第五十二話 神の剣
俺の予想通り、遺跡内に本来いるはずの守護者達は影も形もなくなっていた。
やはりイザルデとの交戦で全てが滅んだ様子……もし操れるのであれば戦力として確保しても良かったのかもしれないが……いや、あのくらいではイザルデ本体との戦いでは食い止める役割すら果たせないか。
「けど、数で対抗するって戦術は良いかもしれないな」
俺は罠がないかを確認しながら呟く。それにリュハは反応し、
「邪神……イザルデとの戦いについて?」
「そうだ。俺はこれまで自分自身が強くなるために必死になっていた……まあ俺自身強くなければイザルデ――邪神に勝利できないわけだからそのやり方は正解だったわけだけど、それ以外の戦術を構築する時期に来たのかもしれない」
「でも、同じ方法が通用するとは思えないよ?」
「わかってる。それにここにいる守護者を仮に連れ帰って研究、兵として量産してもイザルデ本体には通用しないだろう」
分身は所詮分身――本体との力の差は歴然としているはず。
「もし数を利用するにしても、もっと力がいる……ロベルドさん達に相談するべきだろうな」
返答しながら俺は遺跡の奥へと進む。罠なども多少はあるが魔法で探知が可能で問題なく進んでいる。
そうして俺達はさしたる障害もなく奥へと到達することができた……最奥にあったのは石造りの台座。そこに、一本の剣が安置されていた。
「セレス、これが……?」
「ああ、そうだ。目的の剣」
手に取る。一般的な長剣と長さも刃の厚みも変わらないが、握っただけでわかる。相当な力が存在している。
「大きな特性としては、女神の力を注ぐとさらに切れ味と強度が増す……物語では剣の力は結局発揮されることなく破壊されたんだけど、現実となった今では真価を発揮できそうだな」
本来は手に入れることができなかった剣……この剣の特性などは決戦前までにある程度検証する必要はある。
「リュハ、それじゃあ戻ろう」
「うん、わかった」
元来た道を引き返す。こちらも特にトラブルはなかった――のだが、
「女神の遺跡だけど、なんだか不思議な空間」
リュハがふいに呟いた。
「私は邪神を身に抱えているけど……この空間はどこか安心する」
「人の気持ちを穏やかにさせる特性でもあるのかもしれないな。もっとも、守護者に襲われていたら穏やかなんて話じゃなくなるけど」
「そうだね」
クスリとリュハは笑う――そこで俺は一つ質問した。
「リュハ、本当に大丈夫か?」
「え? うん、平気だよ」
「そっか……魔法はきちんと使っているから邪神の封印が解けるなんてことにはならないと思うけど、何か変化があったらすぐに教えてくれ」
「うん」
小さく頷く……するとここでリュハの瞳がわずかに揺らいだ。それに気付いた俺は、
「どうした?」
「あ、ううん、なんでもない――」
引っ掛かる物言い。もしかして異常が、と最初思ったのだが、
「ごめん、セレスが想像するようなことじゃないよ」
「それならいいけど……悩みか何か?」
「あ、えっと、本当に大丈夫だから」
――邪神に関することなら迷わず言うだろうし、心情的なことだろうか? ともあれこれ以上俺が追及しても「大丈夫」と話を濁すことになるだろうから、ここは引いておくか。
「わかった……ただ一つ」
出口が見える。そうした中で俺は告げる。
「遠慮の必要はないし、邪神を抱えているからといって負い目を持つ必要はないから」
こういうやりとりは幾度となく交わされてきたけど……根本的な話として、立場上彼女が上に立つという状況は少ない。これは俺だけが邪神をどうにかできる手段を持っている以上は仕方のない話であり、リュハもそれがわかっている。
だからいくら言っても押し問答が続く……ここはやっぱり全てが終わってから、だな。
俺達は遺跡を出る。天気もよく、魔物などが現れなければ下山も順調に進むだろう。
「リュハ、今から山を下るけれど、大丈夫か?」
「うん、平気」
頷く彼女に、俺は「わかった」と応じ、
「それじゃあ、一気に戻るとしよう」
そう告げ、俺達は下山するべく遺跡を後にした。
結果としてイザルデとの交戦以外ではさしたる障害はなく……下山することができた。手に入れた剣の検証については屋敷に戻ってからということにして、俺達は休む間もなく町を離れる。
「セレス、屋敷に異常はないの?」
リュハの確認。現在俺は屋敷の様子を窺えるような態勢を整えているのだが……、
「ああ、異常はない。けれど俺はいつ何時攻め寄せてきてもおかしくないと思っている」
「もしイザルデが攻撃を仕掛けてくるとしたら……自ら率いるって可能性は?」
「ゼロではないけど、俺はそこまですることはないと思う。剣を手に入れ、俺はさらに強くなった。分身による襲撃が失敗している以上、次に来るのは本体……とリュハが考えるのも無理はないけど、剣という不確定要素がある以上、まずはこちらの戦力分析なんかを行おうとするだろ」
――この剣についての情報を、イザルデは持っていない。だからこそ警戒するだろうし、最初は無理に攻めるということはないだろう。ただ、
「俺が来るまでにイザルデがフェリアやロベルドさんに狙いを定め仕掛ける……なんて可能性も考えられるけど……ま、可能性は低いな。もし襲撃があったとしても、配下の者を使うだろう」
「もしイザルデが出てきたら?」
問い掛けに俺は彼女を見返し、
「それなら……この剣で打ち砕くまでだ」
とはいえ、わざわざ自分の有利な戦場から抜け出すような真似をするとは考えにくい……ただ屋敷を何らかの形で襲撃する可能性は高いため、急いで戻ることにしよう。
「リュハ、行きよりも早足になるけど大丈夫か?」
「うん、平気」
「よし、なら――」
俺は一呼吸置いて彼女に告げる。
「移動を開始しよう……そして次の目標は、ロベルドさん達が語っていた三つ目の仕事……敵陣営に寝返ってしまった味方を救うこと」
ロベルドと同じく操られてしまったわけだが……問題はイザルデにこちらの目論見が知られているだろう、という点。
それを前提に動かれると、こちらの目論見通りにはいかないのか……? 素性がわからない状態であると以前は考えていたため、方針を転換する必要があるのかもしれない。
ともあれ、今はひとまず戻ることを優先しよう……そう心の中で呟き、俺はリュハと共に街道を歩み続けた。




