第十四話 約束
砂竜に対する剥ぎ取り――といっても素材に使えそうな皮や骨の一部――を手にし俺は遺跡へと戻る。大部分砂竜の死体は残っているけど、確か共食いの習性があるためいずれ他の竜が食べてしまうだろう。
「ただいま」
告げながら中へ。すると遺跡中央にいたリュハがピクンと跳ねた。
「どうした?」
近寄る。と、彼女は俺が抱えている皮や骨に目をやった。
「それは?」
「砂竜を倒したから、その戦利品」
ひとまずこれは端にでも置いておこう。遺跡の片隅に置いて、手などを洗って食事にする。
時間的には昼前くらいか。ロベルドがどの程度で帰ってくるのかわからないけど……あの人のことだから心配はしていない。食料もまあまああるし、じっくり待とう。
パンに具を挟んでリュハに渡す。それをポクポクと黙って食べ進める彼女を眺めながらこちらは食事を進める。
両者ともに会話がない……そもそも話題がないからな。
とはいえ、リュアハ俺のことをチラチラ見ているから気になることでもあるのか。
「……あの」
声を掛けるとビクリと震える彼女。あやうくパンを落としそうになる。
「いや、そこまでビックリしなくても……あ、そういえば呼び方だけど、俺のことはセレスでいいから」
「え……」
怯えた瞳。うーん、ここは少し強引にいった方がいいかもしれないな。
「それで――リュハは何を訊こうとしたんだ?」
名を呼ばれ一時不安な表情を浮かべる彼女……少しして意を決したように、
「どうして、ここに来たの?」
「……夢で見たから、といっても信用してもらえないよな」
――ふと、俺は彼女に真実を伝えるべきなのかと迷った。
彼女なら、知る権利があるのではないか。ただ俺の頭の中で作り上げたものが混ざっている世界が広がっていると知ったら、どう思うのだろう。
ともあれ、目覚めたばかりの彼女に説明しても理解できないだけでさらに混乱するだろう。話すのはもう少し先、かな。
「俺の体の中には、三つの魔力がある。人間と幻魔、そして未解明の力。俺はそうした力の影響を受け、ここに来た。正直、なぜこの遺跡についての夢を見たのかは……ここを訪れたらわかるんじゃないかと思っていたんだけど」
「そっか……」
俯くリュハ。どう感じているかわからないけれど、おそらく邪神に関係しているのではないかと推測しているか。
どういう解釈であれ、一定の理解はした様子……やがて食事を終えると、俺は奥にある書斎を訪れる。
「ここで、どうするの?」
リュハの問いに俺は適当な書物を手に取りながら答える。
「まずは情報集めだ。この遺跡のこと。そしてリュハを結界から抜け出すための手法……それらのヒントが書物に眠っているかもしれない」
まずは俺にとって有用な書物とそうでないものを分けよう。数はそれほどないし、この選別自体はそう時間も掛からないはず。
一応全てに目を通すこと前提で、結界についてなど今すぐ調べるべき情報についてを最優先で……うん、優先順位をつけて対応していくとしよう。
俺は本棚を漁り始める。それをじっと見据えるリュハ。彼女がどう思っているかわからないけど……俺の行動を否定するようなことはしないようだった。
本の選別自体はその日中に完了。さらにリュハに眠る邪神の封印についてや、結界に関する書物も発見。ただ邪神についての記述はやや曖昧な内容のもので、具体的にどういった存在なのかをボカして書いてある。邪神という文言を入れたくなかったのかもしれない。関係のない者が目に触れてもいいように配慮されているといったところか。
俺は結界についての書物に一通り目を通した後、やがて夜になって夕食をとる。
それからさらに書物を読んでいたのだが……深夜には至らない時間だが、さすがに眠くなってきた。
昨日遺跡で眠った場所は、遺跡内にある小部屋の一つ。とはいえどこか陰鬱な雰囲気を放つその部屋でもう一度眠ろうとは思わず、別のやり方を考えた。それは、
「結構いいだろ? これは」
「うん……」
リュハが同意する。遺跡中央に存在する大きな天窓。そこから見える星々を眺めながら、俺とリュハは眠る。
さすがに毛布までは一緒じゃない。ちょっと離して眠ることにしたのだが……以外に寝心地がよく、ふと横を見たらリュハは既に眠っていた。
視線を星空へ戻す。ひとまず明日から彼女の中に眠る邪神に関する処置と、結界の強化を行おう。目当ての書物も見つけたので、もしかすると明日中にはどうにかなるかもしれない。
そう思うと、まぶたが段々と重くなってきた。遺跡の中には砂竜も来ることはなく、さらに魔獣や生物もいない。安全な空間と言ってよく、なおかつ今日は肉体的にはそうでもないけど書物を読みあさったりと頭を働かせていた。その疲れが出ているのかもしれない。
だから俺もリュハと同じようにあっという間に眠りにつく――
けれど、
「……う」
声が聞こえた。意識が覚醒し、眠ってから多少の時間が経過したとなんとなく理解する。
そして先ほどの声は、リュハのもの――横を見ると、彼女は胸を押さえ薄暗いながら苦しそうな表情を浮かべているのがわかった。
「……リュハ?」
声を出す。けれど反応はせずさらに小さく呻いた。
しかも体に力が入っている……? うなされているんだと理解した直後、泣いているのがわかった。
「おい、リュハ!」
たまらず声を上げた――起こしていいのかわからなかったけど、とにかく俺は肩を少し揺らし声を上げる。
「――っ!」
次の瞬間、彼女の意識は覚醒し、目を開けた。涙を流し、どこか呆然となる彼女。
「……あ」
そして俺の姿を確認すると、呼吸が落ち着き始めた。
「大丈夫か? うなされていたけど」
問い掛けに彼女は最初何も答えなかった。けれど少しして、
「ごめん、なさい」
「謝る必要はないよ……怖い夢でも見ていたのか?」
小さく頷くリュハ。
「封印されるずっと前……この遺跡に押し込められた時のことを」
そこで彼女は口をつぐむ。邪神のことを話せないからだろうな。
「……その時、皆が私のことをにらんでいた。読み書きを教えてくれた先生も、ずっと一緒に遊んでいた友達も、お母さんも、お姉ちゃんも……みんな、みんな」
すすり泣く。そんな彼女に俺は少し近づき、落ち着かせるために頭をなでる。
「大丈夫……って言うのも微妙かな。家族も友達も、この世にはいないわけだし」
「……わからない。いなくなって良かったのか、それとも悲しいのか……」
きちんと気持ちに整理をつけるのはずっと後になるだろうな。目覚めたばかりの彼女に、結論を出せるような力はないだろう。
「でも、一つだけ……一人になるのが嫌だった。その日を境に、誰も私のことを見てくれなくなった。私のことを誰もが化け物を見るようになった……私――」
「俺は平気だよ」
そう告げた途端、彼女の口が止まる。
「といっても、全面的に信用できないと思うけどさ……その、今はまだ話せないけど俺には明確な理由があって、当面この遺跡を離れるつもりはない」
いずれ、彼女に真実を伝えることになるだろう……そして、彼女もまた俺に真実を伝えた方がよさそうだ。
「その間に、リュハは話したくなったら言えばいい。俺もそうするから……とにかく、リュハを一人にすることはないってことだけは、約束する」
そう告げてもなお彼女の顔は変わらないままだったが……リュハは小さく頷き、
「わかった。よろしくね、セレス」
ほのかな微笑と共に、俺へと言った。




