第四話 王の友
強くなるための第一歩は、俺の中に眠る魔力の識別だった。
セレスの体の中には三つの魔力が宿っている、人間の勇者、女神、そして幻魔だ。どう運用するかなどを含め、三つの魔力を区別したい。体の中では三つが混ざり合っている。まずはそれを区別し、自在に扱えるようにする。
なぜか――例えば邪神に女神の魔力しか通用しなかったら? 混ざり合っていたら邪神に通用しないかもしれない。あるいは密かに活動する際、目立たないようにするため人間の魔力だけでどうにかする必要が出るかもしれない。
やっておいて損はない技術なので、まずはそこから始めよう。幸い前世で内なる魔力を引き出す技術は叩き込まれた――というのもこれがないと魔力を持つ相手とは戦えない――ため、知識はある。
よって決意したその直後から俺は内なる魔力について検証を始める……といっても見た目は木陰にでも座って意識を体の内に向けるだけ。もし怪しまれたら家の中でやるしかないなと思いながら、探ってみる。
子供であるため魔力そのものはまだまだ小さい。しかし数日後、違いを理解することはできた。
結果、三つの魔力が俺に備わっているのは確定した。本当に俺の物語通りの世界なのかまだ断定できないが、俺の素性については小説そのものと言って大丈夫だろう。
魔力認識については、およそ十日ぐらい経過した後、判断がつくようになった。色で表現すれば、女神が白、幻魔が赤で、人間が青。あくまで個人的なイメージだけど、魔力を表に出す際、イメージはあった方がやりやすいので、色で判別をつけることにしよう。
仮に幻魔と人間の力を組み合わせたら青と赤だから紫とかになるんだろうか……まあ今は考えても仕方がないか。
そこからは各々の魔力を個別に引き出せるかを試行錯誤してみる。それぞれ俺の体の中で結びついていて結構難しいのだが、少量であれば個別に引き出せる。うん、これを応用してきちんと扱えるようにした方がよさそうだ。
魔力の扱いについてはひとまず問題はなさそう。なら次は……砂漠の遺跡へ向かえるだけの力を得ることか。
まず成長して魔獣などと戦えるようにならなければ話にならない。特に『神域魔法』を操るために訪れる必要がある遺跡周辺には、砂竜と呼ばれる魔獣がゴロゴロ潜んでいる。胴長で茶色い鱗を持ったそいつは、竜の名を冠するように硬くて力もあり、並の戦士では太刀打ちできない。
大きいものだと、町を一気にのみ込んでしまうほどの大きさ……そういえばロベルドにはそのサイズを持った砂竜を一撃で粉砕した、という設定を作ったが、それも生かされているんだろうか?
もし遺跡がなかったら……と疑問は湧いたが、今は考えても仕方がない。邪神が封印されていると想定し、その準備を進めよう。
頭の中で次々に算段を立てていく。前世で騎士訓練校の入学金を貯めるため必死になっていた時のことを思い出す。振り返れば、継続して物事をやり続ける力はあった。前世ではそれがまったく報われなかったけど……セレスになった今は違う。
その継続する力を利用し、できる限り早く強くなる――邪神の一派が動き出す前に。
そもそも邪神の力を遺跡内で封じ込めることができれば、邪神の一派は動かないのではないか……とも考えたが、どういう流れであれ小説と同じ展開となる可能性だってある。よって動き出す前提で考えた方がいい――最悪の状況を想定して。
動き出す時は、セレスが騎士訓練学校に入学して一年経過した時――十六歳。『神域魔法』を習得するために時間は欲しいから……十歳前後で遺跡へ行くのが理想だろうか。
十歳――そんな年齢で可能なのか。疑問はあったけれど、とにかくやれるだけやるしかない。
今は修行を開始してスムーズにいけるよう準備をすること……そう思いながら、魔力の検証を続けた。
魔力の引き出し方などについても、数日のうちにできた。そうした中で養母達は、俺がどういうことをやっているのかわからないまでも、必死に何かに取り組んでいることは理解できたのか、言及はなかった。この点については感謝する他ない。
また話などを聞き大陸の状況についても理解し始める。まず俺は四歳。そして大陸についてだが……現在大陸歴1055年。前世のケインが死亡した時点では1068年。つまり十三年前に戻っている。
俺の小説は前世の大陸歴と合わせていたから、その設定も反映されているらしい。前世のケインが死んだ時の年齢が十七歳だったので、年齢的に前世のケインと生まれた年度は同じということになる。
そういえばケインって人物はこの世界にも存在しているのだろうか……疑問はあるけど、率先して調べたくないような気もする。前世の自分と対面する……なんだか違和感があるし。
彼については、幸せに暮らしていることを祈ろう……そんなことを考えながらひたすら内に眠る魔力について調査する。
三つの魔力をどう扱うか……『神域魔法』を使用する場合は女神の力を活用するわけだが、人間と幻魔の力も使えないだろうか? 女神の力を所持するのは世界で俺一人だけ。よってこの力自体異質なものと扱われる可能性は高い。
目立てば厄介事に巻き込まれる可能性もある。よって人間と幻魔の力で『神域魔法』を扱うようにするのも一つの手か。
やはり三つを完全に区別し、引き出せるようにすべき……魔力の制御訓練を受けているとはいえ、我流でどこまでできるのか――
「セレス?」
ふいに声がした。はっとなり視線を転じると、こちらを見据えるロベルドの姿が。
「……何をしていた?」
質問されて、返答に窮した。魔力の制御訓練という回答は、四歳の俺からすると怪しまれるだろう。
ならば内なる魔力に興味を持ち、色々探っていた……こういう返答が適切だろうか?
「え、えっと」
しかしどう答えよう。悩んでいると、ロベルドは屈み込んで、
「……体の内側に眠る力に、何かしていたのか?」
質問に、俺は少し間を置いて……肯定するべきだと感じ、小さく頷いた。
「そうか……」
ロベルドは立ち上がる。
「その力、感じるようになるにはもっと成長してからだと思っていた……その力は魔力という。お前の体の中に眠る、大きな力だ……場合によっては、自分自身を傷つけることにもなりかねない」
そう告げたロベルドは、俺に背を向けた。
「いずれ、その力を扱える術を身につける必要があると思っていた……明日、私の家に来るといい。両親には話をしておく」
こっちはちょっと呆然となりながら、ロベルドが去って行くのを眺める……ただ状況は理解できた。
ロベルド自身、俺の中に眠る力を気にしていた。あるいは王であり親友であった幻魔の王から頼まれていたのかもしれない。この辺りは小説内で言及していなかったけれど……。
そしてこれは、ロベルドから教えを受けるということを意味する……つまり、本来十歳の時から始まる鍛錬を、四歳から始めることができるということだ。
無論、やるのはセレスの内に眠る魔力の制御からだろう。剣の修行などするのかどうかわからないが、俺が強く願えば実現するかもしれない。
「図らずとも、あの人の教えを受けることになったか……」
早いほうがいいと思っていたのは事実。目標の十歳までに遺跡へ、というのが達成できるかどうかは不明だが――
「ともあれ、明日から忙しくなるな」
俺は小さく息をつき、家に戻ろうと立ち上がった。