第四十六話 待っていたもの
翌日から俺達は一緒に山へと進み始める。登り始めた時点で森と獣道ということで、多少なりとも苦労するかと思ったのだが……魔法を使えばそう探索も難しくない。
「リュハ、もし苦しかったら言ってくれ」
「うん」
リュハは返事をする――速力強化の魔法を使って登山しているのだが、問題はなさそうだ。
ひたすら獣道を進み続け、俺達は山脈の奥深くへ向かって行く……しかし、人の手がほとんど入っていない場所なので、何も考えずに入ると十中八九遭難するだろうな。
そんな深い森を進み……やがて、開けた場所に。予想よりもずいぶんと早く山脈入口の山の山頂に到達した。
「わあ……」
リュハが呟く。目の前に広がるのは広大な山々。俺達がいる場所からさらに山が続いている。
それら全てで人の手がほとんど入り込んでおらず、森林が広がっている……魔獣などが生息するため迂闊に近づけないってこともあるだろうな。
「リュハ、位置的にここから二つ目の山……そこを下ると存在する盆地みたいな場所に遺跡はある」
「距離はあるよね?」
「そこに到達するまでに俺達の足でも半日くらいは掛かるだろうな」
ここに遺跡があるとわかっても、踏み込むのに躊躇う距離ではある。調査団とか編成しようにも自然が牙をむくことに加え、魔獣もいるからな。国側だって調査するのも二の足を踏む。
だが俺達は前へ進む……遺跡があるとわかっているから目的の山へと目指し先を進む。途中魔獣と幾度となく遭遇するが、俺が対処。昼前に昼食をとり、その後なおも突き進む。幾度となく休憩を行い体力を十分残した状態で、夜を迎えた。
森の一角に開けた空間を発見したので、そこで結界を構築し安全領域を確保。休むことにする。
「リュハ、体は問題ないか?」
「うん、平気」
とりあえず彼女も問題はなさそうだ……しかし、遺跡まで行くのに本当大変だな。
「明朝に出発してそのままの勢いで遺跡へ踏み込む。いいな?」
「わかった」
フェリアやロベルドのことも気掛かりだからな……強行軍だが俺も体力的に問題はない。このまま押し通す。
そういうわけで、このまま俺達は明日遺跡へ――そう決意しながら、その日を終えることとなった。
そうして山を進み続け、二日目、俺達は目的の山に到達し、その頂で遺跡を確認する。
「見えるか、リュハ」
「う、うーん……確かに言われたらわかるけど……遠目でも確認しづらいね」
山頂から俺達は盆地のような場所を見下ろし会話を行う。
盆地といってもそこは山脈同士に囲まれた窪地と呼ぶような場所で、山に登らない限りは見えない。さらに遺跡自体も馬鹿正直に見えるわけではなく、俺は山頂から目を凝らし、ようやく発見した。
もしこの場所に遺跡があるとわからなければ、スルーしていたかもしれない……物語でもここへ辿り着くまでに四苦八苦したわけだけど、そうなるくらい巧妙に隠されている。
「あそこまで行くにも時間が掛かりそうだね……」
「ここからは下りだし、そう時間も掛からないさ……さて、進もう」
移動を再開。盆地の中を進んでいけば、直に辿り着くだろう。
ようやく遺跡へ到達するわけだが、むしろここからが本番だ。果たして無事に剣を手に入れることができるのか……物語の上では守護者などがいるだけで罠の類いはほとんどなかったのだが、それがこの現実においても同じかと言われると疑問に残る。
転生し、ここまでがむしゃらに強くなってきたわけだが……なんとなく、俺の頭の中の出来事が現実になった、というのは異なる気がしてくる。ただその仮定が正解だとすると、前世のケインを含め、俺の存在は一体何なのか……その疑問は残るけれど。
邪神との戦いを進めていくたびに、その辺りが少しずつおかしいと思うようになった。リュハのいた遺跡ではそう思わなかったけれど、ロベルドと再会しイザルデとの戦いに参加を決めた時、違和感を覚えそれが徐々に強くなった。
その辺りについて解明することも、また必要なのだろうか……そんなことを考えながら歩いていると、
「ん……?」
リュハが突然呟いた。
「どうした?」
「あ、うん、何でも、ない……」
引っ掛かる物言い。気になって問い掛けようとした矢先、
「待って、これって……」
「リュハ、何か感じるのか?」
彼女が反応するとしたら、邪神絡みだが……そんなはずはない。だってこの場所は、女神の遺跡なのだから。
それに、ここに邪神の一派が訪れるとも考えにくい。この場所はセレスが騎士となり活動している時に存在が公になるはず。まだ物語が始まってもいないのに、誰かが来るなどと――
「……もしや、監視されていた?」
俺達のことを見て、ここに遺跡があるとわかったのか? 尾行などには細心の注意を払っていたはずだが……それとも、リュハの中に眠っている邪神がイザルデなどに干渉したのか?
イザルデの動きが止まったのもそのため……? いや、だとしたら説明がつかない点もある。現在俺は遠隔魔法でフェリアの屋敷などの動向を窺うことができるのだが、そちらに異常はない。俺のことが露見しているのだとしたら、この時点でフェリア側に襲撃があってもおかしくないはず。
一体何が……思わず足を止めてしまったが、進まなければならない。邪神の一派がいるのならば、なおさらだ。
「リュハ、邪神に関連する存在……なんだよな?」
「まだ距離があるし、遺跡周辺には魔力が存在していて感知しにくいんだけど……たぶん」
「わかった。リュハ、自分の身を守ることを優先してくれ」
ここでリュハを放置するのもまずい。だから一緒に――
「セレス……私は――」
「迷惑とか、そんなことを思っているわけじゃないからな」
俺の強い言葉にリュハは一度口をつぐみ……やがて、
「わかったよ……セレス、気をつけて」
「ああ」
返事の後、歩を進める。周囲を警戒しながらであるため歩みは遅くなるが……それでも徐々に遺跡へと近づいてくる。
やがて、俺にも気配を感じられるようになる……確かに女神の遺跡から発せられる魔力によって判別がつきにくい。けれどその中に異物が存在するのがわかる。
以前リュハと相対した時に感じた、邪神の気配。
「敵の強さまではわからないな……ともあれ、行くしかないな」
俺は声を発しながら突き進み……やがて遺跡の入口へ到達。
そこに一人の人物が立っていて――
「待っていたぞ」
声が……相手を見据えた瞬間、俺は言葉をうしなった。




