第二十七話 置き土産
多少時間が経過した後、着替えたリュハと笑顔で剣を携えたフロザが戻ってきた。
リュハの格好は、一般的な旅装といった感じだが少しばかり女の子を意識し、あちこちに綺麗な刺繍が入っていたりする。
「そら、ご指定の剣だ」
そう言ってフロザは俺へ剣を渡す。鞘はそれなりに装飾が施され、抜いてみると刀身もかなり綺麗。なおかつ腹の部分に紋様が刻まれ、明らかに普通の剣ではない。
「あの、これ……」
「今まで素材を提供してくれた礼だよ」
そうフロザは述べた。
「結構稼がせてもらったからな。それとロベルドに頼まれたこともある」
「そう、ですか。ちなみにこの剣は――」
「私が使っていた剣を、新たに鍛え直した物だ」
……ロベルドの友人だと言っていた以上、彼女もまた実力を持つ幻魔のはず。そうした人物が使っていた剣を鍛え直した物……強そうだな。
「私にはもう必要ないから使ってくれ」
「……ありがとうございます」
「礼には及ばない――と、そうだ。思い出した」
手をポンと叩いたフロザは、またも店の奥に引っ込む。
少しして姿を現した時、メモと書状を手にしていた。
「ほら、これ」
「これは……?」
「ロベルドが最後に来訪した際、もしセレスが店を来訪しないと挨拶に来たのならこれを渡してくれって言われていたんだよ」
ロベルドが……? 受け取りメモを確認すると、それはどこかの住所のようだった。
「ロベルドに許可を貰ってメモについては確認したが、そこは彼と縁のある幻魔の屋敷がある土地だ」
「幻魔が?」
「人と共存する、私と同じような幻魔だな。地方領主に重宝されて、屋敷暮らしとのことだ。他に何も言わなかったが、旅を始めたらここを頼れってことじゃないか?」
置き土産ってことか……ふむ、ロベルドの知り合いか。小説ではさすがにそこを事細かく設定したわけではなかったが、屋敷暮らしとかの情報からすると、結構な力を持っている幻魔……もしかすると幻魔王の配下?
「書状については、たぶんそこを訪れるための紹介状だろ」
なるほど。最後まで世話を焼いてくれた……が、ここに立ち寄るべきか。さっさと山脈へ行くのも一つだが。
「ちなみにだがセレス君、これからどこへ行こうとしている?」
――目的地を言っても、特に問題はないか。
「バルフェーゼ山脈へ」
「大陸中西部か。何用で?」
「少々ありまして」
俺の言葉に目を細めるフロザ。なんとなく聞きたそうな雰囲気だけど、さすがにこっちは語れない。
「ふうん、そうか……理由を詮索するつもりはないが、山脈へ入るってことか?」
「はい」
「なら近しい町に辿り着いた時点で準備もいるだろう。先立つものだって必要なはず。砂竜の革なんかを売り払った金でしのぐ気なのかもしれないが、どこか困った場合に赴ける場所ってのは、確保しといてもいいんじゃないか?」
――確かに、俺達は根無し草。しかも邪神を封印しようなんて無茶をやろうとしている。ロベルドの紹介状なら、少しばかりお世話になることだってできるかもしれない。
リュハのことを勘案すると素直に行っていいものか迷うけど……いや、邪神は現在彼女の体の奥底に封じているし、こちらから事情を話さなければ大丈夫か。もし騒動があったら、最悪神域魔法を使って対処すればいい。
「わかりました。ありがとうございます」
「おう、またな」
手を振りながら店を出る。というわけで、
「リュハ、まずはメモが記された場所へ向かおう」
「わかった……幻魔なんだよね?」
「たぶんな。でもまあロベルドさんの紹介だし、悪い人じゃないと思うよ」
少なくとも屋敷を構えるってことは、人間社会でそれなりの地位についていることを意味する。頼れるかどうかはともかくとして、結構な身分の人を紹介してくれるわけだ。会ってみていい。
「そういうわけで、早速出発だな。あ、ここからは徒歩だけど……」
「わかってるよ」
服装も変えているし目立つこともないだろう……リュハの存在がどういう風に世界へ影響を与えるのか。その辺りも旅の中で見極めないといけないな。
「早速旅を始めよう。いいな?」
「うん」
そうして、俺達は町を離れる――非常にお世話になった場所だ。俺は町の外に出ると一度を振り返り、心の中で礼を述べてから歩き出した。
旅そのものについては大きなトラブルもなく、順調だった。ただその最中に一つ懸念が……それはリュハについて。
