第6話 「甘美な贅沢」
俺はペンキの入ったドラム缶の蓋をこじ開けようと試みたが、素手で開かないことが判明した。ドラム缶はプルトップのない缶詰みたいな容貌をしており、缶きりのでかいのが無いとビクともしない有り様である。俺は、
「不謹慎!!」
とドラム缶を罵った。
とりあえず、さっきの何とか塗装ってとこにドラム缶を開ける機具があるはずだと思い、俺はもう一度塗装業者のアジトに忍び込んだ。既に夕方も深い時間だったため辺りは薄暗くなり空は真っ赤に染まってはいたものの、季節が夏ということもあって、俺の股間を隠してくれるモザイクの役割を果たすには至らなかった。俺はこの自然現象における役立たずさを壮大な論文にして国に提出し、沢村賞を取ってやろうと決意した。政治家になることを決意した。
そうこう自分の将来などを塗装業者の敷地内で考えていると、後ろから
「誰だ!」
という叫び声が聞こえた。
俺は、しまった!見つかったか!と思い、後ろを振り返ると、一人の男が立っていた。確か、ペンキの入ったドラム缶を盗んだ時に見かけた居眠りじじいだ。居眠りじじいの体はわなわな震えており、その感じから相当怒っている様子を窺い知ることが出来た。しかも思ったよりも長身で、だいたい180センチ後半くらいはあるのではなかろうか。俺は自分が悪いことをしているという実感があったためか、目の前に立ちはだかる巨体の恐怖に足がすくんで動けなくなった。一巻の終わり、さもなくば万事休すである。
しかし、一点おかしい所がある。その巨体のじじいがこちらに背をむけた状態で立っているのである。背中に目ん玉でも付いているのだろうか?俺はそう思ったりもしたわけなのだが、じじいは一度叫んだきり体が震えているだけで、その後何のアクションもなかった。俺は5分ばかり傍観していたのだが、じじいはただ単に「誰だ!」と言ってみたかっただけなのだと悟った。
俺はじじいをそのままにしておき、ドラム缶を開ける器具を探し回った。先ほどドラム缶があった場所にあるだろうと予測していたのだが、そこには何もなかった。
「うーむ、どうしたものか」
俺は立ち止まったままぼんやりと考えていたのだが、すぐに白い倉庫が視界に入った。この倉庫は怪しい。俺は倉庫に飛びつくように入って行った。中は意外に狭く、器具はあっさり見つかってしまった。さて、帰ろうと思った時、俺はある黒い物体に興味を示した。一瞬、花火かな?と思ったのだが、よくよくその物体の入った段ボール箱を見ると「弐号榎」と書かれていた。いわゆるダイナマイトである。何故塗装屋にダイナマイトなどあるのだろうかという疑問を抱きつつも、とりあえずダイナマイトくらい一つなくなってもバレないだろうと、二つあるうちの一つを盗むことにした。
俺は早速トイレに戻り、ペンキの入ったドラム缶を盗んだバイクで走りだし、それをウンコで黒くなったTシャツにたっぷりと付け、壁に付いたうんこの上をなぞるように塗りだした。塗っているうちに俺はペンキと便器の類似性に気が付き、ハッとした。語感も似ているが、よくよく考えるとどちらも白いし臭い。これはかなりの発見だと、俺の興奮は最高潮となり、まるで1990年代の吉川晃司を連想させるようなライブパフォーマンスを行った。このいわゆる「ペンキと便器」は安保闘争が盛んであった1960年代から70年代を生き抜いてきた労働者階級の主に富裕層の男子に受け、ビルボードで5週連続1位、メロディーメイカーで7週連続1位に輝いた。