第44話 「嗚呼、世界は素晴らしい」
いやに体がだるい。俺は無気力の中、二日間も眠り続けてしまったようだ。いつまでもぐうたら眠り続ける俺を見かねて、母親がわざわざ起こしにきたらしい。その時にエロ本が2冊見つかり没収されてしまった。このエロ本2冊は俺という人間を形成するのに重要な意味合いを持っていた。
1冊はいわゆるエロ漫画雑誌で、俺が小学生の時にあるルートから手にいれたものだ。そのあるルートというのは多くは語らないが、緒方君絡みだ。小学六年の時、俺が緒方君の家に遊びに行ったら、その本が置いてあった。俺はその本に興味津々であったが、それをひた隠しにして平然を装っていた。緒方君と一緒に「燃えろプロ野球」をやっていたが、全然集中できなかったことを覚えている。何故なら俺の球の方が燃えていたからに他ならない。そうやって俺は何とか緒方君には本当の気持ちを悟られないようやり過ごした。俺は、早く緒方君が便所かどっか遠くの国へ行ってくれないかと、ずっとその時を心待ちにしていた。緒方君さえいなくなれば、この本をじっくりと舐めまわすことができる。俺は無言の表情で緒方君を見つめていた。俺はこの暗黙の表情によって、緒方君に心中を悟ってほしいと思ったのである。しかし、緒方君は一歩も動こうとせず、見つめる俺に対しては鬱陶しいと感じただけであった。たまりかねた俺は、
「ねえ」
と緒方君に声をかけた。
「なに」
緒方君は不思議そうに俺の方を見る。
「いや、君は何でずっとここにいるんだい」
俺がそう聞いてみると、
「何でって…、別に意味はないよ。奥の部屋に行く用事もないし」
と、緒方君は少しぶっきらぼうに答えた。
「緒方君、今君がしていることが意味ないんだったら、むこうへ行くのも意味ないから同じことだよね」
「同じじゃないだろ。どっちも意味のないことでも、むこうに行くのは面倒くさいじゃないか」
「面倒って、まだ君は小学生だぜ。そんなんじゃ年老いた時どうするんだい」
「年老いた時も面倒だから同じことだろ。え、何なの?俺にむこう行ってほしいわけ?」
そこまでストレートに言われると、流石の俺も何もできなくなり、
「いや、違うよ。どこにいても俺ら友達だよなってこと言いたかったんだ」
とわけのわからないフォローをせざるをえなかった。緒方君はそれを聞くと少々笑いながら、
「なんかよくわからないけど、お前って変わってるよな!」
と言って、ゲームの続きをやり出した。俺はもうお手上げといった状態で、その時ばかりは虚無感に浸らずにはいられなかった。
しかし、俺が家へ帰ろうとした時に転機が訪れる。緒方君が、
「あのさ、これあげるわ」
と言って、部屋に置いてあったエロ本を差し出してきたのである。俺は突然のことでびっくり仰天であったのだが、冷静になれと自分に言い聞かせ、かなり欲しい気持ちを押し殺し、荒くなる鼻息の熱風を自ら鼻の下で感じながら、
「え、何で?」
と聞いてみた。すると、
「いや、君が欲しそうだし」
と言ってきたので、俺はカッと頭に血が上り、
「そ、そんなの欲しくなんか、ないやいやい!」
と怒鳴り散らした。一瞬、場の空気が止まったかのように感じたが、
「そ…そうか。わかったよ。ごめん。君は真面目だからな。じゃあこの本は捨てることにするよ」
と言って、緒方君は自室のベランダ窓からエロ本を放り投げた。
「あっ!」
気付いた時には、俺はひとり大きな声で叫んでいた。エロ本は始めはゆっくりと、じょじょに急降下で地面に落下した。その一連の様子を見守った後、緒方君はこちらに向き直り、
「じゃあ、もう結構外も暗いし、また明日遊ぼう」
と言って、ベランダ窓のカーテンを閉じた。
玄関先で数分他愛もない話をした後、
「じゃあ」
と言って、俺は緒方家を後にした。
しかし、その足は先ほどのエロ本が落下したであろう場所へ向かっていた。俺はエロ本の姿を確認すると、匍匐前進しながらエロ本を入手した。
「クックック、馬鹿め。俺がエロ本を欲しいということにも気付きもせずにな。これでこの本は俺のものだ。次はこの世界すべてを俺のものにしてやる」
俺はそう呟き、自宅へと戻った。
しかし、今考えても不思議なのだ。
何故、緒方君は窓からエロ本を落としたのだろう。




