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第一話 断たれた夢

 綺麗な青空の下、怒号と轟音が響き渡る。その中で俺は、草むらを息を切らせ走る。着ている鉄製の鎧は相当重く感じ、呼吸がどんどん荒くなっていく。


「おい! こっちだ!」


 誰かの叫び声が横から聞こえた。視線を向けるとそこは森。茂みの中に、同じ鎧を着込む男がこちらを手招きしていた。

 すると俺の後方――共にいた装備の面々は従い、男性へ駆ける。俺も一歩遅れて追随。森へ入り男性の先導に従い歩んでいく。


 程なくして森の出口――そこは、紛れもなく戦場と化していた。剣同士がぶつかる金属音、誰かの叫び声。それが耳に入り緊張感を高めていく。


「敵はまだ気付いていない。ここから一気に突撃するぞ」


 男性が告げる。俺を含めた他の面々は黙って頷く。


 鼓動が自然と速くなっていく。剣を握り締める右手には必要以上に力が入り、足もずいぶん重い気がする。視線を巡らせれば茶色い自分の前髪が視界に入り、神経質になっているのかそれがやけに気に掛かる。

 ここで首を振って思考を振り払う。怯んではいられない……深呼吸して気を取り直す。そして茂みの向こう……戦場を見据えた。


 俺達と同じような装備をした面々が戦っている。違いは鎧――胸の部分に存在する色つきの刻印。青と赤が存在し、味方は青だ。


 ――心の中で呟く。これが間違いなく、騎士になるための最後の機会。目の前に起こっている戦い――実技試験で、成果を上げなければならない。


「突撃!」


 男性が叫ぶ。同時、俺達は一斉に森を抜け、敵陣へ向かう!

 赤い刻印を持つ面々が気付く。すぐさま仲間を指示する声が響き、遅れて敵陣から光が見えた。


「魔法だ! 避けろ!」


 こちらへの指示。同時、周囲の仲間は散開。直後、俺のほんの少し横に白い光弾が突き刺さった。


 轟音と土の焦げるにおい。鎧には魔法の威力を下げる効果が備わっているが、当たりどころが悪ければ最悪死ぬ。長剣も訓練用で刃を潰してはいるが最悪骨が折れる――攻撃を一度食らえば最低でも再起不能になる以上、戦えなくなるのは必定。だからこそ、絶対に当たるわけにはいかない。


 光弾があちこちで土砂を巻き上げる中、剣を握り直し敵陣へ向かう。仲間達は周囲の敵と交戦を開始しており、戦況は拮抗している。

 ここで敵陣を食い破ることができれば……果たして俺にできるのか――でも、やるしかない!


 俺の足は止まらないまま進み続け――その時、阻む存在が一人。俺とほぼ同じくらいの体格を持った男性。即座に構え、戦闘態勢に入る。

 一対一だが、勝てるのか? 胸中の疑問をよそに、相手は仕掛けてくる。


 最小限の動きで間合いを詰めた相手に、俺は動きを見極めて弾く。ガキンと金属音が生じ、思いの外威力があったため俺は少し押され気味になる。

 けれど耐えた……! ここで一気に反撃を――


 そう息巻いた瞬間、男性が剣を一度引き追撃を仕掛ける。こちらは剣を盾にして防いだが、衝撃を殺すことはできなかった。

 どうにか踏みとどまったけど、相手からさらに攻撃が。次はおそらく無理……いや、まだいけると心の中で必死に唱え、否定的な思考を振り払う。


 そして無理矢理突っ込んだ。相手からは捨て身の攻撃だと映ったはず。それを男性は真正面から受ける構え――そして互いの剣が激突し、鍔迫り合いとなった。

 こうなった場合、魔力を利用した身体強化がものを言う――俺は全身に力を入れた。特に腕の筋肉を膨らませるイメージで……しかし、


 相手もまた魔力を腕に集める。間近だからこそ理解できてしまうその量――俺を完全に上回っている。

 剣を押し返される。それでも抵抗しようとしたけど、続けざまの一撃をとうとう防ぎきることができず、自分の体が浮いた。


 今度はどうにもならなかった。バランスを崩し地面に倒れ、受け身すらとれなかった。


「っ……!!」


 復帰できればよかったけれど、それをする前に俺の首筋に剣を突きつけられる。


「死亡だ」


 男性の言葉――この瞬間、試験の失格が決定した。






 結果は翌日、訓練校の中央広場にある掲示板に張り出された。名前を発見し狂喜乱舞する他の訓練生を尻目に、俺は自分の名前――ケイン=ディザークが無いことを確認し、深く大きいため息を吐いた。


