うろな町長の長い一日 その四 『駄菓子屋の町長』編
【三衣】
うろな町企画も一年ですね。
企画に参加して、色々と考えることも多く、本当に実りのあるものだと感じています。
本当に感謝しております。おめでとう町長!ありがとうシュウさん!
【千月】
自分の作品で完結までの構想を練ることが出来た作品を作れたこの企画にホントに感謝しています。
面白い作品にもたくさん出会えました!
そしてこれからもどうぞよろしくお願いします!
5月25日 朝
うろな商店街。ここ、うろな町の商店街はうろな西駅の南に位置する。
古き良き人情味に溢れる場所である。天狗仮面、琴科平太郎は相も変わらずのジャージ姿に天狗の面と唐草模様のマントを羽織り、同居人である猫塚千里と共にアーケード下を歩いていた。その手には赤い番傘が握られている。
前日まで雨だったが、今日は晴れた気持ちのよい日である。
「今日は良い日である」
「そうねえ。それに、今日は面白いことがあるのよ」
千里はくすくすと笑いながらオクダ屋を指差した。「だから、寄っていきましょう」
オクダ屋では数人の子供たちが賑やかに菓子を選んでいる。天狗仮面が店に入ると、「あー、天狗だー!」「天狗のおっちゃーん!」などとさまざまに声がかけられ、天狗仮面もまた気さくにそれに返答をする。子供たちが朗らかに過ごすその光景に天狗仮面は満足そうに頷き、店主である老婆に声をかけた。
「いつ来ても、気持ちの良い場所であるな。
息災そうで何よりである」
「はいよぉ、天狗も元気そうで何よりだ」
挨拶を交わし、世間話をしていると店によく見知った少年たちが入ってきた。この春に中学生に上がったばかりの4人組である。
真島祐希、皆上竜希、金井大作、相田慎也の4人はうろな中学に通っている。
「お、天狗兄ちゃん」
「こんにちは、天狗さん、千里さん」
「珍しいじゃん。いつもは夕方に町の見回りなのに」
「あ、師範がまた組手しに来いって言ってたぜ」
「うむ。久しぶりであるな。
今日は千里に連れ出されたのだ。
藤堂殿には近いうちに行くと伝えてくれ」
4人の中でも一番大柄なダイサクは春から藤堂義幸が師範を務める道場に通っている。そこで心身共に鍛えられているためか、最近はユウキと小競り合いのようなケンカをすることは少なくなっていた。
他の3人も、それぞれが違う部活に入り新しい生活を送っているのだ。それでも、こうした休日などには今までのように集まって遊んでいるのである。
今日もこれから中央公園で遊ぶらしく、ここで菓子を買ってから昼食を挟んで夕方まで遊ぶようだった。
店内にいる他の子供たちにも「お前らも来るか?」と声をかけている。
○ ○ ○
子供たちや天狗仮面がオクダ屋にいるころ、町長もまた商店街を歩いていた。
朝から企画課の二人に叩き起こされ、半ば無理やり追い出されるように町の散策に出た彼は特に当てもなく町を歩いて回っていた。
「あ、奥田のばあちゃん、元気かな……」
誰にともなく呟き彼が商店街の一角にあるオクダ屋へと入ると、そこにいた子供たちやよく見知った天狗の面が彼を出迎えてくれた。
「おお!町長殿ではないか!!」
「え?……あ、本当だ。
こんにちは!町長!」
「ユウキ、何でちょっと間が空いたんだよ。
入学式で挨拶をされてただろうがよ」
「え、いや、スーツじゃなかったから一瞬分かんなくてよ……」
そう言って失礼な事をいうユウキをダイサクはぺしりとはたく。道場に通うようになってから礼儀正しくなってきているダイサクは4人の中でも一層頼りになる雰囲気を出してきていた。
「町長の坊かえ。早いもんだ。もう1年かい」
「そうだぜばあちゃん。俺たちも中学生だぜ」ユウキがそう言ってのける。
「いや、ユウキよ。町長が就任してからの話であるぞ。
千里、今日は何日であったか」
「25日よ。奇遇ねえ。ちょうど今日だわ。
就任してから今日でちょうど一年」
「なんと!そうであったか!
