Episode1-2 boy met girl
入学式に引き続いて行われた新クラスでのホームルーム。その内容は明日に持ってくる準備物や明日の大まかな予定の説明、そしてクラスメイトへの自己紹介だった。その中には友香、和人、加えて真那がいた。そして明日の予定は自分のFDRの登録らしく、蓮架は若干冷や汗が流れる感覚を覚えた。
そんなホームルームも終了し、蓮架は友香と和人、そして真那を引き連れて食堂へ向かった。その時に和人は蓮架に何か言っていたが肘で黙らせた。
この若川学園はどこかの軍事基地と思えるほど広大な土地に、3棟の一般棟に加えて2棟の特別棟と体育館兼講堂、食堂、そしてその敷地の3分の1を占める巨大な実習施設がある。因みにその広大な土地は、強力な障壁術式による魔法的な守りとあらゆる場所に設置された監視カメラなどによる電子的な守りによって安全が維持されている。外からは障壁、内部ではカメラといった緻密に巡らされたセキュリティ。
まるで籠の中の鳥だ。
そんなことを考えつつ、食堂へ足を踏み入れた。案の定、食堂にも監視カメラが設置してあった。確かに監視カメラがある分、校内での違反行為は少なるかも知れない。だが、それは自由を代償として成り立っている仮初めの平和。
それは社会も同じ。
彼は和人が真那と友香と一緒に他愛もない話をしていた時にそんなことを考えていた。その内容がちょっとだけ過激に聞こえたことは周囲の人には内緒のことだ。
「ちょっと逆位、何難しい顔してんのよ」
友香が怪訝そうな表情で彼の顔を覗きこむ。蓮架は少し遅れて彼女の顔が自分に向いていることに気付く。急な呼びかけに彼は呆けた表情を晒しながらも会話を繋ぐ。
「いや、ちょっとした考えことだよ」
「ふ~ん、どんな?」
「そんなに深い内容じゃないから。むしろ他人からすれば阿保らしいことだよ」
それでも興味あり、という顔だった。蓮架はそんな彼女を無視して注文台へ向かう。友香がムッとした表情をしているが蓮架は気付かない。
注文台は大戦前から変わらぬ食堂の象徴として、たくさんの生徒を飢餓の危機から救っている。その場は注文をする場所と同時に、その品の代金を払うレジ、そしてその品を渡す場所の役割を担っている。
やはり保守的。
そんなことを考えていると、再び彼女が怪訝そうな顔つきを見せる。それを見て蓮架は表情を元に戻す。
「さっきから何を考えてるのよ」
「何も。でも」
蓮架が言葉を発しようとしたとき、彼は友香に周囲を見渡すように促す。その通りに彼女は周囲を見渡すと視線を逸らす生徒が視界に入る。それを見るなり、彼女は溜息を吐く。蓮架はその気持ちを分からないほど鈍感ではない。そしてそれを質問として投げかけた。
「疲れないか?」
「別に。慣れてるし」
その言葉に信憑性はない、と直感で感じながら厨房にいる人物に注文を投げかける。その後にその品の代金を注文台に置き、その注文の品であるうどんを受け取る。真那と和人はすでに受け取って席を確保しているようだった。テーブルはやや大きく、その周りを囲むのは4人分の椅子。そのテーブルに昼食を置いた真那が手をブンブンと振っている。
「小学生かよ、あいつは」
「全くね」
話の主導権を握る彼女の性格を知った彼にとっては、当然の行動かと感じる。その空間の流れや雰囲気を自ら作り、そしてそれを意のままに操る。考えれば誰でもわかり、簡単なことだ。だが、それを全員ができるわけではない。少なくとも、彼はこのような場では得意ではない。
蓮架と友香はそのままそのテーブルへ足を運び、適当に座る。その席の配置は蓮架の右には友香、左には和人、真正面に真那といったものだ。
そしてランチタイムは始まり、他愛のない話が繰り広げられる。それぞれが昼食に手を付けつつ、それは進行していく。主に真那と和人が、であるが(蓮架は和人からふってこられた話に返答するだけ)。
「聞いてたけど、やっぱり広いねぇ、この学校」
「確かにめちゃくちゃ広い。それもその半分くらい実習施設だろ? どんだけって感じだよ」
「長澤クン、正確には3分の1だよ」
目の前(というか斜め前)で繰り広げられている会話のキャッチボールに彼は参加できる気がしない。彼はそこまで頭の回転がよくないのだ。推理もので言うならば役に立たない探偵の助手、といった立ち位置。そして彼の隣では友香が目を瞑ってジュースを飲んでいる。興味がなさそうだ。兎に角空気が重い。入学初日ならば通常、知り合った同士で親睦を深めるのが定石だろう。だが友香はそれをしようとしない。彼女のその態度からはむしろ、それを嫌悪しているようにも見える。それはただの蓮架の考えすぎか、または誰にも言えない何かがあるのか。どれにしろ、深く詮索はできない。
