第9話 「大脱走」
ダイナマイトを片手にトイレ爆破宣言をしたものの、ダイナマイトの使い方がいまいちよくわからない。ダイナマイトと言えば先端から細い糸のようなものが出ていて、それに火を点けて投げれば爆発するというイメージを俺は勝手に描いていたのだが、 このダイナマイトの先端からは糸らしきものが見当たらない。日清焼きそばUFOに付いてくるソース袋のあけ口を探すがごとくダイナマイトを上下左右回転させながらしばらく見ていたのだが糸はどこにも付いていない。コロンブスに見てもらったとしても同様の結果であったであろう。万が一コロンブスが糸を発見したとしても残念ながらその糸に点ける火がない。しかし、糸がないことは確実であり、このダイナマイトは俺の考えているような点火方法によって爆発するものではないと悟った。はて、糸に火を点けないのだとすればどのような方法で爆発させるのか。もしかすると使用者に易しく押しボタン式で爆発するのではなかろうかと思い、俺は糸を諦めて、先ほどと同じような方法でボタンを探し始めたが、ボタンもいっこうに見つかる気配がない。
「何をしている」
ダイナマイトを頭上で回転させていると後から誰かに声をかけられた。突然のことに俺はビクっとなり振り返った。マルヤマ塗装にいた居眠りじじいだ。今日こいつに遭遇したのはこれで三度目だが、彼にとっては初対面であろう。しかし、何故こいつがここにいるんだ?いや、そんなこと今はどうでもいい……。
居眠りじじいは俺の顔を見るとびっくりしたような顔をして一瞬硬直していたが、じきに俺の持っているダイナマイトを指さし、
「おい、それは……」
と言いかけた。俺はチャンスは今しかないと思い、居眠りじじいを振り切って一目散に走り出した。とりあえず、このまま目的地を目指そう。もう随分遅くなってしまったが、まだ何とかなるはずだ。それにしてもあのじじい、俺の顔を見た途端びっくりしていたが、まさか前回遭遇した時すでに見られていたのだろうか…?
俺はダイナマイトを片手に全力で走った。その姿を目撃した道行く人々は「ベン・ジョンソンの再来だ」と騒ぎ立て、家の中にいた者や車に乗っていた者、ジャマイカやカナダから駆けつけてくる者などが次々と道へおどり出し、たちまち狭い路地は混乱した。中には改造車で暴れまわったり、
クレジットや消費者金融の多重債務者を騙して利益をあげたりといった悪質な事件を起こす者まで現れた。俺はそんな事態もかえりみず、両手を更に強く振って一生懸命に走った。
走っている途中にコンビニを見つけた。俺はそのままコンビニを通り過ぎたのだが、中に設置されてある時計が無色透明の窓越しから丸見えであったため、今が夜の8時45分ぐらいであることを確認することができた。俺はそのまま走り続け、いよいよ目的地に辿りついた。
これが能勢学院大学か。
立派な名前の割りには想像以上に小さいな……。
俺は肛門をくぐり、大学の敷地内へと入っていった。その入りっぷりは後にヒトラーのパリ入城を再現したかのようであったと物理学者のミヒャエル・ペトコフが証言している。また、「肛門をくぐり」は誤字である。