それはめでたいではないか!」
そう言う天狗仮面に「あはは」と軽く笑いを返しながら、町長は頭を掻く。「なんだか気恥ずかしいな」
オクダ屋の店主もまた、にこやかに町長に言葉をかけた。
「なんのなんの。まだ一年じゃあて。
坊が頑張っとるのはようよう知っとるよ。
じゃけ、まんだこれからだ。
わしらぁ、ちゃんと見とるでの」
「ありがとう、ばあちゃん。
でも、相変わらず呼び方は坊なんだ……」
その場にいた子供たちも、話を聞いて「おめでとー!」「町長おめでとー!」などと声をかけている。
「町長、おめでとうございます。
これからもますますのご発展を期待しております」
ダイサクが綺麗に腰を曲げ、お辞儀をしてみせる。
その姿に、天狗仮面は思わず面を落としそうになり、千里も目を丸くする。子供たちは口をぽかんと開き、オクダ屋の店主だけが一人にこにことその姿を眺めていた。
「うん、ありがとう」町長が手を差し出し、ダイサクもまたその手を握る。
「さすが、天狗さんのトコの子達は礼儀正しいって聞いてた通りだ」
そう笑顔を向けると、天狗仮面はすっと視線を逸らさざるをえなかった。天狗仮面の知るダイサクは、皆の良きガキ大将的な存在ではあったものの、ここまで礼儀正しくはなかった。
「うむ!……と胸を張りたいところであるが、これは私の力に依るところではない。
子は、見ていないところでも育つものである」
「だって藤堂師範、そういう所すっげえ怖いんだぜ」ダイサクが言う。
「キミ、藤堂さんの道場に通ってるの?
僕もたまに整体でお世話になるんだよ」
意外な接点に一同は目を丸くしながら、二言三言、言葉を交わす。
「けどよ、みんな、ひどくねぇか?天狗の兄ちゃんまでよ。
俺だってやりゃできるんだっての。ほら、あれだ。
能ある馬鹿は爪を隠すってヤツだ。やりゃできんだよ、俺も」
腕を組みながら放たれたそのダイサクの言葉に、子供たちと天狗仮面は胸をなで下ろし、オクダ屋の店主は逆にやれやれと頭を振っていた。
「よかった、それでこそダイサクだぜ!」ユウキはびっと指を立て、
「なんで馬鹿が爪を隠すんだよダイサク。鷹じゃん」シンヤが冷静に間違いを正し、
「……おかえり。ダイサク君!」タツキが慈愛に満ちた顔で微笑む。
「てめえらぁ!」
ダイサクが3人を追いかけるようにして、賑やかに中学一年の4人組は去って行った。
千里がそれを見ながらくすくすと笑い「面白い子たちねえ」と笑った。天狗仮面はこほん、と一つ咳払いをして町長に向き直る。
彼は感謝してもしきれなかった。今の自分があるのは、間違いなく目の前にいるこの人物と、先代の町長のお蔭であるからだ。面の位置を正し、言葉を紡いだ。
「町長殿。私は本当に感謝しているのだ」
「どうしたんです?畏まって」
「今の私があるのは、先代が私を受け入れてくれ、
当代の町長殿が私を助けてくれたからに他ならぬ」
「えっと、僕、何かしましたっけ?」町長が首をかしげる。
「む?」
天狗仮面もまた、首をかしげる。昨年の年末、彼は弱り果てていた。うろな町を去らねばならないとさえ思っていたほどである。
しかしそこで町長に会い、そして言葉を交わした。その言葉を受け、彼は町で生きていく決心を固めたのである。その際に彼はその面を外し、町長に天狗の姿を見せたのだが、彼はまるでそんなことは知らないという素振りであった。
天狗仮面はふと後ろを振り返り、千里を見た。くすりと笑って、ぺろりと舌を出す千里。どうやら、その辺りの記憶は町長から消えてしまっているようだ。千里め、手を回したのだなと思い至り、天狗仮面は再び町長に向き直る。
「いやなに!公機関の整備の手配、暗い場所への電灯の設置。
意見箱からの要望が素早く実現されるのは素晴らしいことである。
おかげで、私も不審人物に間違われる事がずいぶん減ったのである」
呵呵と笑いながら誤魔化しにかかる天狗仮面。例え町長が憶えていなくとも、彼の中にある感謝の気持ちが揺らぐことは無い。
「それは僕じゃなくて、天狗さんのご尽力の賜物ですよ。
