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「パパ大好き!ヴァンパイアだけど」シリーズの1作目です。優しいヴァンパイヤの啓吾パパと、しっかり者の娘美冬ちゃんが繰り広げるハートフルコメディー

 ブロッコリーのソテー、芽キャベツと人参のスープ、レタスとパプリカ、オニオンのサラダ。食卓に並んだ料理を見て、南原啓吾は娘の美冬に聞こえないようにそっとため息をついた。

「何だか街がずいぶんキラキラしてるな」

 都心にあるこのマンションの八階からは街の夜景が一望できる。

「だってパパ、明日はクリスマス・イブだもん」

「ああ、そうか」

 大学でフランス文学を教えている啓吾は、学校が冬休みに入っているので、日にちや曜日の感覚がなくなっている。


――それじゃあ明日の夕食は、血のしたたるようなローストビーフなんかが食べられるかな?

 一瞬そんな期待が頭をよぎったが、美冬はベジタリアンだ。彼女の思考には肉という選択肢は存在しない。それに第一年ごろの娘が、クリスマス・イブに父親と二人で夕食を食べるはずもなかった。明日はきっと、あのマッチョな隼人とかいう彼氏とデートして、プレゼントをもらい、ラブラブな夜を過ごすのに違いない。


――エレーヌ

 啓吾は美冬の母親とパリで過ごした夢のようなクリスマスを思い出した。

 それは22年前、啓吾がまだ大学の講師をしていて、一年間パリへ留学した時だった。ルーブル美術館へ絵を観に行って、若く美しい画学生エレーヌと恋に落ちた。当時ソフィー・マルソーの大ファンだった啓吾は、ソフィーと同じ栗色の髪と、意思の強そうなくっきりと大きな瞳のエレーヌに夢中になった。

 

 しかし、別れの時は来た。啓吾は一緒に日本に行って欲しいと懇願したが、エレーヌは「私、パリ以外の場所では生きていけないの」と答えた。世界一と言われる美味しい料理やお菓子、美術館や劇場、その全てがエレーヌにとっては恋人と同等の価値を持っていた。国境を越えた恋は、明治の文豪の小説のような展開にはならなかった。啓吾は一週間泣き明かし、目を泣き腫らしたまま帰国した。

 

 そのエレーヌが日本にやってきたのは、それから一年後。空港に降り立った彼女の腕の中で、三ヶ月になる美冬がすやすやと眠っていた。

「あなたとあたしのベビーよ。あたしは日本で暮らすことはできないけど、代わりにこの子をあなたにプレゼントするわ。あなたはとても優しい人だから、きっと大切に育ててくれると信じてるわ」

 エレーヌは一週間ほど日本に滞在し、そう言って美冬を啓吾に託すと再び機上の人となった。そのエレーヌからは今年も五人目のダンナとのツーショットが送られてきたから、啓吾が彼女と結婚できなかったことは、よかったのか悪かったのか本当のところわからない。そして啓吾はエレーヌに言われた通りに、美冬を大切に育て上げ、美冬は母親に似た美しい瞳の大きな女の子に成長した。


「パパ、パパったら」

「ああ、何か言ったか?」

「今遠い目をしてたわよ」

「うん、お前のママを思い出していたんだ。私たちはモンパルナスのカフェで素晴らしいイブを過ごしたんだよ」

「ふーん。でもなんか分かる気がする。だってママ、今でも全然素敵だもんね」

「そうだろう。お前は私が初めて会った頃のママにそっくりだよ」

「ありがと。ところでパパ…」

 美冬の口元がきゅっと引き締まった。これは彼女が真剣な話をする時の癖だ。

「なんだい。まさか、あのミスター・マッスルと結婚したいって話じゃないだろうね」

「またぁ、そんな言い方して。ちゃんと宮内くんって名前があるんだから。違うわよ。あのね、明日はイブだから、ふらふら出歩いてはだめよ」

「わかってるよ」

 啓吾は娘の顔から目をそらした。

「もう、ちゃんと聞いて。幾ら日本のクリスマスがただのお祭りだっていっても、一応キリスト様のお誕生日なんだから、どこにどんな危険が潜んでるとも限らないでしょ」

「わかってるって」

「明日はあたしは出かけるけど、パパはちゃんとここで大人しくしてなきゃだめよ」

「はい、はい。ちゃんと自宅謹慎してるから、お前は何も心配しないでマッスルくんと楽しい夜を過ごしておいで」

 美冬は啓吾の返事に、まだ不満そうに頬をふくらませた。


 美冬が自分のことをとても心配してくれているのはわかる。なぜなら啓吾はヴァンパイヤだからだ。ただ、吸血鬼といっても人血が主食というわけではない。毎日の食事は人間とまったく変わらない。啓吾にとって血液は、アルコールや煙草と同じ嗜好品のようなものだった。それに真正の吸血鬼のように、犬歯が伸びて首筋にがぶりというような凶暴な構造にもなってはいない。舌苔にそういう機能があるらしく、ほんの虫刺されほどの傷から、少量の血液を吸うことで満足できる。だから啓吾の場合は、吸血鬼とはいっても純血種や外来種ではなく、日本型の亜流なのかもしれなかった。

 

 エレーヌも美冬も、啓吾がヴァンパイアであることには理解があって、特にエレーヌはデートの時には必ず美味しい血液を、デザートとしてプレゼントしてくれたものだ。飲まなければ死ぬというものではないが、あまりに長い間吸血しないとどうやら細胞が老化していくらしく、短期間に年を取っていく。美冬もそれを知っているので、時折の父親のアバンチュールには寛大だった。

 それでも以前に教え子の、教会での結婚式に列席して貧血で倒れたり、知らずにまるごとのニンニクの入ったギョウザを食べて、ノロウイルスと同じ症状が出たりと、吸血鬼ならではの特性も持っているので、美冬はそんな父親を気づかっているのだった。


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