「颯崎さんってあの『嵐の特化一族』でしょ?」
不意に話題をふられたことで驚いたのか、手に持っていたコップを叩き付けるようにテーブルに置き、彼女自身は咽ていた。見るに見かけた蓮架が口を開く。
「おいおい、大丈夫か?」
「だ、だいじょげほっ、げほっ」
「これ使えって!」
蓮架はテーブルに置かれていた紙を友香の手に渡す。彼女はそれを引っ手繰るように取り、口に当てる。少しするとそれは治まり、口から紙を離して大きく息を吐く。
「だ、大丈夫、か?」
「大丈夫に決まってるでしょ! 見てわからない?」
「まぁまぁそう怒らずに」
「怒ってないわよ!」
彼が次の言葉を言おうとするが、その言葉は呑み込まざるを得なかった。彼女の目がそれ以上言えば殴ると言わんばかりに鋭くなっているのだ。故に彼は言葉を発しないことにした。
「質問に答えるけど、そうよ。確かに私は嵐の特化一族、颯崎家の人間」
「やっぱり? これから3年間、よろしくね!」
彼女が口元を緩めながら言った。
これから3年間をともに過ごす仲間への礼儀の様なものか。
しかし、彼女のその行動には何かしらの意味が籠っていると蓮架は直感で感じ取った。神経の奥底でのみ感じ取れる、剥き出しの闘志。
だがこれに関しても深く詮索はできない。
蓮架がそのようなことを考えていても、時間は進む。そして彼女たちの会話もまた然り。
そして彼が知らないうちに改めた自己紹介は終了し、彼らの昼食タイムはお開きとなった。
――――
時刻は午後6時57分。
もう少しすれば夕食の時間に差し掛かる。そんな時刻に蓮架はとある喫茶店にいた。その喫茶店には人影が少なく、微かにかかっているバックミュージックが非常に趣深く感じられる。そんな喫茶店に彼が料理できないから外食にきた、と言うわけではない。そうでなければテーブルの上にコーヒー一杯などという寂しい真似はしない。
彼が不本意ながらここに来た理由は、グレースに野暮用で呼び出されたからに他ならない。それに彼の携帯端末には彼女の携帯番号とアドレス以外に登録はしていない。
だが彼女に指定された時間から既に27分経過している。彼女から指定された時刻は言うまでもないが、6時30分。
「……遅い……」
確かに指定された時刻より遅めに来るのがアメリカのマナーであることは知っている。
だがここは日本であり、蓮架は日本人だ。いくら良心という物があっても場所くらいは弁えてほしい。
「もう帰ってやろうか……。いや、ダメだ。あとで殺される……」
ちょっとした誘惑に襲われた蓮架であったが、グレースの性格を思い出して我に返る。彼女は一言でいうと、腹黒い。この入学だってもう少し早く言ってくれてもよかったのではないのか。そうすればゴーサインを快く出していた可能性もあったというのに。
「やっぱり憂鬱だぁ……」
蓮架は背もたれに身を任せ、首を上へ曲げる。ゴキゴキと鈍い音がなったのは30分ほど動かなかった代償か。それとも、何かの前兆か。
そんな思考を巡らせた途端に時刻は7時となった。
店内にそれを知らせるアラームが鳴り、鈍った聴覚を蘇らせる。そして、鈍った視覚が自分の脇にある人物を捉えたことで、彼は溜息を吐く。
「……待った?」
恐ろしいほど静かに、脇から正面へと移動する待ち人。彼女の容姿はやはり年齢というものを知らないようで、この店のマスターらしき人物の視線が吸い寄せられていた。
「どういう返答を期待しているんだよ? アメリカ式も結構だけど、ここは日本であることをお忘れなく」
彼は背もたれにもたれ掛ったままで口を開く。その口調には呆れが滲み、グレースは若干苦笑いを浮かべる。
「仕方ないじゃない。ナンパがしつこくって~。やっと振り切れたのよ? わざわざ漆黒属性魔法まで使ったのに」
「そんなこと知るか。そんな些細なことで特化属性魔法を使うなよ」
蓮架は背もたれから身を離し、傍にあるお冷を手につける。その間、彼女は注文を受けに来た店員に注文を投げる。彼はその数が多いことを心の奥に仕舞っておくことにする。
注文を言い終わり、グレースは蓮架に向き直る。それは彼がお冷のコップをテーブルに置いたのと同時だった。
「で、今日はなんで呼び出したりしたんだよ」
「えっとねぇ、まずは」
彼女が自身のバッグを探る。その台詞を吐く前に手に持っとけよ、と内心で毒づいたことは言わない。
「これこれ」
グレースがそう言ってテーブルの上に置いたのは、一発の銃弾。その銃弾の形は一見、普通の物と変わらない。
だが彼が興味を抱いたのはその色。
