第十七話 最初で最後
鍋の中身を温めて、スープをよそう。ロベルドに渡すと、ゆっくり話し始めた。
「今回、いつものように食材や雑貨の買い出しに出かけた際、待ち伏せされていた」
「待ち伏せ?」
聞き返す。ロベルドは深く頷き、
「私が砂漠に程近い町でウロウロしている……そのような話を聞きつけた者がいたらしい。接触してきたのは旧友だ」
「友人……それも幻魔、なんだよね?」
確認にロベルドはまたも首肯した。
「ああ。私が王――幻魔の王に仕えていた時の友だ。話によると、とある幻魔の一派が動きを活発化させているらしい。それを止めるために、私に協力してほしいと」
そこまで語ると、ロベルドは息をつく。
「そいつもまた、王の側近だった。今彼は手下を集め、何かをしようとしている」
……俺が空想した小説の世界で、セレスが十二歳の時に彼が村を後にするというエピソードがあった。現在俺は村ではなく遺跡にいるが、その流れが起きていると捉えていい。
ただ、その……実を言うと村を離れる具体的なエピソードは考えていなかった。それでもこうして離れることになるとは……疑問もあるが、彼がいなくなることで問題も発生する。まずはそれを解決しないと。
「ロベルドさんは、それを止めるためにここを離れると?」
彼は神妙な顔つき。
「そうだ。こうやって戻ってくるのもだいぶ引き留められたんだがな」
「遺跡には連れてこなかったのか」
「さすがにここに呼ぶのはまずいだろう。秘密にしておくべきことが多い」
その最たるものがリュハだ。ロベルドは彼女が内に抱えているものが何なのかわかっていないはずなのだが、彼女から発せられる気配でおぼろげに察しているのかもしれない。
「ともあれ、私は行かねばならない……当該の幻魔は元々野心を抱えていた。おとなしくしていたが、とうとう準備が整い、今まさに動こうとしている……仲間内ではそう解釈している」
「ロベルドさんがそこまで言う相手……強いの?」
「ああ、強い」
――いずれ彼とは再会する。この戦いで彼が消え去るようなことにはならないだろう。
「セレスは、どうする……といっても、答えは決まっているか」
俺は深く頷いた。ロベルドの視線の先には、リュハ。
「……私のしもべをここに置いていく」
そう述べるとロベルドは何事か唱えた後、右手をかざす。
直後、光が生じ――生まれたのは、真っ黒な犬。
「それなりの能力を与えておく。もし何かあればこいつを利用して町まで連絡すればいい。頼れる人間も教えておく」
続いて彼は懐からメモとペンを取り出し、何事か書くと俺にそれを押しつけた。
そして、
「セレス、お前はこの遺跡に眠る書物を読み、それを血肉にして強くなり続けている」
ロベルドは語ると、俺の頭を撫でた。
「どうやらお前は、この遺跡に赴き、自分がどういう存在なのかを理解し始めたようだな」
……何も語らず、か。ロベルド自身、踏み込んではいけない領域だと思っているのかもしれない。
「この遺跡周辺には私が魔法を張り巡らせてある。巨大な砂竜の襲来はないはずだ。物資の調達だけはしなければならんが、二人でも大丈夫だろう」
そこまで語るとロベルドはスープを飲み干し、残るパンを口の中に入れた。
「あまりに性急で申し訳ないが……セレス、何かやって欲しいことはあるか? あまり時間はないが、最後だ。要望があるなら叶えてやろう」
「なら」
と、俺はロベルドを真っ直ぐ見据え、
「一度だけ……一度だけ、手合わせをしてほしい」
「それは鍛錬ではなく戦闘、ということか?」
即座に頷く。現段階で自分の限界がいかほどか……それを知っておかなければならない。
「いいだろう。受けて立とう」
ロベルドが応じる――あまりに唐突だが、最初で最後の手合わせをすることになった。
リュハは結界の外に出られないため、入口付近で俺達が対峙するのを眺める形となる。
「ふ、二人とも頑張れー」
応援するリュハに俺は手を振り返す。一方のロベルドは大剣を構え、
「セレス、お前の能力に応じてこちらはやり方を変えるぞ」
「わかった……けど、要求したけど本当によかったの? その、怪我したりとかは――」
「大丈夫だ」
自信に満ちた声……ただこれは「セレスの攻撃で傷つくはずがない」という意味なのか、それとも食らっても平気だと主張しているのか。
ともあれ、急ではあるが用意された舞台だ。できる限り頑張ろう――最終的には『黒竜剣』とか使わせたら勝ちだろうか? でも現段階の俺に、あれが直撃して耐えきれるかどうかはわからないけれど。
魔力精査については……まずは使わず、純粋に身体能力だけで戦ってみるか。
「では、始めようか」
「ああ」
構える。ロベルドの初手は十中八九突撃。それに耐え切れた段階で、次のステップに進める。
静かに呼吸を行い、ロベルドが来るのを待ち――刹那、一歩で彼が距離を詰める。
大剣を振りかぶり、俺の脳天へと叩き込む――その動作まで一瞬。だがこちらはそれを見切り、素早く横へ逃れることに成功。
反撃しようと剣をかざそうとしたが、それより先にロベルドの薙ぎ払いが来る。受けるかかわすか。俺は瞬間的に判断し、まずは刃で受けた。
続いて受け流しに入る。剣で大剣の軌道を逸らし、紙一重で回避する。
ロベルドはそれに少しばかり驚いた様子。その間にこちらが刺突を差し込む。目標は大剣を握る右肩。そこに肩当てが存在するが、ただの鉄製ならば魔力を乗せた俺の突きにより貫通するはずだった。
結果は――カツンと乾いた音を立て、変化無し。
「まだ判断が甘いな」
ロベルトが告げる。俺の魔力では無謀だった――そう言いたいらしい。
反撃。大剣がまるで細剣を振るかのような速度。即応した俺は身をかがめてかわすと、負けじと剣に魔力を注ぐ。
刃が鎧に触れる……それなりに魔力を加えたはずだが、やはり傷一つつかない。
「踏み込みは見事。私の剣に臆せず突き進める人間は、そういない」
さらに薙がれる大剣。それを後方に引き下がりながら避け、距離を置いた。
「とはいえ、セレス。現段階でお前には決定打がない……攻撃を避け続けるだけでは勝てないぞ」
――邪神に対抗する『神域魔法』を駆使すれば十分な威力になるが、それを除いた手法だと今の俺にロベルドを倒せる技術がないというわけだ。
とはいえここまでは想定内。一度深呼吸をして、剣を構えながら左手をかざす。
「現段階の技術は、これまで鍛錬を重ねてきたものだな。遺跡で本を読み漁っているが、その成果を出すか?」
「ああ」
返答と共に俺は、
「精査」
魔力がロベルトを取り巻く。瞬間、彼が顔をしかめた。
「何かしたな」
さすがに魔力を展開するため勘づかれるか……とはいえ魔力精査なんて技術が人間や幻魔に存在していないため、精々彼の言うとおり「何かした」という程度の認識しかできない。
もっとも、ロベルドにとっては警戒するきっかけにはなる。腰を落とし構えた彼に対し、俺は思う。
ここからが本番だ、と――




