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第7話 「密室での逆転劇」

壁の模様として見たとしても何ら不思議に感じなくなってしまったうんこの上を、ゴシゴシ擦るかのようにペンキで塗りたくっていたのだが、 ちょうど夕方も深まったということもあってトイレの中も一層暗くなってしまったたせいか、今更ながらペンキの色が黒色であることにようやく気がついた。気づくのに遅れをとった最大の原因は、俺の頭の中でペンキと言えば白のイメージが確立されていたためである。

黒いうんこの上を黒いペンキで彩る。これ以上無駄なことがこの世界に存在しうるだろうか。そして、俺は一体ここで何をしているのだろうか。


思えば俺はある重大な用事のために家を出てきたわけであり、 こんなことをするために今朝の朝食にて食卓に並べられたトーストやベーコンや緑黄色野菜をしっかり摂ってきたわけではない。

毎日俺は健康に気を使って一日三食しっかり摂るようにしているのだが、その栄養成分からお前なんか要らないと、ところてんの様に体から押しやられた無用者が、今、俺の目の前の壁にしっかりとくっ付いている。このような状況をじっくり考えていると何だか気味が悪くなってきた。

「あ、そうだ。電気を点けよう」

俺は今頃になってトイレの電気が灯っていないためにこんなにも暗いのだと閃き、トイレの入口付近にあるスイッチをパチリと押してみた。電灯の光がトイレの中を充満させると同時に、目の前に一部真っ黒になった壁が現れた。勿論、これは俺のうんこの上に俺のうんこと同じ色をしたペンキを塗った形跡に他ならない。やはり黒いうんこの上から黒いペンキではカモフラージュにはならない。それどころか、もし俺が捕まった時には全国に俺の知能指数の低さを露呈してしまうことになるだろう。それはかなりまずい。

と言うのは、俺は小学校の時から現在に至るまで同じ学年の沖田君をずっと馬鹿にしてきたからだ。


彼は小学三年生の授業中に教室でうんこをもらした。しかし、彼はちゃんとパンツを履き、その上に長ズボンまで履いていたのにも関わらず、輩出されたうんこは彼の座ってる座席の下をコロコロと転がっていたのである。その時ばかりは周りの生徒や先生らは、

「やーい、やーい。こいつうんこ漏らしやがった」

などとはやし立てていたのだが、時がたつにつれて沖田君がどのようにしてうんこを床に転がしたのかという疑問が沸き起こり、中には沖田君を魔術師ではないのかと怖れ疑う者さえ現れた。それ以後、彼の座席の下には毎日魔法陣が描かれていたり、机や下駄箱にはキョンシー大百科に付録として付いていたのであろうお札がたくさん貼られていたりと彼を幻想や宗教の魔力で封じ込めようとする過激な生徒や教師も現れたほどである。俺もそういった過激派に便乗して彼の靴下を隠したり、背中にビックリマンのシールを貼ったり、更には隣町にまで出向いて見知らぬ家のチャイムを鳴らし、

「はい、どちらさん?」

と出たら、

「沖田です」

と言って逃げてきたりと、出来る限りのことはやってきた。


そうやって俺は沖田君のことを馬鹿にしてきたわけなのだが、それが今となっては俺が沖田君に馬鹿にされる危機が迫っているというわけだ。ここで決して俺は捕まるわけにはいかない。

だが、トイレの壁は結構取り返しの付かないことになっている。壁の一部が真っ黒。明らかに目立つ。これならまだうんこだけが壁にくっついてくれていた頃の方が余程ましであった。無駄に上からペンキを塗ったせいで、壁に付着したうんこは変に光沢感のある異様な質感を醸し出しており、まるで小学時代の図画工作の時間に粘土で作った貯金箱の上から絵の具を塗って最後にニスで仕上げたかのような風体をしている。ペンキを塗ったせいで余計に周りの壁との差別化が進んでしまった。骨折り損のくたびれもうけという言葉を幾年か前に習得したが、まさかここで初めてこの言葉を思い出すことになるとは夢にも思っていなかったわけである。


先日の夜、俺が薄明かりの台所で風呂上りの牛乳を飲んでいると親父が入ってきて、

「神様は信じている間はいない。信じなくなった時に初めて現れるのでしょうね」

とボソリと呟いた一言が記憶の片隅に蘇ってはまた消えていった。

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