第二十九話 襲撃者
館の主である女性は敵の大将と対峙。一方男女の騎士達は彼女へ屋敷へ近づき、敵の背後をとる形となる。
当の女主は……騎士二人とさらに俺のことを一瞥したが、大した反応は見せない。俺のような手合いは慣れているのかもしれない。あるいは騎士二人が追い返していないことから問題ないと判断したか。
敵の方は挟まれる状況だからか、威勢にも関わらず立ったまま動かない。このまま任せていいだろうかと思いながら見守っていると――女主が動く。
所作は一瞬。瞬きをする程度の時間で豪快な横薙ぎが繰り出される。当たれば吹き飛ぶに違いない剛の剣を、敵は――真正面から受けた。
ガギッ――金属同士が噛み合う音。見れば女性の剣を敵は右腕で平然と受けている。
「あなたの武勇はつとに聞いているよ、フェリア様」
相手の皮肉を込めて発した言葉に女主――フェリアは挑発的に笑みを浮かべる。
「お前がどう思っているかは知らないが、今私はずいぶんとイラついている」
その見た目にそぐわぬような、ずいぶんと男勝りな声音だった。
「お前も死に方は選びたいだろう? 今ならそれを聞くくらいはしてやるぞ」
「生憎と、こっちも死ぬつもりはない――」
返答の間に背後から男性騎士が迫る。大剣を掲げ上段からの振り下ろし。フェリアが食い止めている以上、どう考えても避けられるような状況ではない。
「――舐められたものだ」
反撃。おもむろに左腕でフェリアの長剣をつかんだ。
次いで手の先から閃光。それが爆発でもするかのように刀身を一挙に包み、反動があったかフェリアは後退を余儀なくされる。
だが男性騎士の剣戟が早い――と思った矢先、相手は騎士へ向き直る。流れるような動きかつ、次に放たれた攻撃もまた手先からの光。だが今度は両手。
大剣と光がぶつかる。バウッ、とこもるような爆発音が響いたかと思うと、騎士へ敵が真っ直ぐ詰め寄る。
そして相手は両手で騎士に触れ――烈火の如く拳を叩きつける!
「がっ――!?」
触れれば触れただけ男性騎士の体に小爆発が生じる。衝撃は思ったほど強くないのか騎士は吹っ飛ぶようなこともできず、残酷なほど拳撃を味わい続ける。
「ラノン!」
女性騎士は叫び、横手に回る。途端、敵は攻撃を中断し矛先を女性へ向けた。
だが彼女は構わず一閃。だがそれを腕で平然と弾くと、その胸元に拳を突き込む。
「っ――!!」
短く呻きその体が吹き飛ぶ。男性とは異なる対応だがこれはフェリアが接近していたためだ。
瞳には明らかな怒り。それと共に振り下ろされた刃には、総毛立つほどの魔力が集中していた。
だが相手は構わず剣を右手で受ける――ガゴッ、と敵が踏みしめていた地面がへこむ。それほどの衝撃が剣に乗っているのに、相手は平然としている。
「ずいぶんと感情的だ。駒などに愛着を持つとはな」
冷静に言葉を紡いだ敵は間合いを詰めフェリアの体にそっと触れた。刹那、爆発が彼女の体を襲う。とはいえのけぞることも驚くこともしない。ただそれを受けながら、さらに反撃に転じようとする。
それは相手も同様。さらに肉薄した敵はフェリアの間合いを潰しながら拳を平然と叩き込む。その動き方は完全に防御を無視するような形であり、特攻であるからこその優勢のようにも見受けられる。
そうした中で俺は、フェリアの戦いを注視する……ただ突っ立っているわけではない。敵は間違いなく上位の幻魔。俺にとって初めてであり、できる限り情報を収集したい。
フェリアが大きく後退する。剣を構え油断なく相手を見据えていると、
「やれやれ、これでは埒が明かないな」
肩をすくめる敵。そしておもむろにフェリアに対し背を向けた。
