第三十五話 白と黒
俺がロベルドの『黒竜剣』に対し発動させるのは、相反する色を持つ『神域魔法』を用いた『白の世界』――リュハが名付けたその技法を、左手に収束させる。
「お前もまた、似通った戦術を体得したか」
ロベルドが言う。そこに驚きなどの感情はなく、ただ淡々とした態度があるばかり。
彼が技を使用するのに若干の時間を必要としているが――そこを狙うなどということもできない。魔力精査を行使した俺ならわかる。『黒竜剣』に伴い全身に結界とすら思えるほどの濃密な魔力が取り巻いていることに。ただでさえ剣を通すことが困難な相手に、最強技の魔力が伴っていたのでは、本来通る攻撃も十中八九通らない。
だが、この技の果てに明確な隙がある――左手に魔力を集めながら、右手の剣にも仕込みを行う。こちらが決着のための鍵であり、また絶対に成功させなければならない。
ロベルドの剣が、振り上げられる。数瞬後、叩きつけられ黒竜が……いや、間近ならば巨大な壁が津波のように押し寄せてくるように見えるはず。
それに俺は左腕を前へかざす。手の先に宿った力を、前へ――放出する。
同時に大剣が地面に叩きつけられ、黒い壁が――しかしそれを遮るかのように、白い光が真正面に繰り出された。
魔力同士が激突し、轟音を周囲にもたらす。世界が白く――いや時折黒がこちらへ来ようとする。だがそれを白が打ち消し、徐々に浸食していく。
――魔力精査で『黒竜剣』の力については理解できた。そこで気付いたのは、ロベルドが放ったこれは、おそらく全力ではないということ。
俺に対して加減をしているのか、それともこれで十分だと考えているのか――作戦は続行。こちらの『白の世界』が、黒を埋め尽くしていくのが魔力でわかる。
ロベルドは如何ほどに思っているのか……やがて白と黒が相殺されてしぼんでいく――これもまた計算の内だ。
魔力精査により魔力の揺らぎを見極め、剣を放つ――相殺するとはいえまだ乱気流のように渦巻いている白と黒の世界の中に突っ込むわけにはいかない。よって魔力で構築した刃をロベルドへ差し向ける。
そのタイミングを――今だ!
切っ先を地面に走らせ、すくい上げるような一撃を放つ。魔力の刃が乗った剣は俺の想像通りの軌跡を描き、剣から離れる。
ロベルドを打ち倒すには十分な威力……滅するわけにはいかないため、気絶しないギリギリの出力で崩せばいい。
正確に魔力の多寡を理解している俺ならできる。白と黒に飲み込まれて打ち消される魔力量も考慮に入れている。これなら――
刹那、俺の斬撃がロベルドに直撃した。衝撃波が拡散するくぐもった音が生じ、目論見が成功したことを確信する。
これで――白と黒が弱まるのを確かめ、走る。明らかにロベルドの魔力は弱まっている。もし再生しているというのなら、追撃を決めロベルドを使役。これで片が付くはずだ。
そう考え白と黒を抜けた――目の前に、大剣が迫る。
「っ!?」
反射で回避に成功。追撃の剣についても紙一重。視線を向けると、攻撃を食らい鎧が大きく砕けたロベルドの姿が。
ただその表情は極めて冷静であり、戦いを終わらせるべく大剣を振るう。白と黒が消え去る中で金属音がこだまし、やがて双方距離を置いた。
「今のが、策か?」
大剣を構えロベルドが問う。その間にも体の傷が再生していく。
明瞭なる失敗……もう一度『黒竜剣』を使う時が来るかどうか。ならば『神域魔法』の出力を最大限にし、仕留めるか? 再生能力を上回るだけの出力を継続して……逃げに徹されると少し厄介だが――
「お前には、策を練るだけの余裕があるようだな」
ロベルドが述べる。傷が塞がり、俺を真っ直ぐに見据える。
「どうやら、お前の強さは俺の想像以上らしい」
「ロベルドさん……」
「ならば、どうすればいいか? 答えはひどく明瞭だ」
その次の瞬間、大剣に黒が集まっていく。
「先にも言ったが、私には時間がない。単純な攻防ではお前もおそらくやられまい。なら選択肢は一つだ」
――先ほど以上の力を伴う『黒竜剣』。それがロベルドの選択だった。
ならばと、俺は左手に再度『白の世界』を集め、さらに右腕にも魔力を集める。
「なぜ、先ほどの魔法で私を仕留めなかった?」
ロベルドから問い掛けがもたらされる。
「私の『黒竜剣』を相殺した……おそらく魔力の多寡を正確に把握していたことだろう。ならばそれを上回るだけの力を出すことはできたはずだ」
俺は沈黙する……それで、ロベルドも意図を理解したらしい。
「滅するのではなく、戦闘不能にさせるつもりだったか」
「……甘いと、言われるかもしれないな」
「いや、お前には違う目論見がある。幻魔を使役する術だな? 俺はここに後詰めとして来た。それはイゾルデの配下による攻撃がなりを潜めたため……それにはセレス、お前の幻魔使役が関係している。この俺自身を使役できれば、またとない戦果だ」
ロベルドの剣に、魔力が注がれる。それは先ほど以上――
「つまり、俺が気絶しない程度の攻撃で決着をつける必要があった。加え俺の『黒竜剣』の弱点……それを正確に射抜くには、魔法ではなく別の攻撃手段を用いた」
「だが今度は違うと?」
「そうだ。セレス、お前にこの攻撃が――耐えられるか?」
大剣を振り下ろされる。魔力精査で流れもわかる。先ほどは巨大な壁が押し寄せるイメージだったが、今度は違う。
黒竜が、俺を滅するべく駆け抜けてくる――それはまさしく、俺だけを滅するべく差し向けられる剣戟。
左手をかざし『白の世界』を起動する。大剣が地面を打ち竜が俺へ迫る。それを、白い光が遮った。
途端、凄まじい衝撃が襲う、一時でも気を緩めれば間違いなく白を破り黒が俺の前身を包む――
ロベルドは全身全霊でこれを放っている。ならば、俺はそれに応えなければならない――!!
魔法の出力を上げ、竜とせめぎ合う。それはあたかも鍔迫り合いのようであり、力を一瞬でも緩めた瞬間、勝敗が決する。
本来、こうした力比べでロベルドに敵う者など幻魔でもそういないだろう――しかし、俺は、
白がさらに輝く。黒竜からすれば小さな光かもしれないそれは、平然とせめぎ合いに対抗し、押し留めている。
ロベルドは――黒竜へさらに魔力を注ぐ。こちらもそれに応じ魔力を加える。それはあたかも総力戦だった。どちらの魔力が先に尽きるのか。魔力がなくなった瞬間全てが終わる。このままどちらが力尽きても、魔力が弾け周囲に拡散し、周辺は荒野と化すだろう。
ならばどうすればいいか――答えは一つだった。
せめぎ合いがジリジリと続く。双方とも全力であるにも関わらず膠着した状態であり、徐々にロベルドの魔力に揺らぎが見え始める。
セレスは耐えきれるのか――魔力がそう語っているように思えた。そうした中で俺は現状を勘案し、次の戦術を決定する。
いや、それは戦術というより――どちらかというと、賭けに近かった。
「やれるかどうか……まあでも、他に方法はないか」
呟きながら、さらに魔力を注ぐ。黒竜は白の向こうで今も轟いている――さらに黒の魔力が高まる。それに対し、さらなる魔力で応じる。
勝敗が決するのは、そう長くはない。俺はその時が来るのを待つ――均衡が破られるのは、もうすぐだった。