異国的な顔つきの彼女はどれだけ目立たないようにしても人の目を引いてしまう。実際二人して食事をしているだけでも色んな人から注目を浴びていた……店の隅っこで食べていたはずなのに。
「セレス、どうしたの?」
道中、そうしたことで悩んでいると彼女が問い掛けてきた。ちなみに視線についてはあまり気にしないらしく、彼女が目立っているという事実に気付いている様子はない。小首を傾げる様は愛嬌があるし、人目を引くのも頷ける。
「いや、何でもないよ」
彼女の頭の上には疑問符が浮かんでいたが、俺はそれを無視して歩を進めることにする。
もし単独で目的の遺跡まで行くにしても、彼女をどうするかはかなり問題になりそうだ。遺跡の位置からしてどのくらいかかるかわからない。その中で彼女を宿に一人置いておいた場合……どうなってしまうのか。
今回ロベルドの紹介で幻魔の会うのは正解なのかもしれない――そんな風に結論づけている間に俺達は目的地へ到着する。
周囲はひたすら田園風景。セレスの故郷のような情景が広がり、リュハはその景観に「おおー」と感嘆の声を上げた。
「綺麗な場所だね」
「そうだな。さて、目的の屋敷は……」
少し見回せば遠方に発見した。道なりに進めばどうやらそれらしい建物に到着できる。
俺達はゆっくりとした歩調でそちらへ歩んでいく。と、その時だった。
「……ん?」
「セレス?」
思わず立ち止まった俺にリュハは訝しげな視線を投げかける。
俺はそれに応えず、辺りを観察。穏やかな田園風景……なのだが、そこへ近づいてくる騎士のような出で立ちの人物。それも複数人が前後左右から一人ずつ。
最初衛兵か何かかと思ったが、わざわざ包囲するように近寄ってきたりはしないだろう。さらに言えば俺達へ向ける視線がずいぶんと硬質だった。まるでこちらを警戒しているような――
「どちら様でしょうか?」
ある程度近づいてきた段階で屋敷へ続く方角にいる騎士が話し掛けてきた。灰色の鎧に身を包む黒髪の男性。俺は発する気配から幻魔だと推測する。一見すると屋敷に仕える存在に思えるが、
「ああ、突然すみません」
俺はひとまず事情を説明する。
「奥に見えます屋敷の主人に用がありまして」
告げた瞬間、騎士達の視線がさらに硬くなった。どう考えても客人に対する態度ではない。
「……そうですか」
ただ表面的には穏やかな態度を崩さない。
「実を言いますと、主人は来客中でして。本日はもうお会いになられないかと」
「本日は、ですか」
それが本当なら近くの町に引き返せばいいだけの話だが……。
「わかりました。では日を改めてということでいいですか?」
「はい」
「では……リュハ、戻ろう」
俺は彼女に告げ元来た道を引き返す。当の彼女は少し戸惑った後、俺に従い歩き出す。
結局騎士達は干渉してくることなく、俺達を帰した。彼らはいずこかへ去り、視界から消えた時、俺は立ち止まる。
「なんだか怪しいな」
「どういうこと?」
「客人相手に接するような態度じゃないんだよな……それに」
先ほどの田園風景を思い出す。
「綺麗な景色だったけど、昼間だったというのに農作業している人を見かけなかった。あの騎士達が避難させたのか、それとも屋敷の主人に対する敵なのか……騒動がありそうだな」
これに首を突っ込むか? 打算的に考えれば俺が加勢し恩を売るって方法もある。先ほどの騎士が敵だとして、相手はどうやら幻魔。魔力精査はしていないので判然としない部分もあるが……中型の砂竜くらいは倒せる能力は持っていそうな雰囲気。人間の騎士なら太刀打ちできないが、俺なら楽勝の部類だ。ただ、事情がわからなければ逆に混乱を招く危険性もある。
ともあれ、このまま立ち尽くしていてもまた騎士が来て追い返される可能性も……状況がわからない中で無用な混乱は避けたい。さて、どうすべきか――
そう考えた矢先、遠くからゴオ、と爆音のようなものが聞こえた。即座に俺とリュハは互いに顔を見合わせる。
「……これは」
「たぶん戦闘、だよね」
リュハの言及に俺は頷き、決断する。
「屋敷側はロベルドさんの知り合いだし、力も持っているはず……まずは村へ向かおう」
そう告げた矢先、人里方向からも爆音。やはり戦っている――確信し、俺はリュハと共に走り出した。




