第50話 「探し物は何ですか」
一旦家に戻った俺は、少しばかり休憩してから学校へ向かうことにしようと考え、自室の床に寝転がっていた。ぼんやりと眺める天井には数枚の美少女アニメ系のポスターが貼られており、そのポスターに描かれている萌え萌えの女の子たちが皆して俺を見つめてくるのである。
「そんなに見つめるんじゃねえよ…」
俺はキザっぽく前髪をふっと指でかきあげてから、兎に角屁をこいたのだが、その屁があまりにも臭かったため家の外へと避難することにした。
外へ出てみると、周辺の住民もわれやわれやと慌てふためき屋外へ避難していたようで、近所の路地はたちまち人という人で溢れ返った。数分後には何千人という数にまで膨れ上がり、その中でもわりかし人生に前向きな人たちが、
「そうだ。今からお祭りをしよう」
と言い出し、
「おお、そりゃあいいや」
と皆して祭りの準備をし始めた。
「祭りか。たまにはいいな」
俺は胸のワクワクを抑えながら、祭りが始まるまで家で時間をつぶすことにした。町内の祭りと聞いては文麿や阿南も黙ってはいないだろう。奴らもきっと来るはずだ。しかし、俺はそれが大変気にくわなかった。何故なら、この祭りは俺のお陰で開催に至ったという道程があるわけであり、そこに文麿や阿南といった今回の件について米一粒も貢献していない野郎どもが甘い蜜に吸い寄せられる虫のごとく群がってくることが許せなかったからである。とりあえず、文麿と阿南が来ないようにしなければ…。
俺は色々と試行錯誤をしてはみたものの、文麿と阿南を祭りに来れないようにする良い作戦が思い浮かばず苦戦を強いられていた。文麿はこういう行事にはかなり敏感で、俺がどんな手を打ったとしても、その包囲網を軽々と掻い潜り抜けてくるような強引な男だ。阿南は何も考えていない脳味噌の薄い男だが、そういう人間こそが本当の脅威であったりする。俺の予測できない行動で来られる可能性が充分にあり、こちらで事前に計画を立てるのは非常に難しい。いっそのこと、二人をこの世界から抹殺するということも考えたが、それは考え過ぎだ。俺の心の中にある道徳観を裏切ることとなる。そして、これ以上の罪を重ねることはもう出来ない。どっちみち、二人を抹殺することは、祭りに来ることを阻害するよりも困難である。それではどうするべきなのだろうか。俺は自問自答を幾度か繰り返したのち、とうとう一つの答えを導き出すことに成功した。
「そうか、俺が祭りに出なければ良いのだ!」
我ながらの名案に俺は有頂天となり、部屋の中でスキップをしながら走り回っていたのだが、途中壁に激突してしまったため、断念せざるをえなかった。
とりあえず祭りに出ないという作戦は良いのだが、ここに居ては危険だ。きっと文麿も阿南も俺を誘いにここへ来るはずだ。こうしてはおれん。俺はさっさと荷造りをして、どこか遠くへ行くことにした。どこが良いだろうか。しばらく考えた末に、ある重大なことに気がついた。
「あ、そうだ。俺は学校へ行こうとしていたではないか。よし、これは一石二鳥だ。そうとなれば早く学校へ行くことにしよう!」
しかし、俺は何故学校へ行こうとしていたのだろうか。ちょっと待てよと俺は考え込んだのだが、何故学校へ行く必要があるのかまったく思い出せない。これでは学校に行ったとしても、することが無いではないか。俺はまたしばらく目的地を脳内で検索しなければならなかった。こんな時に明菜さえいてくれれば…。
俺は明菜の存在の大きさを肌で感じ取っていた。
「だ、駄目だ!もう明菜はいないんだ。俺はもうひとりなんだ…」
頬をつたう熱い涙もそのままに、俺は明菜を忘れて生きていくことを誓ったはずだと自分自身に言い聞かせた。
「俺はもう決めたのだ。明菜を忘れて自立することを!」
そして、俺はその決意を裏切るように明菜を探すため家を出発した。
