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 翌日の午後、美冬はばっちりオシャレしてルンルンで出かけていった。啓吾はそんな娘に「どこへ行くんだい」などと野暮なことは聞かない。たとえ父一人娘一人だからといって、娘に固執するような言動は啓吾のプライドが許さないのだ。

 

 だが足早な冬の日が落ちて、イルミネーションが輝き始めると、啓吾はふっと侘しさを覚えた。冷凍庫には美冬が彼のために特別に買ってくれたステーキ用の肉が入っている。誰に気兼ねもなく、激レアのステーキを食べるという予定も、今ひとつ気持ちを浮き立たせてはくれない。かといって、カップルだらけのレストランで、ひとり食事を取る自分の姿をイメージするとこれまた切なくなってくる。


――そうだ。美冬にクリスマスプレゼントを買ってやろう

 ほんの一時間ほど買い物にでかけるくらいなら、どうということもない。啓吾は先日デパートで見かけたすばらしく綺麗なピンクのストールを思い出した。あの色は純白な百合のように色白な美冬にきっとよく似合う。啓吾は急いで着替えると、街へ出た。


 街は光に包まれている。クリスマスソングがあふれ、ケーキの箱を抱えた親子連れが家路を急ぎ、至るところからチキンの香りが漂ってくる。定番だが、街の華やいだ雰囲気は、啓吾の心を活気づけてくれる。


――やっぱりクリスマスはこうじゃなきゃあ

 啓吾はひとりごちながらデパートのエスカレーターに乗った。

「南原先生!」

 その時下りのエスカレーターから女性の声がした。すれ違いざまに声の主と目が合った。

 大学の事務局で働いている高橋真由子だった。普段はどちらかといえばおとなしい、控えめな感じの真由子が、啓吾に向かって手を振っている。おまけに下の階についてすぐに上りのエスカレーターに乗って、啓吾のところへやってきた。

「先生、こんなところでお会いできるなんて。お買い物ですか?」

 心なしか仕事中よりも少し濃い目にメイクした顔が紅潮している。

「あ、ああ。その、娘にクリスマスプレゼントを買ってやろうかと思い立って」

「まあ」

 

 真由子の笑みがこぼれた。啓吾の心臓がドクンと鳴った。

「いいお父様ですね!」

「ところで君は?」

「今日が仕事納めだったんです。なかなか街にお買い物に行く時間がなくて。でも手袋がずいぶん古くなってしまったので、クリスマスだし、ちょっと贅沢してもいいかなと思ったんですけど」

「気にいったものはみつかりましたか?」

「あっ、いえ。やっぱりデパートではちょっと……」

 そう言えば、バッグにしろアクセサリーにしろ、真由子がブランド品を身につけているのを見たことがない。

 

 実は啓吾は真由子のことを結構気に入っている。今風のキャピキャピした感じがないのが好ましい。古風なんていうのはもはや死語になっているが、真由子は古風な日本女性という形容がぴったりの、おっとりしたタイプだった。今の話を聞く限りどうやら恋人もいないようだ。


「こんなところで会ったのも何かの縁です。もし迷惑でなければ、その手袋僕がプレゼントしましょう」

 真由子の顔に、歓喜と戸惑いの入り混じった表情が浮かんだ。

「そんな。私、そんなつもりで先生にお声をかけたんじゃあ…」

「なに、僕のきまぐれだと思って気にしないでください」

 

 啓吾はすたすたと歩き出した。真由子も少し遅れてついてきた。美冬のストールを包んでもらう間に、啓吾は真由子をうながして手袋を選ばせた。真由子はおそるおそるファーのついた白い手袋を見せた。啓吾はそれを受け取り、店員に「これとそこのブルーのストールも一緒に包んでください」と頼んだ・

「先生、ほんとに困ります」

 

 啓吾は引きとめようとする真由子を振り返った。

「クリスマスにプレゼントをあげる人がいるのは幸せなことなんですよ。そう思いませんか」

 デパートを出たところで真由子は深々と頭を下げた。

「本当にすみませんでした」

「その代わりひとつ僕のお願いを聞いてくれませんか?」

「ええ、何でも」

「もし貴女に予定がないのなら、これから一緒に食事でもどうです?」


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