第四十三話 支配下
モルバーから見れば、その魔法はまさしく絶望以外の何者でもなかっただろう。
収束した魔法は彼を消滅させるのに十分過ぎるだけの威力が備わっている……それは彼自身も理解できたか、俺が魔法を解き放つ寸前に恐怖の色が瞳の中に宿った。
そして――俺は左手を突き出し、光を放つ。
直後、魔力を俺は絞った。モルバーに感じさせたその魔力量はあくまで威圧。俺が圧倒的な力を持っていることを深く認識させることで、心を折るための駄目押しだ。
「が――」
モルバーは俺の魔法をまともに受けた。消滅までは至らないので魔法が終わったら再生するだろうけど――
光が駆け抜ける。彼の体を貫通した魔法は奥の壁に直撃し轟音を発生させた。一時屋敷全体が鳴動し……やがて収まった時、魔法は途切れモルバーの姿も確認できた。
片膝をつき、声を発することなく佇む幻魔。俺を見据えるその様子は、恐怖に染まり次の攻撃が来ないか警戒している……が、魔力精査からすれば、もう逃げられるだけの余裕もなさそうか。
「終わりました」
そこでキャシーの声。振り返れば魔物を殲滅し終えた彼女とリュハの姿。疲労の色などもなく、二人は問題なく処理できたようだ。
ならば……俺はモルバーへと近づく。その体は既に再生を始めているが、その進みがずいぶんと遅い。
魔法を撃つ直前にモルバーは自分の体を魔力で包んでいた。防御を行った上、俺が多少ながら魔法の出力を緩めた結果、彼は生存した……こっちが加減したことをわかっているのかどうかはわからないが、顔色一つ変えない俺の態度を見て、まだまだ余裕はあると解釈していることだろう。
「さて……それじゃあ」
じっとモルバーを見据える。相手はこちらと目を合わせているが、最早死を待つだけの状態。
そこで俺は、言葉を紡ぐ。
「我が体の内に流れる幻魔の血により、命ず。我が軍門に降り、言葉に従え」
直後、一度モルバーの体がビクリと震えた……さて、どうなるか。
「……この力、もしやお前は――」
「血縁者だよ。幻魔の王の、な」
沈黙が生じた。俺の言葉の意味を考える幻魔。
「……なるほど、最終的にこうして従えることが目的だったか」
「もっとも、狡猾なあんたのことだ。単純に支配しただけでは逆らう方法とか見出しそうな気もしたから、こうやって力を見せた」
「屈服させようとしたか。なるほど、その策はひどく有効的だ」
笑い始めるモルバー。滅びという結末を迎えずに、安堵した様子だ。
「そうかそうか……いいだろう、ここまで徹底的にやられたのだ。従おうではないか」
「簡単に言うんだな」
「弱者は強者に従うものだ」
明瞭な回答。その価値観もどうかなと思ったが、俺は言及しなかった。
「まあいいさ……ともあれ、まずは俺達に危害を加えないこと。そして、今から質問をするがそれに全て答えること」
「いいだろう……というより、そういう命令なのだろう?」
「ああ」
「ならば従うしかないな」
……なんとなく、そのうちどうにかして裏切りそうな気配がする。いや、単なる印象なのかもしれないけど。
「そう疑うな。私とてヤツに忠誠を誓っているわけではない」
キッパリと告げるモルバー……ま、心を一度へし折ったのだ。次はないということは嫌というほど理解したはず。ひとまずこのくらいで留めておき、この町を離れる際に釘を刺しておけばいいだろう。
「なら、早速話し合いを――」
「まあ待て。まずはそちらの手配を解くのが先だ」
そういえば町で襲われたんだった。
「夜の間にその辺りのことは解決しておく。そちらは屋敷内で休んで明日話し合おう」
「……本当か?」
「そちらの命令で手出しはできないようになっている。疑う必要はないだろう?」
「……念のためもう一度命令しておくが、俺達に危害を加えないように……魔物などを介するようなこともナシだ」
「最初の指示でそうなっているさ……用心するのは当然だがな」
肩をすくめるモルバー。俺としてはどこまでも疑いは晴れなかったが……ま、とりあえずおとなしくなったのだ。これでよしとしよう。
モルバーはその後、俺達の手配を解くべく夜のうちから活動を始めた。戦いでかなり魔力は減ったみたいだが、傷が塞がったことでとりあえず動くことはできたようで仕事を淡々とこなしていた。
一方俺達は警戒しながら一夜を過ごした……といっても、もっぱら俺が魔法を使って警戒していただけだが。ひとまず何事もなく夜が明け、俺達はモルバーと客室で顔を突き合わせて話をすることになった。
「――まず確認だが」
最初に切り出したのは俺。
「イザルデとつながっている……ということで、いいんだな?」
「ああ、そう思って構わない。フェリアの動きに注意しろと指示を受け、警戒していた」
「イザルデとはどういう形で協力していたんだ?」
「言っておくが、私は今回の戦いにそれほど多くは関与していない。基本的には不戦協定を結び、互いに不干渉を貫いていた……が、時折協力してくれと請われ、仕事をした程度だ」
「その仕事は?」
「作成した魔物の融通だ。それほど多くはない」
あまり深くは関わってこなかった、ということか。
「ただ、もし共に戦えと言われたら喜んではせ参じるつもりではあった」
……こんな言動をするのだから、味方にして正解だったな。
「とはいえ、だ。私としてはイザルデの行動には疑問を抱く」
「どういうことだ?」
「数年前からイザルデは活動しているわけだが、その目的については私もわからん」
……例えば邪神の力を手にしたことで、幻魔全てを支配するとか、そういう感じなのではと思ったのだが、結局真意は不明。
この戦いは物語の枠外の出来事なので、俺にもわからないし……沈黙していると、モルバーはさらに続ける。
「ともあれ、私としては無用な混乱を避けたかったため、イザルデには従っていた。基本、ヤツは攻撃してこなければ向かってくるような存在ではないため、私は当たり障りのない付き合いをしていたといったところか」
「フェリアについては違うのか?」
「元々敵対関係にあったのだから当然……いや。それ以外にも理由があると言っていたな」
「フェリア側に原因があるのか?」
「詳しいことはわからないが、王がいた時の話かもしれん」
その辺り、フェリアに訊けばわかるだろうか? 俺は「そうか」と応じ、ひとまず胸の中にしまっておくことにした。
やがて話も終わり、俺は改めてモルバーに協力を依頼。見かけ上はイザルデに従っていることにして、秘密裏に俺達を支援、ということで話はまとまった。
「場合によっては私も戦場に出るのか?」
「その可能性もある」
「そうか……」
楽しげな口調。昨日あれだけやられても、闘争心は消えないか。
あるいは、イザルデと戦ってみるのも面白いと感じているのか……ま、いいか。
「それじゃあ俺達は目的も果たしたから戻ることにする」
「ああ、何かあったら連絡しよう」
――そうして、俺達はモルバーの屋敷を後にする。ひとまず作戦は成功。屋敷に戻ったら、速やかに次の作戦に入るとしよう。




