第二十五話 白の世界
邪神が出現してからおよそ半月程度で、リュハを外に出す算段については整った。さらに今後どうするかの予定も立て――ただその前に一つやらなければならないことがある。
「さて、出てくるかな」
遺跡からだいぶ離れた砂漠の上を歩く俺。その目的は、砂竜と出会うことにある。
しかもただの砂竜ではない――遺跡に存在する結界は大地に根ざしたもので、それを経由して砂竜の居所についてもある程度把握することができた。よって俺は目的の砂竜がいる位置をつかんでいた。
やがて辿り着いたその場所は、大きな砂丘が存在している。俺は少しばかり右手に魔力を集め、光弾を地面に撃ち込む。
さて、出るのかどうか……沈黙していると地中からゴゴゴと音がした。どうやら成功らしい。
すかさず俺は魔法を準備――次の瞬間、砂竜が地中から飛び出してくる。
その大きさは以前ロベルドが倒した巨大な竜と大差ないもの。まさしく主と呼べる巨大な砂竜だ。
「それじゃあ――」
対する俺は魔力精査を開始。邪神と戦ったことがきっかけだったのか。この技術もスムーズに行えるようになっていた。
俺の目に、巨大な緑色の魔力が見える。砂竜を包むように存在するそれは、間違いなく強固な鎧だ。
把握した直後、魔力収束を行う。邪神と戦った時のような形にはしない。使うのは広範囲攻撃……それも、砂竜を覆うほどのものだ。
以前リュハに見せた時、彼女は『白の世界』と名付けた。ロベルドが持つ『黒竜剣』をどこか真似した魔法であり、それだけ大規模なものとなっている。
「ひとまず、戦意を喪失させないと――」
独り言を発した矢先、砂竜が口を大きく開けて俺へ襲い掛かる。圧倒的な迫力と絶望。何もしなければ数瞬後には食われてこの世から消え失せてしまうだろう。
そこで魔力を解放する――まるで、遺跡へ到達する前にロベルドが砂竜へ攻撃を放つような光景に似ていた。
刹那、周囲が一気に白く染まる――さらに魔力が敵である砂竜へ殺到し、俺へ差し向けられた口から悲鳴を上げる。
砂竜の前方しか見えないが、魔法はその体全てを覆っている。ガガガガガ、と砂竜の皮膚を打つ音に加え、業火が舞うような豪風が発する音が耳に入ってくる。
砂竜は魔力に飲み込まれ俺へ突撃どころか身じろぎすることもできなくなる。ただ荒れ狂う魔力に身を任せ耐えるしかなく、衝撃により体が浮き始めた。
光の勢いが最高潮に達し、砂竜の体が――上空へ吹っ飛んだ。数瞬後、轟音と砂塵が吹き荒れ、砂竜が倒れ込む。
魔法の発動が途絶える。砂竜は力をなくし横倒し。地面に倒れピクリとも動かないが、滅したわけじゃない。
魔法を撃ち込んで魔力を大いに削ったが、死んではいない……というより、わざと気絶させた。
俺がこの砂竜をこうやって倒したのには理由がある……巨大な頭部と対峙すると、ずいぶんと力をなくした瞳がゆっくりと開いた。結構な出力だったが、それでも巨体故か気絶から目覚めたらしい。
「――我が体の内に流れる幻魔の血により、命ず」
告げると、砂竜の目が俺を射抜き固まる。
「この俺に従い、大地を守護せよ」
すると、砂竜がわずかに唸った。同意の証。
幻魔の血を活用すれば、巨大な砂竜でさえも従えることができる――とはいえ、ある一定の魔力量を超えると手傷を負わせる必要がある。今回の砂竜は、まさしくそのケースだ。
砂竜はしばし唸り……少しすると首を地面から離し移動する準備を整えた。
俺は無言で歩き出す。それに追随する巨大な砂竜……奇妙な光景だ。
「従えることはできた。あとは――」
それからしばらくして、速度を上げる。砂竜もそれについてきており、夕刻前には遺跡へ戻ってくることができた。
辺りに異常はない。そこで俺は砂竜に指示を出す。
「あの遺跡を守ってくれ」
砂竜は承諾したのか、鳴き声を一つあげると地中へ潜っていく。ロベルドが巨大な砂竜を倒したことで遺跡には度々砂竜が来ていたが、それも俺が従えた砂竜がいることでなくなるだろう。
