第三十三話 邂逅
新たな敵の出現――しかもそれはリイドやブロンと比べても強く、またこちらを身震いさせるほどの魔力……次元が違う実力者。
「……これほどの力を、接近されるまで気付かなかっただと?」
フェリアが警戒を込め呟く。ただ俺は少し違うと思った。
「いや、ブロンが始末し終えていたら、出てはこなかったはずだ……相手にとって切り札だったろうし」
「何?」
聞き返すフェリア。矢継ぎ早に質問しようとして……口が止まる。
「これは――」
「リイド達が失敗したので、粛正って感じなのかもしれないぞ」
「だろうな。というより、俺達が滅ぼされずに生き残っている時点で寝返ったと解釈し、始末するために仕込んでいたか」
「リイドは知らなかったのか?」
「聞いていない」
「情報が回っていないくらい最近なのか、それともあえて情報を伏せていたか」
「……悠長に語っている場合ではないぞ」
フェリアが言う。彼女もどうやら察したらしい。次なる相手が何者なのか。
「この魔力……ロベルドだぞ?」
「はい、そうみたいですね」
にべもなく頷く。リュハを見れば不安な面持ちの彼女がいた。
――おそらくブロンと同じように力を注がれ、操られているのだろう。相手がロベルド――こんな形の再会とは予想もできなかったけれど、そういう自体なら覚悟を決めるしかない。
「フェリアさん、俺がどうにかします」
その言葉で、彼女は目を見開いた。
「ロベルドを相手にすると!?」
「他に選択肢はないようですし」
「いくらなんでも無茶だ! あいつの強さはお前もよく理解しているはずだ!」
「しかしこのままでは村にも被害が出ます」
「……私が狙いなのだ。こうなってはさすがに私がどうにかする」
「いえ、フェリアさんは念のため村人の避難を」
「勝てるのか?」
リイドが訊いてくる。彼もまたロベルドの強さは知っているだろう。
「相手は、幻魔王の腹心中の腹心だ。我が元主イザルデを除けば、勝てる幻魔はいないぞ」
「でも、俺の目的からすれば……あの人を超えないと話にならないからな」
そう切り返した俺に、リイドは沈黙した。
「フェリアさん、このままだと村の中などが戦場になってしまいます。今からロベルドさんの所へ急行しますから、村人などの避難をお願いします」
「本当に戦う気か?」
「手はありますよ」
返答にフェリアはしばしこちらを見据えていたが……やがて、
「わかった……避難を済ませたら援護に行く。それまで時間を稼げ」
「わかりました。リュハ、屋敷に避難していてくれ」
「大丈夫……なの?」
「ああ」
歩み始める。フェリア達が騒ぐ中で、俺はひどく冷静な思考を伴いロベルドがいる場所へ進んでいく。
――幼い頃からの記憶が蘇る。ずっと彼の下で剣を振り続けた。俺がここまで強くなれたのは間違いなくロベルドのおかげだし、大恩がある。
だからこそ――止めなければならない。
ロベルドがいた場所は、村からやや離れた地点。少し先には畑が見え、彼は道の真ん中に立ち、俺のことを見据えていた。
その顔に感情はない……いや、こちらを見ているようで焦点が合っていないようにも思える。
操られているのか……疑問を抱きながら俺は、
「……久しぶり、ロベルドさん」
声に、彼の目が俺を正確に射抜いた。
「セレス……か?」
「うん」
「そうか。紹介状を頼りに来たんだな」
「そうだよ。まさかこうしてロベルドさんに会えるとは思わなかった」
彼はほんのわずかに笑みを見せる。だがすぐさま表情を引き締め、
「セレス、頼みがある」
「フェリアさんに逃げるよう伝えろってこと?」
「そうだ……今は意識がある。だが時折、我を失い記憶が飛ぶ……その感覚が、短くなっている」
大剣を握り締める彼の右腕に力が入る。
