第三十四話 激突する剣
ロベルドの突撃は、瞬きをする程度の時間で俺へ肉薄した。
俺は身をひねり縦に薙がれた斬撃を避ける。大剣が地面に突き刺さった瞬間、地面が抉れ土砂が舞い上がる。
切り返しの剣戟。姿勢を低くして避けると、俺は右手に握る剣ではなく左手をかざした。
ロベルドの動きが一瞬だけ止まる――
「爆ぜろ」
一言。それと共に発動した『神域魔法』は、白いいくつもの光弾。同時に魔力精査を発揮し、ロベルドの魔力を捕捉する。
光弾がロベルドの体に突き刺さる――鎧は砕け光に包まれ、さらに彼を強制的に後退させる。
だが、それでも彼は動じない。鎧を砕いた俺に対し獣のような笑みを見せ、
「面白い」
理性を半ばなくした呟き。なおも押しの一辺倒であり、続けざまに横薙ぎが繰り出される。
それを俺は剣で受け、流す。懐へ潜り込み再び左手をかざし、魔法を――放つ。
光弾が再び直撃する。一瞬世界が白く染まり、ロベルドは再度後退を余儀なくされた。
それに対し相手は、一度立ち止まった。こちらに目を向け、様子を窺う様子。
――以前、手合わせをした時は余裕があまりなかった。けれど今は違う。今の俺は身体強化もあって、ロベルドに余裕を持って対応……速力という点においては、確実に彼を上回っている。
ただ現状、こちらも攻めあぐねる状況……なぜなら鎧は観察する間に再生し始めたからだ。
「俺を相手取るには、まだ力が足りなかったかもしれないぞ」
ロベルドが述べる。魔法の威力を目の当たりにして、感想か。
以前手合わせした時は鎧に傷すらつけられなかった。今は砕くことに成功したが、その鎧は瞬時に再生する。
この再生能力こそ、ロベルドの真骨頂。どれだけ攻撃しようとも即座に傷を癒やす力を持っている……体力も無尽蔵と言え、誇張ではなく万の兵に匹敵する強さだ。
無論、戦い方はある。例えば再生能力そのものを封じる手法。ただしこれを用いる場合は敵のことをしっかりと観察し、魔法を組み立て封じなければならない……時間が必要であり、ロベルドが待ってくれるとは思えない。
そもそも封じる手法は専門性を必要とするため、俺でも無理だ。よって別の手段を使う必要がある。
手は浮かんでいる……これは俺の前世の知識。ロベルドは基本隙がなく、魔力による結界も強固。しかしその魔力が弱まるタイミングがある。
それは……『黒竜剣』を使った直後。攻撃し終わった瞬間、わずかだが魔力に揺らぎが生じる。そこを狙い、魔法を撃ち込む。ゆらぎが発生したからといって再生能力そのものが消えるわけではないが、攻撃に魔力を集中させた結果であるため、どうしても体の方に隙ができる。
そして再生能力についても落ちる。巨大な竜を成すほどに力を入れる以上、ロベルドであってもさすがにすぐさま再生とはいかなくなる。
よって俺の戦略としては、『黒竜剣』を打ち破り、さらに魔法でロベルドに大きな傷を負わせる。再生能力が落ちているはずなので、再生が済む前に幻魔であるロベルドを支配する。これしかない。
ただしこの場合、まず『黒竜剣』を使わせなければ話にならず――
さらに魔法を撃ち込む。三度目の射撃だが、ロベルドは構わず踏み込んだ。威力のほどを理解し、その衝撃を受けきる。
振り下ろされる大剣。全て直情的な攻撃。狙いがあるのかそれとも――
三度放たれた剣戟を俺は剣でいなす。だが今回は終わりじゃなかった。続けて繰り出される剣。それを俺は剣を用い防ぎ続けるが……ロベルドの瞳から、何か狙いがあると直感的に理解する。
大剣に秘められた魔力に、少しばかり変化が生じる。刹那、俺は迫る大剣に対し――後方へ飛んだ。
一瞬の出来事。ロベルドが攻撃を中断することなくそのまま大剣は地面に突き刺さり――地面に衝撃波が走った。
