第三十六話 圧倒的な力
真っ向からの力と力の勝負――それはある意味で、俺がロベルドとの戦いで求めていたものだったのかもしれない。ただこうして真正面から打ち合うことは、どちらかが死んでしまうことを意味する……そう思わざるを得ないほどの力の激突。
なおも魔力同士がせめぎ合い、白と黒どちらが勝つのかわからない状況――とはいえ、精査により俺は理解できていた。
先に魔力が尽きるのは、ロベルドだ。
だが、それでも……俺の白を叩きつぶそうと黒が勢いを増す――けれどこれは消えゆくロウソクが最後の一瞬だけ大きく燃え上がるようなもの。あと少しで途切れてしまう。
ロベルドの魔力量は確かに甚大だ。けれど俺が女神の力を活用していることに加え、その潜在魔力量……さらに一度目の衝突によるダメージ。その辺りが、現状の結果を招いているのは間違いない。
少しずつ……白が黒へ覆い被さっていく。ロベルドはおそらく焦っていることだろう。
目の前が真っ白に染まる中で、俺は魔力精査を利用しロベルドの気配を探る。魔力に揺らぎが出ていれば、感情を読めることだってある。
それにより、感じたのは――押され始めたことによる驚愕。黒の魔力が大きく揺らぎ、はっきりと動揺を示している。
だが、徐々に白が迫る様を見て――揺らぎがなくなった。何かを決意するような気配。それと同時にロベルドは、さらに出力を上げる。
それはきっと、操られ俺を倒そうという気概とは別の感情を宿していた。純粋に俺とのせめぎ合いを楽しみ、また勝ちたいという欲求。ここに至り……命のやりとりをしていながら、俺とロベルドは間違いなく楽しんでいた。
だがこの時間は長く続かない。俺の魔力がいよいよロベルドの力を抑え込み、決着がつく時が来た。
そのタイミングで俺は、容赦なくさらに魔力を注いだ。白がさらに黒を飲み込み――とうとう、黒そのものを消し飛ばす。
暴風のような風と、途轍もない魔力が吹きすさぶ中で、ロベルドの体は静かに白に飲み込まれた。それと同時、俺は魔力を引き絞る。
加減しているわけではなかった。このまま魔力を流し続ければ、再生能力を超えロベルドを滅することができる――だがそれは俺の望むところではない!
「このっ――!!」
自分で生み出した魔力を、無理矢理抑え込む――正直これは賭けだった。けれど、俺ならできるはず……!
少しして魔力が一気にしぼんでいく。黒が完全に消え、また白も収束していき……やがて周囲に平穏が訪れた。
俺やロベルドが立っていた場所は、無茶苦茶になっていたけれど……構わず歩き始める。ロベルドは膝を落とし、俯いている。
「……ロベルドさん」
告げながら近寄っていく。すると顔を上げ、俺と目を合わせた。
「いつか、私を超える日が来ると思っていた」
顔は、どこか満足そうだった。
「しかし、まさか……こんなに早くとは、予想していなかったな」
そして彼は、俺と目を合わせる。
「魔力は尽きた……やれ、セレス」
「ああ――我が体の内に流れる幻魔の血により、命ず。忠誠を近いし主君に反し、我に従え」
言葉と同時、ロベルドの体に入っていた力が、抜けた。
「……ようやく、解放されたか。もっとも、今日から私はお前のしもべだが」
「そんなつもりはないよ」
「そう言ってもらえると嬉しいが……さて」
ゆっくりと立ち上がる。あれだけの攻防をしたというのに、身のこなしは戦う前と同じだ。
「戦いは終わりだな……どうする?」
「ひとまずフェリアさんの所に戻るしかないな……リュハも心配しているだろうし」
「フロザの店からメモを受け取り、ここまで来たのだろう?」
確認の問い。俺はすぐさま頷いた。
「結果的に、ロベルドさんと戦うことになったけど」
「セレスが来てくれて助かったと言うべきか……タイミングが合わなければとんでもないことになっていただろう」
――小説でもロベルドと再会はしていたから、こんな所で死ぬわけはないのだが、当然そうなるとフェリア達は……いや、もう小説の流れとは違うところに来ているのだろうか?
疑問はあったが、ひとまず置いておき……ロベルドに指示を出す。
「とりあえず、戻ろう……でもその前に、魔法だけは使わないと」
邪神を打ち消す魔法――俺はそれを行使した後、ロベルドと共に歩き始めた。
屋敷へ戻り、ロベルドを引き連れた俺を見て、フェリアはなぜか頭を抱えた。
「どうしたんだ?」
「いや、ロベルドと真正面から戦い従えた存在がいることに対し、頭の処理が追いついていないだけだ」
「セレス、大丈夫?」
リュハが近づき問い掛けてくる。俺は「平気」と答え、
「フェリアさん、改めて話、いいかな?」
「ロベルドも立ち会って、か……だが一つ問題がある。これ以上来ないのか?」
「私についていた監視の目は、私自身が叩きつぶした」
そうロベルドは答える。
「魔力が感じられるものは全て壊していたからな」
「無茶苦茶だな……ふむ、となるとイザルデにロベルドのことは伝わっていないと解釈していいのか? ここが違うとかなり面倒なことになるぞ」
「そう捉えていいだろう。もっとも、配下の者達に監視の目をつけていれば話は別だが」
「少なくとも、私達にそんなものはついていない」
リイドが応じる。ブロンも呼応するように頷いた。
「ロベルド、貴様は私達の攻撃が止んだため、動き出したのだろう? 元々後詰めというより制圧した我々に引き継ぐ形でここに来たのではないか?」
「まあそうだな……さてセレス、私としては色々思うところはあるのだが……現時点でこの村を襲撃から救っただけで、戦争に荷担しているとは言いがたい」
ロベルドは語り、俺とリュハを一瞥。
「監視の目もなく、イザルデから追走されるようなことにもならないだろう……退くことはできるぞ」
「元々、深く詮索するつもりはなかった。精々襲い掛かってくる敵を倒して手助けして、色々と交渉しようか、程度に思っていた」
俺はフェリアに視線を送り、語る。
「けれど……どうやら、俺達は無関係じゃない」
「どういうことだ?」
聞き返す俺は、沈黙する。
リュハがロベルドの力を目の当たりにして反応した……邪神が関わっている。
邪神そのものではない。間違いなく邪神の眷属か、あるいは邪神が残した武具の類いか……ともかく、そうした力が関与している。
「リュハ」
名を告げると、彼女はコクリと頷いた。参戦する――それに同意した。
「俺やリュハには目的がある……けれど、この戦いはその目的の障害の一つでもあるみたいだ」
放置しておけば、ロベルドばかりでなく様々な幻魔を巻き込むだろう――倒すなら、早いほうがいい。
力が拡大し、リュハの中に存在する邪神が活性化しないとも限らない……だからこそ、戦う。
「だから俺も、戦うよ」
「すまないな、セレス」
「私としては心強いよ」
フェリアは呟き、俺達を屋敷へ行くよう手で促す。
「ぶっ壊されてしまったけど、ひとまず屋敷に入ろうか……積もる話もあるし、聞きたいこともあるだろうけど……まずは、腰を落ち着かせようじゃないか」
その言葉に俺は頷き、歩き出す。リュハやロベルド達もまた、屋敷へ。
――こうして戦いは終わった。けれどこれは始まりに過ぎない。大きな戦いが、確実に待ち構えていた。