そこへ刃が来てもおかしくない――が、彼女は敵が背中にも目があると感じたのかもしれない。動かず静観の構え。
当の敵は、俺や倒れる女性騎士を一瞥。こちらに来れば反撃しようかと思ったが、彼はすぐに興味を無くしたか別方向に目をやった。
その先には騎士――女性にラノンと呼ばれていた彼へ。
「少し首肯を変えようか」
右手を振る――瞬間、ラノンが突如絶叫した。
「何をした!?」
「ちょっとした余興だよ。このままでは時間が掛かりそうだからね」
ラノンが立ち上がる。大剣を携え痛みを忘れたかのように姿勢を正す。
「村人を襲え」
敵の指示。それにより体を俺達へ向ける。
まず捉えたのは赤く染まった瞳。操られている――
「リュハ、下がってくれ」
俺は剣を握り締め歩き出したラノンの前に立つ。
「お前は客人だろう? どういう理由でここに来たのかは知らんが、怪我をせぬうちに逃げる方が利口だぞ」
敵が告げる。俺はそれを無視しながらラノンを見据えた。
視線が重なる。その瞬間どうやら俺をターゲットに選んだらしい――駆ける。大剣を携え猛然と迫ってくる。
明らかな殺意。そして振りかぶられる大剣。だが俺は軌道を正確に見極め、最小限の動きで――それこそ、ロベルドと幾度となく繰り返してきた剣術に基づき、動く。
間合いを見極め、まずは紙一重で避ける。次いで振り抜かれようとしたところを見計らい、一歩で迫る。
放った剣の狙いは首。といっても両断するわけではない。魔力で刀身の切れ味を潰しながら、相手へ魔力を送り気絶させる、そういう算段。
目論見は――刃が入る。ラノンは反撃しようとしたみたいだが、俺は平然と剣を振り、首元に衝撃波が発生した。
「ぐ――」
呻き声。両腕が力をなくし大剣を取り落とす。
そして倒れ伏す。呼吸はしているのできちんと無事。敵を見ると、少々興味深そうな視線を送ってきた。
「少しはできる手合いか」
「まあね。今度の相手はあんたか?」
「やめときな」
フェリアが告げる。俺を見てどこか安堵した様子なのは、犠牲者が出なくてよかったという心情の表れか。
「さっさと逃げな。こいつは私が相手をする。用件は後でじっくりと――」
敵が走る。狙いは俺。矛先を変えたか――!
これにはフェリアも瞠目し、前に出ようとする。だがそれよりも圧倒的に早く、敵は俺の下へ到達しようとする。
一見すると絶体絶命だが……魔力精査なしでも先ほどの攻防で能力はきちんと見極めた。相当強いのは間違いない。だが、邪神を相手にした俺からすれば、脅威ではない。
もっとも女神の力は使わない方がいい――女神も邪神も表面上消え失せたこの世界では、女神の力は異質なもの。フェリアだってどう対応するかわからない。
ならばここで使うべきなのは――両腕に力を入れる。それを相手はどう認識したか。
俺の剣と相手の拳が放たれたのはまったくの同時。双方の中間地点で激突したかと思うと、フェリアと打ち合った時のように金属音がこだまする。
「終わりだ」
敵からの宣告。相手は既に両手に魔力を集めている。ラノンへしてみせたようにラッシュを決め、俺を潰す――いや、実際は俺を狙うことによって動き出したフェリアに応じるつもりなのかもしれない。俺を一撃で吹き飛ばし、本命の彼女を打ち砕く。
だがそれより先に俺が動いた。剣を握らない左手をかざす。当然相手は魔法か何かだと理解したことだろう。とはいえ接近して明確にわかるのは強固な結界を体の周囲に構築していること。まともにやってもダメージはないだろうし、だからこそフェリアの斬撃を正面から受けられたに違いない。
けれど――俺は一片の容赦もなく、魔法を発動させた。