これでひとまず、遺跡内を荒らされるようなことはなくなるはず。あとは――
「ただいま」
「おかえり」
遺跡の中に入ると、リュハが出迎えてくれた。
「作戦は成功?」
「ああ。砂竜を従えることができたし、問題はないな。あとは一つ……結界の解除だ」
いよいよこの遺跡から離れる時が来た。準備はしっかりと済ませ、いつでも出発できる。
俺は足下を見る。歩いても消えないよう特殊な塗料で魔法陣を描いている。円形かつ内部には様々な幾何学模様と魔法発動のための文言。それが遺跡の中央を中心にして形成している。
「魔法陣は既に完成。砂竜もいるからよほどのことがない限り荒らされることはない」
――神域魔法を学ぶためにそうした関連の書物については持って行くことにしたが、歴史書などの類いは無理だ。それにこの遺跡で再び結界などを発動させなければならない事態、なんてことが起きる可能性もゼロじゃないので、できるだけこの場所はそのままにしておきたい。
「リュハ、明朝結界を解除して旅立つよ」
「わかった」
頷く彼女――そして俺達は、遺跡内で最後の夕食をとることにした。
魔法陣が形成されているのでなんだか不思議な感覚を抱く中、俺達はひたすら食べる。朝食は残りものでいいし、遺跡内で鍋を囲んで食べるのは最後だ。
「なんだか、寂しい気もする」
リュハがそんなことを述べた。俺も内心同意だ。五年――それだけの時間ここにいたのだから。
彼女にとっては目覚めてからこの場所でしか生活していない。外へ出ることに対し不安もあるだろうけど、リュハはそこについては言及しない。
俺達は無言で食べ進め、やがて食事を終える。片付けを済ませた後、各々好きなように過ごすのだが……その前に一つ、やらなければならないことがある。
「リュハ」
「うん」
俺は彼女に対し背を向ける。衣擦れの音が耳に入り、
「いいよ」
振り向く。そこに服を脱いで白い背中を向けた彼女がいた。
――その背に、目を凝らせば魔法陣が存在している。邪神が一時でも復活した以上、今まで以上に邪神を抑える術を彼女にも施さなければならない。そこで俺が彼女の背に神域魔法を使った。邪神そのものを滅することはできない。けれど力を抑え込むことは可能だ。
俺は彼女の背に手を伸ばす。肌に触れるか触れないかというギリギリの位置で止まり、魔力を流し始める。
「ん……」
一度だけピクリと肩を震わせる。痛みだと思うのだがリュハは何も口にしない。それをちょっと申し訳なく思いながら、さっさと魔力収束を終える。
「よし、これで終わり」
手を離す。そしてまた後ろを向いて、衣服を着る音が聞こえる。
「……明日出発だけど、これでいいの?」
問い掛けてくる。そこで振り向き、衣服を正す彼女と目を合わせた。
「ひとまずね。外に出てからは、魔法陣の力が弱っていないか確認する必要はあるけど、数日に一度……問題なければそれ以上間を空けても大丈夫だと思う」
邪神そのものは魔力の大半を消し飛ばした。さらに今施したのはこの遺跡に存在する結界を応用したもの。元々邪神は彼女の器から外には出られないようになっていることに加え、俺の魔法――二重の結界により外に出ることを阻まれているわけだ。
なおかつ俺の魔法には邪神の力を削ぐ仕掛けもある……が、これは正直望み薄だろう。ないよりマシ程度に考えておいた方がいい。
「そういうわけで、邪神については問題ない……で、旅を始めるにあたって最大の障害が砂漠だ」
「冷気の魔法とかはセレスに教えてもらったけど」
「町までかなり距離があるからな……ただまあ、この辺りは一応大丈夫」
俺の言葉にリュハは小首を傾げる。
「私はどうすればいいの?」
「明日になったら言うよ。それじゃあ今日は休もう」
そう言って、俺は笑みを見せる。リュアは頷き返し――俺達は眠った。




