第二十八話 屋敷の主
村に到着した段階で、状況は一目瞭然だった。俺とリュハはまず物陰から戦況を窺うことにする。
先ほど遭遇した騎士と、別の騎士――こちらは白銀の鎧を着た男性騎士が交戦している。灰色の騎士は全部で五人。それに対し白銀の騎士にはサポート役なのかもう一人、女性騎士がいた。
装備はやや軽装ながら、男女共に大剣を握り締める。男性は仏頂面で印象はよくないが、敵を前にして野性的な瞳を宿す。身長はこの場にいる誰よりも高く、黒髪は逆立つほどで烈気をみなぎらせている。
一方女性は男性と比べ身長はかなり低く、大剣が不釣り合いなほど。童顔で見た目はリュハよりも下に見えるが、短い茶髪をたなびかせ敵を見据えるその姿はまごうことなき騎士。
その二人が、村人を背にして戦っている。さらに村人達も二人のことを見守っている様子から、灰色の騎士が敵なのだと一発でわかった。
灰色の騎士は全員が剣を抜き放ち二人の騎士と対峙する。双方出方を窺っているのか沈黙しているが、いつ何時戦闘が始まってもおかしくない。
さて、できれば介入して二人の騎士から情報を得たいのだが……問題はまだ距離があること。身体強化で疾駆してもおそらく敵には気付かれる。かく乱目的で魔法でも放ち、相手を狼狽えさせその間に二人の騎士が仕掛け倒すというのが手としてはよさそうだけど、そう上手くいくだろうか?
むしろこっちが飛び出せば村人を守る騎士は俺を敵だと思うだろう。結果硬直し、その隙に敵が襲い掛かるとか……気にしすぎか?
よくよく考えると俺って今までずっと一人で戦ってきたからな。どうやって応じるか迷うぞ。この距離だと味方の騎士二人の実力も判然としないし、どう対応するのが適切なのか?
「セレス、どうするの?」
隣にいるリュハが問い掛けてくる。俺は返答しようとして――敵が動き出した。
まずは三人が一斉に突撃を開始する。剣は威嚇のためか男女の騎士へ向けられ、間合いに到達した瞬間疾風の如く切り払われるはずだ。
対する男女は動かない……いや、一歩男性が前に出た。反応としてはそれだけで、あとは敵側の残る二人の騎士の片方が魔法を行使するのか右手を空へ掲げた。
なら、俺は……体の奥底から魔力を引き出す。神域魔法ではなく、普通の魔法――厳密に言えば人間が扱うもの。
神域魔法は女神の力を用いずとも使えるけれど、魔法の構造自体一般的な魔法と異なるため、場合によっては怪しまれる……できることなら注意を向けられないようにした方がいいだろうし、今回はこの選択でいいはずだ。
交戦が始まる。三人が一斉に男性騎士へ仕掛ける。彼は――それに応じるように大剣を薙ぎ払った。
相手の騎士達は構わず突き進む――というより、三人で剣戟を抑え込むつもりだったのだと予想できた。
だが結果は一人目が剣を受けた瞬間、その体が浮いた。そして一気に剣が振り抜かれ、三人まとめて吹っ飛ばす!
