第三十八話 敵の強さ
翌日以降はそれぞれ活動に入る。俺はリュハと共にモルバーという幻魔の所へ行くための準備……といっても精々場所を確認する程度で、実質フェリアやロベルドが動き回っているところを見ているだけ。
現状、村の警備などは騎士が行っているようで特に問題はない様子。先の戦い以降襲撃もなく、屋敷の中で過ごす。
ちなみに無理矢理仲間に引き入れた幻魔二人は、
「ほら、お前達もキリキリ働け!」
フェリアに言われ、屋敷内で仕事をしていた。リイドは何故か事務仕事を手伝わされ、ブロンは屋敷内のエントランスで清掃活動をしていた。
特にブロンは体が大きいためどうするのかと思ったのだが……地下に鍛錬場があるらしく、そこで寝泊まりさせるらしい。
「あー、リイド。頑張ってくれ」
なんとなく冷やかしのつもりで声を掛けると、彼は大層面倒そうに、
「もし命令がなければ、とっくに屋敷全てを破壊しているところだ」
「まあまあ、こっちの軍門に降っていて良かったと思う時が来るからさ」
「それは、イザルデ様を倒すからか?」
純然たる問い掛け。俺はすぐさま頷いた。
「ああ、そうだ」
「……ロベルドを打ち破っただけの実力はある以上、自信はあるようだな。しかしお前では勝てないよ」
「それは俺の実力が足りないってことか?」
「全てだ。あらゆる全てにおいて、お前はイザルデ様の足下にも及ばない」
……忠誠を誓っていたからの主張ってわけではなさそう。彼の瞳には強い確信があった。
「それほどまでに強いと?」
「以前とは比べものにならないほど……近年力をつけた。それこそ、誰も追随できないほどに」
邪神の力を利用して、自分自身を強化したってところかな。
「ロベルドにどう勝ったのかは知らないが、それこそ全力で応じたのだろう? ヤツ相手に全力を出さなければならない状況では、イザルデ様にはどれだけあがいても勝てないさ」
……よほど、ってことだな。まあ俺自身すんなりいくとは思っていない。
イザルデという幻魔自体は小説の中には存在していなかったので、完全な手探りになるわけだが……決戦までにさらに強くなっておく必要がありそうだ。
邪神の力を所持しているので、神域魔法をさらに向上させておこう……そんな決意を抱いた時、ロベルドがやって来た。
「ああセレス。リイドに用か?」
「いや、準備も終わったから冷やかしに」
「そうか。リイド、追加の書類だ」
「まったく、この屋敷の者はこんな仕事もできないのか?」
ブツブツ言いながらも仕事を始める。なんだか板に付いた様子で、もしかするとイザルデの下でもこうした仕事をしていたのかもしれない。
俺は彼のいる部屋を離れ、ロベルドと共に廊下を歩く。ここで俺は質問した。
「リイドが言うには、俺は現時点でイザルデの足下にも及ばないと」
「あいつは信奉している部分もあるからな……鵜呑みにはしなくていい。だが、決して楽に勝てるような敵ではない」
「油断はさすがにしないよ。邪神の力を持っている以上は」
「そうだな……」
「イザルデという幻魔は、元々強かったの?」
問い掛けにロベルドは間を置いて、
「ああ、強かった」
「ロベルドさんは勝ったことがある?」
「勝負をしたことはなかった。だが共に戦う際、その実力を何度も目の当たりにした」
「ロベルドさんを上回るだけの、力と技量を?」
「より正確に言うならば、彼は戦士ではないため魔力と技術と言った方が正確だな」
「魔法使いってこと?」
「その表現も微妙に違うな……魔法使いと戦士の間、といったところか」
本来前衛の役目を持つ戦士と、後衛にいて仲間を援護する魔法使いとでは相性が悪いと考えてしまうが、
「魔法は通常、詠唱などの溜め行為が必要なのだが、あいつはそれを無視して行使することができる」
「剣に魔力を注ぐように、魔法を自在に扱えるってことか」
「そうだ。それが大した威力でないのならばセレスにとっても楽なのだが……本気を出せば私の『黒竜剣』と同等の魔法を行使できる。邪神の力を得た今なら、連発してもおかしくない」
なるほど、リイドが「お前では勝てない」と告げるのも合点がいく。
ただここで疑問が一つ。それだけの力を有しているのなら、イザルデ単独で一気に攻め立ててもおかしくないような――
「疑問はわかるぞ。イザルデの力で幻魔全てを蹂躙すればいい……そう考えているな?」
「うん」
「理由はいくつかあるのだが……簡単に言えばイザルデの能力はその強さと引き替えに限定的な面がある」
限定的?
「その強さは、魔力が多大な場所でこそ発揮される……イザルデの魔力は他の幻魔とそれほど変わりはない。人と比べれば多いが特別高いわけではないんだ。ただ彼は自分自身に魔法を自在に扱えるため独自に刻印を施し……その力で大気中に存在する魔力などを吸収し、威力を引き上げることができる」
「つまり、そういう場所を離れれば力は弱まると」
「だからこそ、イザルデは外に出てこないというわけだ。そして現在、外に出ても力を発揮できるよう準備を進めている」
「それが侵攻している理由?」
「そうだ。土地にイザルデの体に施されたような刻印をつける。それにより、その土地でも魔法を自在に操れるようになるわけだ」
……放置していればとんでもないことになりそうだな。ますます関与しなければならないと確信したんだけど、さらに疑問が一つ。
小説とは完全に枠が外れた戦いであるわけだけど……もし放置していたらどうなるんだろう? これほど大規模な侵攻を放置して、小説の物語が筋書き通りにいくのか?
「……ま、そこは考えても仕方がないか」
「セレス? どうした?」
呟きに反応するロベルド。俺は「なんでもない」と答え、改めて思考する。
俺は自分自身が書いた物語を否定するために活動している。物語が始まる前に全てを終わらせる……それを目的としている以上、根幹を成す設定以外の部分に考慮するのはあまり意味がない。だって全てを壊すために動いているわけだから。
とにかく、今はイザルデは倒すこと優先……ロベルドが言ったことが本当なら確かにしんどいだろう。ならばどうすればいいのか。
「ロベルドさんは、対抗策とか浮かんでいる?」
「一番最初に思いついたのは、刻印の効力を無効にする――といっても、イザルデ自身が体に刻みつけたものを消すのは無理だろう。だが大地に打ったものを打ち消すことができれば、支配領域を減らすことができるし、何よりイザルデとの決戦において勝利できる大きな要因となるはずだ」
「とはいえ、具体的にどうするかはまだわかっていないと」
「そうだ。検証はフェリアとも相談して行うが……魔法の専門家がいないからな。そういう意味でも卓越した魔法使いである魔女マシェルは引き入れなければならない」
「他の幻魔はいらない?」
「研究面で、という意味合いならば。幻魔は元々力があるため魔法についてもある程度学べば強力なものが使えてしまうからな……深く研究を重ねている者はそう多くない。マシェルについては少ない研究者の一人だ」
……人間の力を借りるという案も咄嗟に浮かんだけど、さすがに今回の戦いでは部外者なわけだし、難しいか。ロベルドも巻き込みたくないだろうし。
「わかったよ。ひとまずモルバーを従えるよう頑張る」
「頼むぞ」
ロベルドは俺の頭を撫でる。子供扱いのような気がして思わず苦笑いしたけど……感触は悪くなかった。