それは大剣を中心に扇状に展開され、地面を介し上空へとのびる。黒い魔力が噴き上がり前方を染める光景は、畏怖を与えるのに十分すぎるものだった。
距離を置き、ロベルドを見据える。攻撃に失敗した相手は、そこで肩をすくめた。
「読んでいたのか?」
こちらは無言。どういった攻撃かを予測はできなかったが、それでも何かしてくるとは感じ、こうして回避した。
立ち上る魔力が消えると、割れた地面が見えた。注意しないと足を取られそうになるくらいのもの。
ロベルドが一歩近づく。烈気をみなぎらせ俺を食い殺そうとでも言うべき視線を送ってくる。
それに対し――左手をかざし魔法発動。光弾だけではなく、剣や槍のようなものもまとめて生み出す。
「その魔法は強力だが、そればかりではどうにもならんぞ?」
ロベルドは告げると走る。割れた地面などをモノともせず、猪突猛進を繰り返す。
他の幻魔ならば極めて単純な戦法と映るのだが、ロベルドが相手だと脅威としか感じられない。捨て身といっても過言ではないが、その防御力と再生能力を突破することが普通はできない。だからこそ彼は幻魔の王の側近として君臨していた。
魔法が撃ち出される。光弾、剣、槍が全て降り注ぎ、彼の鎧に直撃する。
白い光に包まれる彼だが、構わず突き進んでくるのは目に見えていた。俺は後方に下がりながら次の魔法を準備する。
そこへロベルドが肉薄する。一閃される剣――それには目に見えて魔力が集まり、俺を叩きつぶす気概を大いに含んでいる。
軌道は上段からの振り下ろし。仮に避けたとしても、おそらく黒い魔力が俺を取り巻くだろう。一見するとわからないが、彼が行使したのは広範囲攻撃。
それを一瞬で理解した俺は、足に力を入れる。回避行動――なのだが、ひたすら後方に退いても魔力が追っかけてくる気がする。だからこそ、前に足を出した。
ロベルドの目が好奇なものに変わる。砂漠の遺跡で剣を交わした時のように、斬撃を残しながら彼の背後に回る――そんな風に解釈しただろう。
俺の体は疾駆し、ロベルドの懐へ――次の瞬間には彼の背後に到達した。
無論斬撃は残した。おそらく鎧を傷つける程度だが、それでもほんのわずかに衝撃を与えた。
大剣が地面に触れる。刹那黒い魔力が彼を中心としてうごめき、円形に衝撃波が生じる。だがその一歩外……そこに俺は立っていた。
魔力精査により範囲攻撃についてはその効力がどこまでかを見極めることができるようになった……少なくともロベルドは俺に普通の攻撃が効かないことは認識したはず。
ならば、次の手は……漆黒が途切れロベルドが振り返る。
「強くなったな、セレス」
称賛の言葉……とはいえ今のロベルドから発せられた声色は、警戒を大いに含んだもの。
「だが、これでは勝負はつかない……いつかお前が俺の剣を食らうまで、終わりはない」
「逆に言えば、俺に負ける要素はあってもロベルドさんには負ける要素はないと言いたいわけか」
こちらの言及にロベルドは無言。
そういうことならじっくり攻め立てれば……はずだが、ロベルドの握る剣から発せられる魔力は、どんどんと高まっていく。
明らかにこれまでの技とは違う。
「……さすがにこちらも時間がないからな。終わらせよう」
フェリア達を消す目的がある以上、逃げられるのはまずい――今のロベルドならばもしフェリア単独で逃げれば十中八九村人などを襲い始める。それがわかっているからフェリアも避難を優先させている。
しかしそれが終われば――俺は時間稼ぎという役目を担っているというのがロベルドの認識か。ならば次は間違いなく、
「耐えられるか」
『黒竜剣』――それに対抗すべく、俺もまた魔力を収束させた。




