第四十二話 圧倒的な力
斬り結びながら感じたことは、目の前の幻魔はただ従えてもおそらく駄目だということ。
命令により俺達に危害を加えないようにはできるし、イザルデと手を組むことを辞めさせ、こちらの軍門に降るようなことだって可能だ。しかしそれだけではまずいのではないか。目の前にいるのは狡猾な幻魔。多少なりとも屈服させ、従順な態度を示すようなことがなければ、何かしでかしそうな雰囲気がある。
だから、俺がやることは……放った剣をモルバーは拳で受ける。先ほどのように金属音めいた音が響き、剣が止まる。
しかし今度は少し様子が違う。少しの間せめぎ合いをしていたが、わずかに刃が――入った。
「ほうっ!?」
まさか自分の腕が斬られるとは――そういう驚愕の声がモルバーからもたらされた。
同時に腕を引く。俺は追撃を仕掛け、さらなる斬撃をモルバーへ浴びせる。
それをまたも同じように腕で防ぐが……強化した斬撃に対し腕がどんどんと傷ついていく。ならばとモルバーは強化したようだが、それを上回り俺の剣は易々と斬っていく。
結果に対し、幻魔は徐々に表情を変えていく――苦戦している。そんな考えを読み取ることができた。
例えば戦いが本当に好きならば、逆境時逆に燃えるといった考えを抱いてもおかしくないが……彼の場合は戦いが好きというより、虐殺が好きなのかもしれない。つまり弱者を一方的になぶることを楽しみとしており、こんな状況は一向に望んでいない。
そういう考えの持ち主だとわかれば、心を砕くのもそう難しくはない――
「舐めるなよ、小僧」
怒気を発したモルバーはさらなる魔力で腕を覆い、反撃に転じる。よく見れば魔力が腕に巻き付き小手のような防具の役割を担い始めている。
あれを突破するのは至難の技……と普通なら思うところだが、あいにく俺は違った。
魔力を強化した相手に対し、俺はさらに踏み込む。モルバーはさらなる魔力を発し威圧するような態度を示したが、俺は無視した。
剣と、小手が巻き付いた腕とがぶつかり合う。やはり金属的な音が鳴り響き――俺の剣は魔力を平然と通過する。
「っ……!」
さすがにここに来てモルバーは異常事態だと認識したようだ。いくらやっても俺の攻撃を防げない。これはもしや俺の力が自分を上回っているからではないか。
「馬鹿な……!」
徐々に焦りの色が見え始める。余裕の態度から一変、一度心が揺らぐとその態度も大きく変わっていく。
これならずいぶんとやりやすい……そう思いながらも剣を叩き込む。まだこちらは全力というわけではない。だが油断しているといつ足下をすくわれるかわからない。
場合によっては神域魔法を使って……いや、まだだな。まだ出番ではない。
俺の剣が小手の魔力を貫通して腕をさらに傷つけていく。ここに至りモルバーも後退に転じた。そして視線は後方へ。キャシーやリュハの状況見て、彼女達を人質にして事態の打開を図る……などといった考えなのかもしれない。
けれどその二人は存分に襲い掛かってくる魔物を狩り続けている。キャシーの腕も相当なものだが、リュハのアシストも大きいみたいだ。ここに来てリュハもまた大きな戦力となっている……邪神が介在しなければ、彼女の実力も中々のものといったところ。
ならば俺は思う存分やれる――さらに魔力を高める。まだ上があるのかと、モルバーは表情を引きつらせた。
「く、そっ……!」
悪態をつき始めたモルバーは、両腕をクロスさせ俺の剣を受けた。片腕ではなく両腕を用いることで、防御能力が高くなるようだ。
しかし、それでも刃は腕に食い込む。気付けば彼の腕は鮮血に染まり、苦悶の表情さえ浮かんでいた。
ならば、どうするか――モルバーは一転して反撃に移った。このままではジリ貧。ならば短期決戦に持ち込んで……そういう考えだろう。
刹那、モルバーの体から大量の魔力が生じた。魔力精査で見ても、その量はかなりのものだと認識できる。戦いが始まった中で、最も濃度が高くなった。
つまり、彼にとって乾坤一擲――これを防げさえすれば、屈服へ大きく近づく。
俺は剣を構え直し迎え撃つ。モルバーが魔力を収束したのは右手。しかも収束の仕方は瞬間的な力を高めるようなやり方であり、一瞬だけ俺の剣を弾き飛ばし、その勢いで胸を貫く……そんな感じだった。
ならば――俺は剣を盾にして防御。それにモルバーの拳が直撃し、軋んだ音を上げた。
剣の強度が耐えられるか一瞬不安になったが、魔力を込めることで幻魔の攻撃にも耐える。今まで以上の激しい鍔迫り合い。戦いは大きな局面を迎えた。この一撃で、おそらく大勢が決まる。
俺の魔力と相手の魔力が、広間を一挙に満たす。背後にいたキャシー達がどういう感想を抱いたか……戦いが始まってから最大の激突。もしこれで俺が吹き飛ばされたりしたら、勝ち目が薄いと彼女だって思うことだろう。
けれど、そうはならなかった。徐々にモルバーの魔力がしぼみ始め、俺は一切変わらない態度を貫く。
これには相手も動揺を隠しきれなかった。どれだけ魔力を集めても通用しない俺に、モルバーの表情が変わっていく。
「なぜ、だ。お前は――」
俺は彼の拳を弾く。次いで放たれた剣戟を相手は防御もできずその身に受けた。
易々と体に刃が入り、左の肩口から斜めに走る。痛みにより苦い表情をするモルバーだったが、生じた傷口が一気に再生していく。
「これで終わりだと、思ったか……!」
虚勢のような声を発したモルバーはもう一度、魔力を集め始めた。だが先ほどの攻撃が一切通用しなかったためか、精神的にずいぶんと追い詰められ魔力収束がずいぶんと乱れている。これでは先ほどのようなパフォーマンスは出せないはず。
それこそ――命を賭した攻撃ならばまだ目はあったかもしれない。しかしモルバーにそこまでする勇気というか意志はないようだった。
直接的なやりとりで大きく心を折った。決めにかかろう。俺はそう判断し、モルバーへさらに踏み込む。
「ぬうっ……!」
声を発する彼に対し、俺は一片の容赦のない剣戟を見舞った。腕にまとう魔力がはがれ落ち、大きな隙を晒す。最早万事休すといった状況において、俺は次の手を打った。
それは――神域魔法の発動。
左手に多量の魔力を集めた途端、モルバーの顔が恐怖と驚愕に染まる。まだ上があった――その事実は幻魔の心をへし折るのに十分過ぎるものだったはずだ。
これまでか、という観念の表情を一時見せた。だが彼は抵抗するかのように魔力を体にまとわせる。
攻撃が失敗したら反撃が来るだろうか……いや、その余裕はおそらくないか。今の彼はただひたすらに生き延びたいだけ。魔力精査から感じられる気配を読み取り、俺はそう考えた。
それに対する答えは――容赦のない魔力収束。完全にオーバーキルの様相を呈する俺の魔法。そして畏怖を抱くモルバーの表情。
彼のそんな様子を見ながら俺は、魔法を発動させた。