「……これで、終わりか」


 あまりにあっけない終わり方。けれど世の中そんなものだろうと心の中で呟き、無理矢理自分を納得させようとする。


「お、名前あったか?」


 背後から男性の声。それがルームメイトのものであったため、特に感情もなく振り向いた。

 そこにいたのは快活そうな印象を与える俺と同い年の騎士候補生。本来パリッとした正装であるはずの訓練校の制服は、あちこちヨレておりだらしない雰囲気も垣間見せる。


 立つくらいに短い黒髪が目を引くその人物は俺の顔を見て、


「ケイン、その様子だと無かったみたいだな」


 俺の名を呼びながら告げる――孤児の俺とは異なり由緒正しい騎士家系だが、それを感じさせない砕けた雰囲気が特徴的。

 そんな彼にこちらは頷き、


「シャルト、お前は? 敵側だったお前の方まで確認してないんだ」

「あー、そうだな……」


 頬をポリポリとかく。駄目だったら自虐的に笑うような性格なので、この反応でどういう結果だったかは想像できた。


「よかったじゃないか、おめでとう」

「あ、うん、そうだな……とりあえず、部屋戻るか?」


 ――それから俺達は寮へ戻る。白を基調とした木造の建物で、二階建てのそれは騎士候補生が住まう場所ということもあって、重厚な印象を受ける。

 その中にある自室へ。部屋の規模はそれなりで、目に付くのは二段ベッドと勉強机。


 俺が勉強机に備えられた椅子に座り、シャルトは二段ベッドの下に腰掛けた。


「で、どうすんのお前」

「どうって……」

「事情は聞いているから今回落ちたらお前がどうなるのかはわかっているよ。けど、簡単にあきらめられるのか?」


 ――そう言われて、俺は言葉に詰まった。


 幼い頃に生まれ故郷が『魔獣』に滅ぼされ、町の孤児院で育った。そういう経緯から魔獣を倒す勇者という存在に憧れ、強くなりたいと願った。


 もっとも勇者なんて存在は現実にいなかったし、単なる夢物語として認識してはいたのだが……転機が訪れた。ある時、都を脅かす魔獣を倒し凱旋する騎士達を目撃したのだ。


 歓声に包まれた彼らを見た際の興奮は今でもはっきり憶えている。体の底から湧き上がるその衝動は胸に残っているし、華やかで勇ましい姿を見て、俺も騎士になりたいと――強くなりたいと、そこで明確に思った。


 とはいえ、障害は多数あった。騎士になるには訓練校を卒業しなければならないのだが――表向き誰にでも門戸を開いているが、必要な学資は一般市民にとって相当な重荷となるし、入る前には試験もある。コネでもあれば話は別だろうけど、孤児の俺にそんなものありはしなかった。


 けれどどんな苦難も乗り越えてみせると、憧れの方が上回った。孤児院の院長に騎士になりたいと告げ、必要なことを教えてもらった。その次の日から勉強と入学金を稼ぐ日々が始まった。

 他者からすれば相当な苦行だったかもしれない。けれど俺は訓練校に入れる年齢である十五歳までに金を貯め、必要な知識を習得し、とうとう試験に合格した。


 騎士になれる――そう強く思い孤児院のみんなも祝福してくれた。もっとも訓練校はスタート地点でしかなかったが、それでも必死に頑張ってきた俺なら、訓練校に入っても大丈夫……そんな根拠のない自信があった。