それに、町が良くなっていくのは皆さんのおかげですよ、やっぱり」
「それでも、感謝は尽きぬものである」
力強く天狗仮面が頷き、番傘を左手に持ち替えて右手を差し出した。本来であれば、熱い抱擁を交わしたい程の気持ちが天狗仮面にはあったが、何やらおかしな話になっても困るとそれは控えておいた。
町長が手をとり、二人は固く握手を交わす。店の奥から、オクダ屋店主の声がする。
「坊。素直に感謝を受け取ることも大切じゃあて。
あんたぁ、この町の町長さんだ。胸を張んなぁ」
その言葉に、町長が俯き「ありがとう、ばあちゃん」とつぶやく。少し、その声は震えていた。
天狗仮面は何も言わずに、ジャージのポケットから唐草模様のハンカチを取り出し「町長殿、これを」と言った。
「あ、どうも……」
軽く目尻を押さえ、町長はハンカチを天狗仮面に返す。
「ありがとうございます。
これからも頑張ります」
笑顔で言う町長に対して、千里が目をすぅっと細める。口の端が上がる。彼女は楽しんでいた。町長に近づき、「こちらこそありがとう、町長さん」と言った。
「朝はあの騒がしい二人組に起こされて大変だったでしょう。
ところで……もうすぐお昼だけれど、昼食はどうなさるのかしら?」
「え、あ、どうして知ってるんです?
とりあえずぶらぶらしてただけなんで、全然考えてないです。
美味い蕎麦を出す店が近くにあるので」
「ダメよ」
台詞を遮って、千里はゆらりと町長を指さす。
「え?」
「今日のお昼は『流星』に行きなさいな」
「また何か企んでいるのだな、千里よ。
不明瞭な発言で申し訳ない、町長殿。
しかし、悪いようにはならぬはずである」
「え、と。じゃあお昼ごはんはそこで」
そう困惑気味に町長が言うと、千里は満足そうに「それならいいの」と微笑んだ。
○ ○ ○
町長と別れ、天狗仮面と千里もオクダ屋を後にする。
商店街のアーケードは賑やかだった。二人はのんびりと肩を並べて歩く。
「千里よ。何を企んでいるのであるか?」
「あら。おねーさんだって本当に感謝しているのよ。
だから、ちょっとだけお返し。美里ちゃんと、
そのお友達の風野さんにも手伝ってもらっちゃった」
くすくすと笑う千里。やれやれというように首を振る天狗仮面だったが、手にしている番傘、唐傘化けの傘次郎は「心配ありやせんぜ、アニキ」と周りに聞こえないよう、耳打ちするように言った。
彼は千里の悪巧みを事前に知っていたからである。リビングの電話で美里に話していたことや、佐々木という男性に声をかけていた事をかいつまんで天狗仮面に伝えた。
それを聞いた天狗仮面は「ふむ」と得心し、「ならば問題はあるまい」と頷いた。
自分たちもどこかで昼食をとろうとしていると、ポニーテールを揺らしながら走る少女が走って行くのが見えた。
「む、あれは……」
「リズさんじゃない。
あんなに一生懸命走ってどこへ行くのかしらね」
同じうろな町に住む仲間である彼女とはひょんなことで出会い、今では気軽に言葉を交わす仲である。
トレードマークのポニーテールを揺らして走っていった彼女を見て、千里がくすりと微笑む。
「きっと誰かのためね。いい子だわ。あの子
面白そうだから覗き見しちゃおうかしら」
「遠見の術であるか。あまり感心はせぬが……
ふむ。良い場には、良い者が集うものである。
よしんば良からぬ者がいたとしても、私がいる」
「ふふ、そうねえ。
便りにしているわ、平太郎」
「こら、面をつけている時は天狗仮面と呼ばぬか」
軽口を交わしながら、変わらぬ風景の中を二人は歩く。
こうしてくつろぐ事ができるのも、ここ、うろな町にいるからこそである。
様々な人やもの、人外がうろな町には住んでいる。
天狗仮面、琴科平太郎は今日も町の平和を守るために唐草模様のマントを揺らし、ジャージ姿に天狗の面をつけて町を往くのである。
次は綺羅ケンイチさんです。
12:00投稿予定!
綺羅さんのホームURL
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町長の一日はまだまだ続きますよー。