第十八話 刹那の剣戟
魔力精査を開始した瞬間から、感じられるのはロベルドの圧倒的な魔力――例えば砂竜の場合、見た目が同じでも内に秘める魔力に個人差がある。なおかつ攻撃手段も単純な体当たりにしたって魔力を集中させる箇所など異なる。
目の前にいるロベルドから感じられるのは――全身にまとうように存在する圧倒的な存在感。付け入る隙がまったくないほどの濃密なそれは、あらゆる攻撃を弾くべく全身に行き渡っている。
その中で特に頭部や首、胸部といった急所がある場所にはさらに魔力が多い。肉弾戦主体のロベルドにとっては当然であり、そうした力に比肩しうるほど大剣にも魔力が込められている。
そして色は、黒。とはいえ恐怖などは感じない。ただ純粋な力の塊として、魔力はロベルトを取り巻いている。
「どうした?」
彼が問う。俺は「何も」と答えながら剣を構える。
刀身に神の力を乗せて攻撃するか、それとも神域魔法を繰り出すか。
精査によってロベルドが保有する魔力の鎧がいかに強固なのか理解できた。これを打ち崩すためには、生半可な技術では不可能だ。
「……ロベルドさん」
「どうした?」
「下手すると一日くらい動けなくなるかもしれないけど、どうする?」
問い掛けにロベルドは好戦的な笑み。
「ならば、来い」
魔力解放。ズグンと一度大気が揺れ、
「それなら、遠慮なく」
駆ける。間合いを詰めるどころか一瞬でロベルドとすれ違い背後に到達する。
斬撃は残している。遅れて彼の腹部に衝撃が走る――ロベルドは気配を察知しすぐさま俺へ剣を差し向けるが、既に俺は場にいない。
背後に回った俺は続けざまに背中に一撃叩き込む。とはいえ効くとは思っていない。ロベルドの動きを一瞬でも止めればそれでいい。
背に一撃受けた彼は、外傷はないにしても意表を突かれ硬直。しかしそれはほんのわずかな時間……振り返り一閃されるロベルドの刃。既に俺は逃れ、今度は横手に回る。
だが、彼はそれを見越していた――強引に剣を引き戻すと、俺へ目掛け容赦ない縦の斬撃を繰り出した。
その目は、願ってもない好敵手と遭遇したような――相手が俺であることを忘れているかのうようであり、また剣戟は俺を叩きつぶすという殺意が込められている。
こちらをそれを剣で返す。大剣をまずは受けると、ほんの少しだけ逸らす。強化する魔力を見誤れば間違いなく叩きつぶされる。だが魔力精査で流れを理解できる俺は、瞬時に必要量を把握した。
刹那、大剣が俺の横を薙いで地面に当たる。ゴウンとまるで落雷でもあったのような衝撃。砂塵が巻き上がり、視界が一気に砂に染まる。
その中で俺はなおもロベルドへ迫る。相手もこちらの動きを察してか地面に叩きつけた剣を引き戻そうと……いや、そのまま下から上への横薙ぎで俺に狙いを定めた――が、空を切る。
姿勢を低くして回避に転じた俺は、すかさず刺突でロベルドの腹部を狙う。これも効くとは思わなかったが、攻撃は成功。剣を振ったことにより多少なりとも踏ん張れなかったか、彼の体がわずかに浮いた。
これだ――俺の狙いはまさしくこれだった。
明確な隙。ロベルドもまた自覚したか防御しようと大剣を構えようとする。このまま完全に守備固めされれば目論見は失敗……だが、それより先に俺が反応。
二撃目。腰から胸にすくい上げるような斬撃は大剣を構えようとしたロベルドの動きを鈍らせる。
三撃目。今度は大剣を握る右腕。小手に当たったが衝撃は抜けたらしく、ビリッと腕がしびれるような動作を示す。
それもまた大きな隙。四撃目。胸元に触れた剣戟はロベルドの上体をやや傾けさせる。
五撃目。右足を狙った一撃はロベルドの後退を防ぎ、六撃目の腰を狙った剣戟は俺の狙い通りに入った。七、左肩へ縦の一閃。八、右手首への剣は腕を動かそうとしたのを制する。
俺の剣がロベルドへ殺到する。一太刀は動きを縫い止めることも難しいが、乱打により彼が追随できない状況となる。
「ぐ……!」
呻きながらロベルドは後退か反撃を試みようとしたようだが、俺の剣がそれを許さない。だが満足に傷を負わせているわけでもない。
いずれ魔力が途切れ、ロベルドにも反撃の機会は訪れる。そもそも被害が皆無に近い以上、無理に反撃せずに防御に徹することも選択の一つ。こちらが疲弊し、そこを狙い――だが勝負はその前にやってくる。
密かに、気付かれないように徐々に魔力を引き上げる。乱打に注ぐ魔力とは別に、決着をつけるための力を準備する。
ロベルドは気付かないにしろ、そうした勝負になると想像していることだろう――実際、彼は防御に転じ俺の剣を受けながら眼光は鋭い。いずれ来るであろう切り札を見極め、それを弾き飛ばし逆転するための動きに変じている。
どこでそれが来るのか――剣をその身に受け続けながら観察する胆力は驚愕する他ない。彼に対し俺は静かにかつ、この連撃が途切れる前に全てを用意しなければならない。
秘匿された魔力が、一瞬でも露出すればロベルドには最早通用しないだろう。だから俺はどこまでも密かに計画を進め――金属音が響く中で、準備が終わる。
ロベルドの視線を険しくなる。勘で気付いたか、あるいは繰り出される連撃が変化したとでも思ったか――いくしかない。
一歩踏み込む。さらに肉薄した俺にロベルドも間違いなく察したことだろう。動きを制限されながらも俺の切り札を破壊するべく力を高める。
そうした中で俺は剣に魔力を注ぐ。一瞬の出来事。注ぎながらその剣をロベルドへ容赦なく薙いだ。
しかし、ロベルドは対応した――刹那ガギンと鈍い音が生じ、俺の剣が押し留められる。
「……動きを縫い止めていたのは確かだ。だが最後の最後で一瞬、ほんの一瞬だけ隙が生じた」
――正直、それは隙などと呼べるものではなかったはず。魔力を流し、反撃を許さない連撃のほんの少しの間……ロベルドが気付いたとしても対応できない程度の隙、のはずあった。
「見事な剣だ。だが私をどうにかするのは――」
さらに一歩踏み込んだ。直後、足下から魔力が湧き上がってくる。
ロベルドも瞠目する――それに俺は、
「はっきり言って、これでは無理だと思っていたよ」
魔力が際限なく膨らんでいく――時間が必要だった。連撃を浴びせながら少しずつ、魔力精査によりロベルドの魔力を弾き飛ばせるだけの力を集め、魔法を使うには。
単純に力を溜めていてはロベルドも反撃してくる。だからこそ動きを制限し、魔力を高めるための時を稼がなければならなかった。
攻勢に出ながらそれをするのは相当な労力だったが……それでも俺は成し遂げた。
解放。全身から魔力が発せられ、巨大な魔力の塊と化したように高まっていく。
ロベルドもここに至り意図を察し、即座に引き下がろうとした。
だが俺はそれを許さない。肉薄。剣を振る。大剣が立ちはだかる。
勢いを殺すことなく放たれた俺の刃は――ロベルドの大剣を、真っ向から押し返す。
「――あああああっ!」
絶叫。続けざまに決めた剣はロベルドの鎧へ叩き込み――次の瞬間、彼の体が白い光に包まれた。