「この力に汚染されると、本来はすぐに意識がなくなるらしいが、俺の場合は多少なりとも抵抗できているようだ」
「意識が飛んだ瞬間、無差別に襲い掛かると?」
「そういうことだ」
「先ほど威嚇したのは、こちらに知らせるため?」
問い掛けに、ロベルドは微笑を浮かべた。
「察しが早くて助かる……その通りだ。セレス、まだ間に合う。俺から離れ、しばらくやり過ごせ」
「ロベルドさんはどうする気なんだ?」
「この状況では、いつ何時暴走するかわからん。味方を犠牲にしないためには、俺自身が力を封じるしかあるまい」
力の封印、か。敵としては操ってフェリアを倒せばそれでよし。仮にそれが失敗してもロベルドなら自身の力を封じるといった手段で自分自身の暴走を食い止めようとする……どういう形であれ、敵としては利する結果となる。
「……俺が、ロベルドさんを救うよ」
こちらの言葉に、当のロベルドの目が見開く。
「ロベルドさんが囚われている力……それを俺が打ち消す」
「その口ぶりだと、俺に植え付けられた力がどんなものなのか、わかっているようだな」
ロベルドはそう告げると、俺と目を合わせた。
「……セレスには言っていなかったことがある。リュハがいたあの遺跡……俺は何も語らなかったが、おぼろげながらどういう場所なのか、推察できていた」
「ロベルドさんは多少なりとも俺が読んでいた本に目を通していた……あれが神の魔法についてのことだとわかったのなら、予想してもおかしくないよ」
「……俺は今、謀略により何かしら力を植え付けられ、今フェリアを滅すべくここまで来た。この力……俺はリュハにも同じようなものを感じていた」
「リュハもまた気付いているよ」
「そうか――これが、邪神の力なのか」
力なく笑う。それに対し、俺は告げた。
「俺は、邪神を滅するために力を手に入れた」
「セレス、何故だ? それもまた夢で見たから、か?」
「色々と理由はある……そもそもあの遺跡に行こうと思ったのも、第一に強くなりたいと願う部分が強かった」
俺の言葉にロベルドは沈黙する。そして、
「でも、今は少し違う。強くなりたいという意志は変わっていない。けれどもう一つ……邪神を滅し、リュハを救うという明確な目標がある」
「リュハを、か」
優しい笑み――そして彼が大剣を強く握り締める。
「時間のようだ……セレス」
「うん」
「頼む――俺を、止めてくれ」
言葉の直後、ロベルドの大剣が薙ぎ払われる。俺は間合い外へ素早く脱し避けると、彼を凝視する。
顔からは感情が消え失せていた。そして彼の瞳――右目が黒から真紅へと変じている。
続けざまに俺へ大剣を振り下ろす。こちらはそれを真正面から受ける。
刹那、双方の剣戟が激突し、鈍い金属音と共に衝撃波が拡散する。それは地面に着弾すると土をわずかに抉り、威力がどれほどのものなのか如実に物語る。
ロベルドは即座に大剣を引き戻し俺に斬撃を加える。そこでこちらは魔力精査を開始――次の瞬間、ロベルドの体の中にマグマのように煮えたぎるどす黒い魔力を捕捉する。
邪神の力の影響で、ロベルド自身魔力が活性化している……そう理解した俺は、次に来た剣戟に対し魔力を練り上げ対抗する。剣同士が激突し、今度は――相殺した。
「通用しないか」
ロベルドが呟く。それもまた感情のない声音。
一歩後退したロベルドは剣を構え直しながら、静かに魔力を高める。体の内では噴火準備を始めるように静かに、魔力が表層へ近づいていく。
こちらは呼吸を整える。前哨戦は終わり。次から、猛攻が始まる――
「セレス」
そしてロベルドは俺の名を呼ぶ――相変わらず感情のない声で。
「ここまでだ――消えてもらうぞ」
完全に乗っ取られた彼はそう明言し、突撃を開始した。