 けれど、現実はそう甘いものではなかった。


 親の金で入るような訓練生に負けるようなことはない――頑張ってきた自分はそう思っていたが、彼らは訓練校に入る時点で質の高い教育を受けて騎士になろうとしていた。その差は様々な面で現れる。俺は弾き飛ばされないよう必死に食らいつくことしかできなかった。


 そして最終試験――筆記試験は問題なかった。あとは実技だったが、その結果が名が記されなかった掲示板だ。


「酷な話だが、身の振り方を考えないとまずいだろ?」


 シャルトが続ける。そう、落ち込んでばかりもいられない。


 あの試験が最後と言い切るには理由がある。試験自体は年に二度行われるが、今回で二回目。つまり合格するには来期を待たねばならない。

 合格するまで訓練校に残る人間もいるので、別段不思議ではない……が、俺は違うのだ。とうとう学資が底を尽き、来期は費用を払うことができず、強制退学となる。


 こればかりは自分の手でどうにもできない部分……そして年齢的に訓練校に入り直すことも不可能。騎士の道は、完全に閉ざされた。

 孤児でツテもない俺は、誰かに頼ることも不可能。訓練校トップの成績なら話は別かもしれないが、そんな秀才ではないし、そもそもそんな成績なら試験に落ちていない。


 ここまで夢のために人生を捧げてきたと言っても過言ではない。それ自体は後悔していないけれど、こんな形で夢を断たれる……泣き出さないのが不思議なくらいだった。


「ケイン、本当にどうするんだ?」


 再度シャルトが問う。俺は少しばかり首を向け、


「金を貸してくれ」

「無理だよ。親をどう説得しろって言うんだよ」

「当然だな。別に才覚があるわけでもない。訓練校としては、一介の訓練生に優しく処置するような馬鹿な真似はしない……なら、結論は一つだろ?」


 返答したが、正直何も考えられないというのが実情だった。俺はそこでシャルトに背を向け、


「今までこんな身分の人間と付き合ってくれて悪かったな」

「おいおい、そこまで卑屈になるなよ……と、そうだ。こういうのはどうだ?」


 彼は突然立ち上がると、ツカツカ歩み寄ってきて俺の机の上を見る。

 俺もまた視線を机に。そこには、文字がびっしり書き込まれた紙の束が。


「それをどっかの貴族とかに持ち込むとか。運が良ければ拾って売ってくれるかもしれないぞ」

「……試験に受かるよりも、よっぽど確率低いだろ」


 ため息。彼が指摘したその紙の束は、小説だった。


 趣味でなんとなく書いていた物をシャルトがめざとく見つけ、俺がいない時に読んだのが始まりだった。彼はそれを面白いと言い、俺がよせと言っているのに他の仲間内にも読ませた。結果、俺が書いた小説についてはこの訓練校内に読者がいたりする。


「ちなみに続きはいつになる?」

「お前昨日もそれ言ってただろ……まあ気分を変えるのに書くから、そのうちな」

「学校出た後はどうするんだ?」

「俺よりも小説の方が心配なのか……」

「そりゃあまあ、結構読んだし続き気になるし」


 と、彼はニカッと笑う。


「ほら、続きを読みたくて支援してくれる人間が出るかもしれないぞ?」

「……悪いけど、そこまで熱狂的な人間がいないのはわかってるよ。お前を含めて」


 そう言って俺はシャルトに追い払う仕草を示す。


「ほら、今日は昼過ぎに出かけると言ってただろ? 時間じゃないのか?」

「あ、そうだった……じゃあ悪いけど行くわ。夕食前には戻るから」

「ああ」


 シャルトが部屋を出て行く。一人取り残された俺は、紙の束と向かい合う。


「本当に、どうするか……」


 実際、何も考えられない。ただ訓練校が退学になったからといって、この経験が全て無駄になるようには思えない……いや、結局卒業しなければ意味はない、か。


「もういいや……明日になったら考えよう」


 試験に落ちて、冷静に物事が考えられなくなっている部分もある。明日になったら少しはマシになっているだろう。

 そう思い、ペンを手に取る。思考を小説モードに切り替える。そして全てを忘れるように、紙にペンを走らせた。


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