第47話 「ガラスを割り続ける十代」
不良高校生グループの見守る中、俺は獅子舞踊りを繰り出した。この優雅でしなやかな動きに、奴らはきっと面食らっているに違いない。そう思い、俺はニヤリと笑いながらふと不良たちの方へと目をやってみた。しかし、状況は何も変わっていなかった。
「ありゃりゃ…?」
俺がひとりで困惑していると、ブルーカラーの男がもう我慢できないという具合で、俺の顔面を殴打した。俺は当たり前のように鼻から血を噴出させながら吹っ飛び、その後数十分ほどの間、俺の記憶はない。
意識が戻った時には、もう不良グループの姿はなく、俺はひとり地面に倒れていた。
「た、たすかった……」
俺はそう口にすると、再びゆっくりと目を閉じた。実際、思いきり殴られたので助かったわけではないのだが、不良の恐怖から解放されただけでも、俺にとっては充分に幸福感が満たされたのである。
「あ、そう言えば、俺の自転車は無事だろうか?」
俺は自転車の安否を心配したが、すぐに路上に倒れた状態の黄色い子ども用自転車が目に入った。
「まあ、盗まれるわけ、ないか…」
俺は立ち上がり、服の袖で顔を拭くと、袖にはべったりと赤黒い血が付着した。頬がじんじんと痛む。しかし、何故かそれが心地良かった。俺は少年ジャンプに出てくるヒーローのようになった気でいたのだ。
「なんだ、この湧き上がる力は…?どんどん湧き上がってくるぞ!」
俺は突然走り出し、近くにあった大木にがっしりしがみ付いた。
「よし、てっぺんまで上ってやる!」
そう言うと、俺は大木にしがみついた状態で上へ上へと登っていき、丁度地上から三メートル付近の地点まで登りつめたのだが、途中手がすべったため、「うわーい」と言って地面に落下した。幸い打ち所が良かったのか、右足小指の骨折だけで被害をとどめることができた。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。俺には使命があるのだ。学長に直談判して、俺の希望を叶えるという使命だ。この使命には、仲間たちの命が懸かっている。絶対にやり遂げる必要があるのだ。俺は、仲間たちの顔を空に思い描き、必ず生きて帰ってみせると胸に誓った。
俺は再び自転車にまたがり、目的地である能勢大学を目指した。自分のテンションが戦闘モードになっているからなのか分からないが、先ほどよりも格段にスピードが上がっているように感じる。このまま行けば夕方頃には到着するだろう。俺はケツが頭よりも高い位置くらいまで上げて猛スピードで目的地に迫っていた。
とその時、公衆トイレが見えてきた。あの懐かしの公衆トイレだ。もう何のことか忘れてしまった方々もおられるだろうが、俺にしてみりゃ思い出がたくさん詰まった魔法の宝石箱である。いや、宝石箱と言うのはかなり言い過ぎたかもしれない。
「少し気になるし、記念に寄ってみよう」
俺はトイレの前にドリフトっぽい演出で自転車を停めようとしたが、失敗して横転した。しかし、俺はこんなこともあるだろうと前もって考えていたため、柔道の受身をとって回避しようとしたが、それも失敗して受身の姿勢のまま豪快に吹っ飛んでいった。ただ、運が良いことに周りには誰もいなかったため、恥をかくまでには至らなかったのだが、俺は怒り狂っていた。
よくよく考えてみると、この間から何一つ良いことが起こっていない。起こることは全て俺にとって不幸なことばかりだ。呪ってやる。この世界に生きる全ての生命体を呪ってやる。俺は占い師のように水晶玉を操るような手つきで数分ほど呪いの呪文を唱えていたのだが、それにも飽きたので、トイレの様子を見に行くことにした。
トイレの中は相変わらず壁や床が真っ黒な風貌で、ペンキや下水道の香りなどが混じった異様なニオイを醸し出していた。そして、ここで特筆しておかねばならない事項がひとつある。それはトイレの入り口に「立入禁止」という張り紙が貼ってあることだ。この張り紙は、俺が前にここを訪れた時にはなかったはずである。俺はすぐに、警察か何かが本格的に捜査にのりだしたのだと感付いた。内心、もう大丈夫だと思い込み、この事件のことはまったくと言っていいほど忘れていたため、ふいをつかれたように俺の心情は沈み込んだ。
「こ、これはやばいぞ……」
俺は自分自身が怯えていることを全身の震えと大量の冷や汗で実感せざるをえなかった。
そのような中、トイレの外壁に目をやると、なにやらポスターが貼られている。そのポスターを見た瞬間、俺は硬直した。全身が勃起した時のイチモツの硬さになったと言っても過言ではない。ポスターの上部には、「犯人逮捕にご協力を!似た人を見かけたらまずはお電話を!」と書かれており、その文字の下に、犯人の身体特徴などが表記されていた。
身長170cmくらい
やや細身
全身が真っ黒(顔まで真っ黒)
ダイナマイトを持って逃走
全裸
これを見た瞬間、これを証言した者が誰なのかが一発でわかった。あいつだ。マルヤマ塗装の居眠りじじいだ。俺がダイナマイトを持っている姿はあのじじいしか見ていないはずである。あのじじいしか考えられない。あのじじいが警察に通報し、このような証言をしてポスターが作られたに違いないのだ。俺はいったいこれはどうしたものかと盆踊りを踊る婆さんのごとく、トイレの周りを円を描きながらあたふたとうろついていたのだが、これはどうしようもないという結論に至った。
しかし、その結論を認めたくない俺は、未だ何か逃げ道があるはずだと手足をバタバタさせながら考えに考えた。




