有名になる
俺はフィオナと手合わせをするために、顔を洗い、服を着替え、部屋を出る。外で待つと言っていたので部屋の外にいれのかと思っていたが、どうやら宿の外で待つという意味だったようだ。
(はぁ……今更だけど緊張してきた…勢いで手合わせすることになったけど、正直気乗りしないなぁ…相手は女子だし…ケガなんかさせられないっしょ…)
こんな事を考えるヘタレな俺であった。
宿の階段を降りると、不意に下の方から声をかけられる。
「おはようございますマサルさん。どうかしたんですか?なんか表情が暗いですけど…」
金の鶏亭の看板娘リンダさんだった。
「いや、フィオナとちょっとね…」
「フィオナさん?そういえば、さっきめったに表情を顔に出さないフィオナさんが上機嫌で出ていきましたけど…なんかあったんですか?」
「それが…成り行きでちょっと手合わせすることになっちゃってね…」
「えっ?フィオナさんとですか?彼女、あんまり知られていないようですけど、かなりの実力者らしいですよ?確かCランク冒険者だとか…」
「し、Cランク…」
リンダさんの口から衝撃の事実が告げられる。
この世界でのステータスはその人の実力が分かりやすく数値化されてはいるが、絶対の強さを表しているわけではない。
ステータスは高いが戦闘経験のない素人冒険者がステータスの低い熟練冒険者に勝てるかと言われてもまず勝てない。
あくまでステータスはステータス、技術は技術なのだ。
積み重ねてきたものが違う。
ステータスがいくら高くても、それを使いこなすだけの経験を積まなければ実力は発揮できない。
ランクの違いというのはそのまま技術の違い、つまりは実力の差を表しているのだ。
(俺よりも強いだろうとは思っていたけど…ステータスを見て侮ってたな)
「情報ありがとうございます。リンダさん」
「いえいえ、それより引き留めておいてなんですけど、早く行かなくていいんですか?」
「あ!そうでした!じゃあ、また!」
そう言って俺は宿の出口へと走った。
しばらく走るとすぐに広場が見える。そこにはたくさんの人、そしてその中心にフィオナがいた。
「おい!貧弱剣士が来たぜ!」
俺が来たことに気づいた一人が叫んだ。するとフィオナの周りにいた人達が一斉にこちらを振り返り俺について話し始める。
「あれが貧弱剣士?」
「見るからに弱そうだな。あれならこの二つ名に相応しいな」
「あんなのが舞姫と勝負になんのかよ」
「でも噂だと最低でもランクCのブラッドオーガを一人で討伐したらしいぜ?」
「あのブラッドオーガを?冗談だろ?」
話の内容を聞く限り周囲の人達は皆フィオナと俺の決闘を見に来たらしい。どうやらこの町には暇人が多いみたいだ。
「‥‥マサル」
なんて事を考えているとフィオナが俺を呼ぶ。
「悪い。待たせたか?」
「‥‥大丈夫。‥‥じゃあさっそく始めよう?」
よほど楽しみにしているらしい。
フィオナは俺に短く返答すると手合わせを促してくる。
「ああ。こっちの準備は大丈夫だ。いつでも始めてくれ」
「‥‥わかった。‥‥じゃあこっち。立会い人がいる」
フィオナはそう言うと広場の真ん中に俺を連れて行く。そこには見知った男が立っていた。
「‥‥この人が立会人」
「よう。久しぶりだなマサル」
フィオナが紹介すると男が俺に笑いかける。
「なにしてんのカイル?」
立会人はバーグの護衛、Dランク冒険者のカイルだった。