「やっぱり駄目だ。忘れられない…」
俺は人で混雑している路地を奇人のように歩いていた。すると、背後から中年の男性と思われる人に声をかけられた。
「おい、君!」
振り向いてみると、早川さんだった。
「あ、早川さん!お久しぶりです」
早川さんというのは、近所に住んでいるおじさんで、土木関係の仕事をしながら農業も営んでいるという働き者だ。周りからの人徳もあり、常に頼りにされている人なのだ。俺が小さい頃は随分と可愛がってもらったものである。
「本当に久しぶりだね。なんだか困ってるようだから声をかけてみたんだよ」
「ああ、そうでしたか。実は…」
俺は明菜のことを言い出そうとしたのだが、こういう話は何だか近所のおじさんには話しづらい。とりあえず、ここは違う話題にしておこうと、
「実は、今から来年通う学校の下見へ行こうとしていたのですよ」
と言ってみた。
「学校って、君の親父さんが行ってた学校かい?親父さんから話は聞いているよ」
「はい。その通りです」
「まさか学校まで歩いて行くつもりだったのかい?それはなんでも遠いだろう。良ければ車で送ってあげるよ。」
「ほ、本当ですか!?」
これは思わぬ展開だ。こういう手があったのか。何故今まで気がつかなかったのだろうか。このような交友関係を利用していれば俺は今頃とっくに目的を達成していたはずだ。俺の馬鹿馬鹿!
「で、では、お言葉に甘えて…」
俺は申し訳なさそうな顔でペコペコしている振りを装ってはいたが、内心では「馬鹿め。俺に利用されよってからに」と呟いていた。
早川さんはすぐに車を出してくれて、俺は助手席に乗り込んだ。学校への道のりも車だとスイスイスイだ。俺はこの何の変哲もない道を苦労しながら進んでいたのだな。そう思うと何だか色々と胸が熱くなってくる。車内で早川さんと他愛も無い話をしているうちに、俺は何だか落ち着いた気分になり、いつの間にか眠りについていた。
「おい君、起きたまえよ」
その声に目を覚ました俺は、
「あ、すみません。知らない間に眠ってしまいました」
と苦笑しながら、目を擦った。ふと頭上を見ると、萌えアニメ系のポスターがたくさん貼ってある。
「あれ?」
何故だろう。なんだかここは凄く懐かしいところだなと考えていたら俺の部屋だ。間違いない。
「いったい君は何をしているのかね」
そして、俺に問いかけてくるこの声の主は文麿だ。
「畜生!なんだ、夢だったのかよ!」
文麿がここにいるということは、既に祭りの噂を聞きつけたということだろう。何故俺はこんな重大な時に寝てしまったのだ。まったくもって大失態だ。
「くそったれ!まさかこんなことになるなんて!」
俺は自分でも信じられないほどに激怒した。
「君、何を怒っているのかね。それよりも大変なことが起こったのだよ。つい先ほど、そこの通りで早川のおじさんが交通事故にあってね。早川さん、覚えてるだろ。近くの病院に運ばれたみたいだけど、残念なことに救急車の中で亡くなってしまったらしいのだよ。今までそれは大変な騒ぎになってたというのに、君はよくも眠っていられたものだなあ」
文麿は呆れながら事の説明をした。
「え?早川さんが、死んだって…?祭りは…?」
俺は一瞬頭の中が真っ白になった。
「祭り?まだ寝ぼけているな、君は」
文麿は呆れ顔である。
「なんてこった…」
呆然とする俺をよそに、
「僕は今から早川さんの通夜に行く準備とかあるから、そろそろおいとまするよ。もちろん君も通夜には来るんだろう?」
文麿はそう言いながら部屋の外へ出て行った。
「あ、ああ。出るよ…」
俺はまだ呆然としながら返答した。
「じゃあ、また後ほど」
そう言い残し、文麿は去っていった。
「…」
ひとり残された部屋が嫌に静かだ。
「あーあ、俺どうすんだよ…」




