第4話 「意志の勝利」
三分後、俺は「くそー」と言いながらトイレに戻ってきた。
「一体どうしたもんか」
今後のことを考えると憂鬱でたまらない。しかし、考えなければならない。壁にうんこがベッタリ付いている事実は誰にでも明白である。
決してここで捕まるわけにはいかない。
決して……。
そういえば俺は昨日からあまり寝ていないからとても眠い。とりあえず、これ以上悪あがきをしても埒があかないと思い、俺は束の間の休息を取る事にした。小便器を枕にして寝ようとしたが、たまに自動センサーで水が流れるので頭頂部が少し冷ややかになることに憤りを感じざるをえなかった。
三十分ばかし寝た後、作業再開にあたり作戦を練ることにした。擦っても取れないんだ。
擦っても、擦っても、擦っても……、こんなに擦っても!!
と叫びながら、俺の隣にうまい具合にあったパイプ管に水平チョップをかましたのだが、あまり距離感をつかめていなかったせいで激しく突き指をした。そのあまりの痛さに俺は「く~~~」と言いながら地面に突っ伏した。
調度その時、トイレに人が一人入ってきた。だいたい五十前後のおっさんだ。おっさんは地面に倒れもがいている俺を見つけてかなり驚いたようで、
「君、大丈夫か!?」
と駆け寄ってきたのだが、
「突き指、痛い!!」
と俺が泣き叫ぶと、おっさんは慌ててトイレから出て行った。
突き指の痛みも治まり、俺は不死鳥のごとく立ち上がった。
「仕切り直しだ」
俺はいつか言ってやろうと思っていた決め台詞をここで言い放ち、床に座り直したのだが、あまりの臭さに「くさっ」と叫んだ。今更と思われるかもしれないが、壁についてるうんこが結構くさい。いや、結構なんて言葉で遠慮している場合ではない。とにかく滅茶苦茶くさい。
「あー、くさ」
俺は立ち上がると一旦外に出てから一つ大きな深呼吸をし、気分を一新させてからもう一度トイレの中に入ったのだが、相変わらずくさい。これは捕まる。見つかれば確実に捕まる。こんなくさいのが無罪であるわけがない。もし裁判になったとしたら俺はどういう弁論をすればいいんだ。
とても無罪なんて主張できるわけがない。町には既に俺の顔写真入りポスターが溢れ返り、パトカー数十台が俺のことを探しているに違いない。向かいのホーム、路地裏の窓、こんなとこにいるはずもないのに。全国指名手配ともなれば、もう国外逃亡しかない。いよいよこれは大変なことになってきたぞ……。
俺は迫り来る恐怖に震え、怯えたが、それも一瞬の出来事であった。
「クックック……」
俺は意味深な微笑を浮かべ、ゆっくりと反転しながら句を詠った。
「消えぬなら 消してみせふ 壁の糞
それでも消えぬというのであれば……、
消えぬなら 隠してしまへ 壁の糞」