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「そのくらいにしなさい、ドライ」
複数の男を痛めつけている青年に、女は声をかけた。
「だがッ」
「やめなさい……?」
くってかかる青年を、女は細い眼で見つめた。
すると、青年は不服そうではあるが、男の襟から手を離し、男たちから距離をとった。
「……分かったよ、姉さん」
「私はあなたの姉ではないわ」
青年の発した言葉に、女は美しい顔を歪めた。
「ああ、いや、分かってるんだ。だが、この呼び方は仕方ない。見逃してくれ」
「それはできない。」
青年を、女は睨んだ。
睨まれた青年は怯んだ。
「私の弟は、ジ、一人なのだから。」
だが、次に続いた言葉を聞き、呆れた顔をする。
「相変わらずお熱いこって。」
「ジはあなたと違っていい子だもの」
* * *
少し離れた場所にて。
青年に痛めつけられていた者の仲間の男たちが、少年と、彼の操る獣たちに弄ばれていた。
そして、逃げまどいながら、戸惑いの表情を浮かべていた。
「な、なぜだ」
「獣使いは弱いはず」
男が発した疑問に、少年は律儀にも応えた。
「僕は獣使いじゃなくて、ネクロマンサーだから」
少年が足を止めて応答する間にも、彼の操る獣たちは、男たちに襲いかかり続けている。
「たまたま対象が獣なだけだってか?
だからってこの強さはあんまりだろうッ」
「化け物だ!!」
男が叫んだ。
そしてすぐに、少年の応答を聞く前に、小型の獣によってしとめられた。
「主が強いからね。」
「主?」
「僕は既に、死んだ身だから。
主が僕を操ってる。」
「ネクロマンサーに操られるものの身体技能はネクロマンサーと同等だという……その主とかゆうやつぁ化け物か──?」
男の漏らした無意識であろう呟きにすら、聴力の優れた少年は反応する。
「うん、確かに主は化け物だ。」
「おいおい、主人に向かってそれはあんまりだろう?」
少年の返答に反応したのは、獣たちに追われている男たちの1人ではなく、少年の主人である長身痩躯の男だった。
「あ、主。いらしたのですか」
「おまえにあんだけ言われりゃなぁ」
暢気に大きな欠伸をする主人に向かい、少年は笑いかける。
「それほど言っておりませんよ?」
「あいつ等殺してやろうか?」
あいつ等とは、少年の操る獣たちのこと。
「もう死んでますよ?」
「対象になんないくらいにちぎってやるよ。」
ネクロマンサーの操れる死体は、ある程度原形を保っているものに限られる。
だから原型をなくすほどの何かがあると操る対象にできないのだ。
それを別にしても、少年は、獣たちのことを気に入っていた。
「それは困ります。」
「俺も困るがな。」
「では大丈夫ですね。」
「ああ。ギリギリ対象になるくらいの傷を、代わりにテメェに与えてやるからよ」
「こわいです」
「ジ、主、あまり言い争っている場合ではないかと。
敵が逃亡中です。」
そう横から告げたのは、笑顔で青年の首を片手で握りつぶしている女。
見ると、男の数が減っていた。
「追え、モノ」
「了解。」
女はそう応えると青年の首から手を離して駆けていった。
「ジも獣に追わせろ。」
少年は女が駆けていった方向へ顔を向けた。
その両の眼は獣たちを追っているが。
「みんなが、ここで待ってれば大丈夫だと言っていますが」
「根拠は?」
「荷物がおいてあるので、しばらくすれば取りにくるのではと。」
「あれが爆弾などではないと言い切れるのか?」
「はい。食料のにおいがします。」
「では待機。攻撃に備え、警戒。
俺は昼寝に戻る。」
「主の元においていたはずのものは?」
「眠らせてきた。」
「護衛なのに」
少年は肩を落とした。
「俺は守られるほどヤワじゃねぇ」
言い放つ主人を疑いの眼差しで見つめ、
「つん」
少年は、小さな手の細い指で主人の背を軽くつついた。セルフ効果音付きで。
「痛ってぇ!テメェ何すんだッ」
「軽く主の塞がっていない傷をつついた。」
「いい度胸だなぁオイ」
「ヤワです。こんな傷を負っているのに平気なフリをしているのですから」
「チッ……まぁいい。モノには黙っとけよ」
「モノは耳がいいので、聞こえてますよ?」
「……死ね」
恥ずかしげにそう言って去っていく主人の背を見送り、少年は獣たちに、命令を下した。