「へえ……」
感嘆の声を俺は発した。敵三人はあっけなく吹き飛ばされ、体勢を大いに崩す。即座に騎士の一人が立て直し迫ろうとしたが、
「ふんっ!」
気合いの声と共に振り下ろされた刃。それをまともに受け騎士は容易く倒れ伏す。
どうなるのか……幻魔は突如ザアアアと粒子へと変化する――幻魔は魔力の塊であり、内に抱える魔力量によってその結末も変化する。人間のように死体が残ることもあれば、今回のように塵となる場合も。この場合人間よりも魔物などに形質が近い。
というより、もしかすると魔物が魔力を受けて人間のように変じたのか……推測をしている間にさらに戦いは続く。といっても、基本勝負は一方的だった。
二人目に狙いを定めた男性騎士は一閃。受ける相手であったがたった一撃で剣が弾き飛ばされた。そして大剣を握っているとは思えない俊敏さで追撃し、見事討ち果たす。
三人目。さすがに敵も単独ではまずいと悟ったか、後退を選択。すると後衛にいた騎士の片方がとうとう魔法を起動させる――頭上に巨大な火球。
即座に男性騎士は剣を構える。対抗するつもりらしいが――ここで顔を出すか。
俺はすかさず物陰から出た。途端、俺の出現に男女の騎士は一瞬注目し、
その間に右手をかざす。淡い青色の光球が真っ直ぐ放たれ敵の火球に直撃。刹那、ゴアッ――と、爆風が生じる音が響き、火球はあっさりと相殺した。
「な――」
これには敵も瞠目。そこを男性騎士が見逃すはずもなく、一瞬で間合いを詰めたかと思うと、豪快な横薙ぎを見舞う。
それは綺麗に一直線、残る敵の胸部に入る。そしてまったく同じタイミングで倒れる敵。やがて塵と化し……短い戦闘が終わった。
さて――俺は男女に近づく。
「すみません、援護の必要はなかったかもしれませんけど」
「……俺が受けていたら周囲に被害が出ていたかもしれん。感謝する」
端的かつ勇ましい声。俺は「どうも」とだけ答え、
「村の奥にある屋敷の騎士、ですよね?」
「そうだが、あんたは?」
「セレス=ファルジアと申します。屋敷の主に用があり、ここへ。紹介状もあります。ですがどうやら騒動みたいですね」
「これ以上首を突っ込まん方が身のためだぞ。騒動はこっちが終わらせる」
身を翻す騎士。一方女性は小さく頭を下げた。
ふむ、どうするか……このまま彼の言葉に従うのも手だが。
「セレス」
後方からリュハの声。振り向くとこちらを窺う表情。
彼女については俺の判断を待っているな……事情を訊いたとしても騎士達は答えてくれなさそう。やや早足で去って行く彼らの後ろ姿を見ながら、どう立ち回るか思案し、
「……ま、ひとまずついていくか。リュハ、行くよ」
「うん」
彼女を伴って進む。男女はどうやらそれに気付いたようだが、警告は発さなかった。
村人に感謝の言葉をもらいながら俺達は男女に追随。その時、屋敷のある方角から金属音が聞こえてきた。交戦している様子。先ほどの騎士がさらにいるのは間違いない。
男女の騎士はそれを聞き速度を上げる。俺はリュハと合わせながらどこまでもついていき……屋敷に到着した。
そこは、豪邸というより庭園のある質素な佇まいの屋敷だった。二階建てであることは農村のここでは特徴的だが、建物自体はそれほど大きくはなく、こじんまりとした印象を与えてくる。
そして庭園の中央付近に、女性がいた。腰まで届く赤色の髪。手には長剣。見た目の年齢は二十代前半くらいだろうか? ただ女性騎士に近しい身長で、果たして剣が振れるのかとさえ思えてしまう。
彼女の周囲には、先ほど戦った騎士達が円形に囲んでいた。数は十を間違いなく超える。さらに庭園の横の方に紳士服のようなものを身にまとった黒髪の男性が立っていた。彼は周囲に敵の騎士を配置しているため、敵側だと容易に想像できる。
「セレス、あの女の人が――」
「屋敷の主人だろうな」
リュハへ返答した直後、騎士達が一斉に襲い掛かる。剣を掲げ突き進むその様は、中央の女性からしてみれば恐怖を覚えても仕方がない。
この人数を相手に――次の瞬間、彼女が剣を強く握り、。手近にいた魔物を吹き飛ばした。
――その瞬間、敵の体が浮いた。もっともこれだけなら男性騎士だってできていた。だが女性が発したのはこれより上――次に見えたのは、天高く吹っ飛ばされる騎士の姿だった。
続けざまに二振り、三振り、突撃していた騎士が刃に当たるごとに空へと吹き飛んでいく。
しまいには俺達がいる場所まで騎士が飛んでくる――唖然となるような光景であったが、敵の大将はどうやら違ったようで、
「さすがだな……さて、交渉は決裂となった。裁きの時間といこうじゃないか」
敵の大将が動く――戦いは大きな局面を迎えようとしていた。




