガドナは、どうにか後退しようとする。ロベルドの暴虐な剣を受ければ間違いなく終わる。だからこそ一度離脱しようとした。
けれど、それは不可能だった。
ロベルドの剣を、ガドナは最後まで対応することができないまま、剣がその身に入った。途端、黒竜が彼の体を取り巻いて一時その身を包む。大丈夫なのかと不安に思ったが、魔力精査によりガドナが無事であることは俺にも理解できた。
そして、竜が途切れどうにか無事だったガドナは……倒れ伏し、動かない。気絶したらしい。
「相変わらず、無茶苦茶な技だな」
フェリアがコメント。それにロベルドは肩をすくめ、
「お互い様だろう」
「それもそうか……セレス。多少なりとも役に立つことが証明されたか?」
「うん」
二人とも、十分過ぎるほどだ。
「さて、どうやら戦いは終わった……が、まだ一仕事ある」
「俺が二人から邪神の力を消す、と」
こちらの言葉にロベルドは頷く。
「二人は気絶させた。これならば支配もそう難しくないだろう?」
弱っているし、イザルデが与えた邪神の力を吹き飛ばすには最適なタイミングか。
俺はそこで倒れるガドナとマシェルに近寄る……そうして俺は邪神の力を消し飛ばす――フェリアが語っていた問題。それがまた一つ、解決されることとなった。