その色は美しく、そして怪しく光を反射する漆黒色。まるで何物も寄せ付けないかの如く、黒い。
彼はその銃弾に手を伸ばす。その銃弾は硬く冷たい。夏であれば丁度いい感じの冷たさだ。だが色を除けばほかの銃弾を何ら変わらぬものだった。
「これを肌身離さず持ってなさい。師匠命令よ」
硬い口調。目は真剣そのもので、今の彼女は自分にとって『育て親』ではなく、『師匠』だった。
「それは分かったけど、その理由は?」
暫しの間を置き、彼女は周囲を見渡す。それに釣られて蓮架も周囲を見渡したが、この席から離れたところにあるカウンターに店員がいるのみだった。因みにその店員は料理中。恐らくグレースの注文した料理だろう。
「蓮架、ここではあなたの魔法のことを『アレ』と言うこと。いいわね?」
蓮架が了解と言い終えると、彼女が注文した料理が運ばれてきた。その料理はナポリタン。ソースのきいたそれは香ばしい香りを放ち、蓮架の腹の虫をくすぶらせる。
「その銃弾には私の漆黒魔法が掛けられてる」
色から大体の予想はついていたが、そんな魔法はいままで見たことがない。逆に考えれば使う機会がなかった、ということだろう。
「『アレ』はその銃弾に何らかの変化が現れた時のみ、使用を認めるわ。それ以外の時の使用は硬く禁ずる」
「……まじか」
「まじよ」
いきなりの禁止通告に彼は思わず眉を顰めた。いや、その行動しかとれなかったというべきだろう。それ以外の行動は脳内から消え去っており、頭の中は真っ白だったといってもいい。
「……なんでだ?」
イラつきからくる、いつもとは明らかに低く、鋭くなった台詞。その言葉にグレースは刹那の時だけフォークが止まった。重々しくなる空気。彼女の視線は鋭くなる。
「言ったでしょ? 特化属性魔法を使えるようになるためだって」
「……俺には『アレ』がある。なんでそれを使えるようにならないといけないんだ」
グレースはフォークを止め、ナポリタンが絡みついたまま皿の上に置く。それは重々しい空気に耐えきれなくなったような脱力したようなものだった。
「魔法は日々進化してる。それは分かってるでしょ?」
「ああ」
「いずれ、あなたの『アレ』は解明される……かもしれない。研究している国もあったし、ちょっかいを出そうとしている国もあったわ。まぁどれも初期の初期段階だったし、研究に関しては全くの逆方向に向かっていたから、当面のことは当分大丈夫だと思うけど」
つまりまだその術者の特定には至っていない。研究は始まっているが、その完成はまだまだ先の話、ということかと再びお冷に手を付けながら解釈する。そのお冷をテーブルに戻しと同時に、彼女は彼にとって無駄な補足を加える。
「でも、どんな属性かは分からないけど使えるようにならないと、いずれこの魔法社会に付いていけなくなる」
筋が通っている。だがこのままでは埒が明かない。そんな判断を下した蓮架は思考を探らせるために、手元のお冷が入っていたコップに目を落とす。その中は空で、先ほど飲み干したことを思い出す。そして視線をそのまま、瞼を閉じて諦めながら会話をつないだ。
「……分かった」
「うん! 蓮架にしては素直でよろしい!」
蓮架はそのまま漆黒に染まった銃弾をポケットの中に放り込んで席を立った。食事をする時刻だというのに不気味と言っていいほど静まり返った店内。学園と同じアナログ式の時計の秒針が硬い音をたてて時間の経過を伝える。
空気が柔らかくなったと彼は感じ、蓮架は普段の形に戻す。
「俺はこれで帰るけど、義母さんはどうする?」
「私はここでご飯食べるけど、蓮もどう?」
「……家で食べるからいいよ。いろいろ考えたいし」
「そう……。あ、そのコーヒー、お義母さんの奢りだからいいわよ」
グレースが若干悲しいように見えたのは彼の気の所為だろうか。だが彼はこれからのことのことで頭がいっぱいだ。
『アレ』を使えない。
これは彼にとって致命的なことだ。
「じゃあご馳走様、と言っとく」
蓮架は踵を返して店内から去ってゆく。彼女がフォークを持ち直して再び店内を見渡すと、彼の姿はどこにもない。外は帰りや空いている店を探して歩くサラリーマンやOLで埋め尽くされ、蓮架の姿を再び捉えることは不可能に近かった。
皿のほとんどが空になり、最後の一口をフォークに絡める。それが終わった時、彼女は思わず言葉を漏らした。
「表面的でしかすべての属性が使えないあなたにとって、酷な話だったかもしれなかったわね……」
彼女が零した台詞は、店のドアに付けられたベルによって掻き消された。
読んでいただき、ありがとうございます。
誤字、脱字などがありましたら指摘していただけるととてもうれしいです。