第五話 魔力制御
翌朝、俺は早朝からロベルドの家を訪れる。中はひどくシンプルで、家具なども必要最低限しかない。
「来たな」
ロベルドが言う。俺のことを見て、まず笑いかけた。
「緊張しているようだな……両親からは何か聞いているか?」
――昨日俺と話をしてから、母さん達に事情を説明したんだと思う。たぶん「内に抱える力を制御しなければ、自分自身を傷つける。だから制御法を教えなければならない」と。だから俺も両親からロベルドの所へ行くよう促され、こうして彼の家の中にいる。
「セレス、お前はまだ小さい。その力をどんな風に活用するかは決めることはできないと思うが、どんな選択をしてもいいようにお前に教えよう」
コクリと俺は頷く。それにロベルドは笑みを浮かべ、
「まずは内なる魔力について……お前の体の中には三つの力が眠っている」
人間と幻魔、そして女神だな。
「どうやらセレスは三つあると理解できているらしいな」
「うん。色に例えると一つが青、一つが赤。もう一つが白」
「色か……なるほど。ならば私もそれに基づいて教えよう」
「どういう力なのか、ロベルドさんはわかる?」
質問をしてみる。女神の力について知っているなら言及があってもおかしくないが、
「二つは私にもわかる。しかしお前の中で一番大きい三つ目の力については、わからない」
やはり、わからないか。女神そのものが公に顕現していない(もっとも、俺が生まれている以上活動はしている)ため、女神の力がどういったものなのかロベルドにもわからないようだ。
「いずれ、話さなければならないことがある……が、今はまだ駄目だ」
きっと「お前の両親は本当の親ではない」とか、そういった事実についてだな。
「わかった、力の詳細についてはわからないことも多いが、それを制御するやり方は同じ魔力である以上、可能だ。セレス、今から言うようにやってくれ」
そうして丁寧に教え始める――いよいよ、本格的な鍛錬の開始だった。
最初の内はひたすら俺の体に眠る魔力に関すること……ここは基礎的な部分でもあるので外すことはできない。
よってロベルドも丁寧に教えた……が、俺は飲み込みが早いらしく(前世の知識を持っていたことも関係している)制御法についてはそう時間も掛からず……といっても半年くらいは掛かった。
まあ三つも異なる質の魔力を抱えている事実を考慮すれば、半年は短いと言えるかもしれない。この結果についてはロベルドも驚愕していた。
「ひとまず、制御法については落ち着いたな……しかし、どうやらセレスは別の考えがある様子」
そうロベルドは告げる……半年間鍛錬を共にして、俺自身強くなるためにはという意識が強かったからな。それをどうやら感じ取ったらしい。
「セレス、改めて問うが……お前はこれからどうしたい?」
――単に両親と平和に暮らすだけならば、魔力の制御法を教えてもらった時点で話が終わる。
けれどそれではまずい。この世界の未来――邪神との戦いがあるなら、俺自身強くならなければならない。
そしてそれは早いほうがいい……とはいえロベルドに「剣を教えてくれ」と真っ正直に告げたからといって、すんなり受けるとも思えない。
彼自身、俺が強くなりたいと願えば同意する節はある……だが今の俺は小さすぎる。十歳まで待てば同意してくれるのかもしれないが、それでは遅い。
――それに対する回答は、ずいぶん前から決めていた。現時点の目的は、砂漠の遺跡へ向かうこと。だから、
「……ある場所に、行きたい」
「ある場所?」
「時折、夢を見るんだ。いつも同じ夢で……その場所が本当にあるのか確かめたい」
「それは?」
ロベルドが訊く。俺は水筒に口をつけた後、言った。
「……砂漠の遺跡。夢の中では見知らぬ女の人が、その場所へ行くようしきりに語っているんだ」
ロベルドは沈黙する。子供なりの理由を作ったため、受けてくれるかどうか不明瞭な部分もあるが――
「その人は、僕の体の中に眠る白い魔力を持っているように見えるんだ……もしかしたら、この魔力のことについてわかるかもしれないし、そこへ行きたい」
強い意志を伴って語る……ロベルドは俺と目を合わせ、考え始めた。
「砂漠の遺跡、か……その夢とは、いつも見るのか?」
「うん。何度も何度も」
「お前の中に眠る力が、声を発しているのか……あるいは――」
あるいは――俺の本当の母親が魔法か何かで俺に夢を見させ、そこへ行くよう促したか。
そんな風にロベルドは解釈したのかもしれない。ただ俺の出生を理解し――といっても母親については確か理解していなかったはずのロベルド。彼としても女神の力についてはどういうものなのか知りたいはず。だからこそ、理由として乗ってくる可能性が高いと判断した。
しばし目を合わせていると、やがてロベルドが視線を外した。
「その意志の強さ……血は争えないか」
「え?」
「いや、何でもない。その遺跡とやらに行くことが、目標なんだな?」
「うん」
――砂漠の遺跡には、邪神を宿す少女が封印されている。そして『神域魔法』に関する書物が保管されている。
邪神を封じていたのはその砂漠に住んでいた民の役割であり、神域魔法は邪神に対抗するために女神の眷属から教えられたものらしく、現存する神域魔法の資料としては唯一と言っていい。
そしてこれは確認の意味合いもある――俺が頭の中で描いた世界通りなのかどうか。俺やロベルドの存在は確かに小説通り。だが遺跡も存在しているのか? それをできるだけ早く確かめたいのもあるし、また年齢が低い段階で神域魔法に触れたいのもあった。
当初の目標では十歳……それにはロベルドの協力が必要不可欠。果たして――
「……砂漠に入るとなれば。何の知識もない今のセレスに耐えられるはずもない。やることは多いぞ」
「わかってる」
「ただ、これについてはセレスの両親にも確認を取らなければならない……戦い方を教えるのだからな」
俺も頷く……そして俺はロベルドと共に家へ。時刻は夕方。そろそろ夕食の時間だ。
家へ帰ると、既に食事の準備を始めているようで、良いにおいが立ちこめていた。養父も既に帰っており、ロベルドの突然の来訪にも驚くことなく応対する。
「今日は、大事な話が」
ロベルドがそう切り出すと、養父の表情が変わる。そして調理をする養母を呼び寄せ、俺は二人と向かい合う形で事の推移を見守る。
「魔力の制御については、ほぼ完了した。しかしセレス本人は、もっと……強くなる術を求めている」
そう切り出したロベルドは、俺の強くなる目的について話し始めた。あるかどうかもわからない砂漠の遺跡へ行くため――ふざけていると思われてもおかしくなかったが、両親は共に淡々とその事実を受け入れた。
いや、予感はしていたのかもしれない――俺が普通の子供ではないということを、両親も薄々気付いていたのだろう。
だからこそ――二人は同時に頷いた。
「セレス、それがお前の望むことなんだな?」
父さんが問い掛ける。俺は少し申し訳なく思いながらも、小さく頷いた。
「そうか……ロベルドさん、この子の思うようにさせてやってください」
「いいのか?」
「はい」
「セレス、一つだけ約束して」
母さんが告げる。俺は目を合わせ、
「人を悲しませるようなことはしない……いいわね?」
深々と頷いた。そして母さんもまたロベルドへ「よろしくお願いします」と告げた。