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 決して相容れないはずの二つが繋ぎかかった時、その糸の一本が逆らうようにしてちぎれた。






 ――――


 時は2031年。

 20世紀初頭に出現した、科学的根拠に基づかずに発生する、もはや超能力によって起きているとしかいえない『魔法』を扱う者。当初は扱える人が圧倒的に少なかったため、『異能力者』という名称であった。だが、20世紀中期よりは科学技術とともに魔法技術が飛躍的に発達し、その名称も『魔法使者』、略して『魔者』に変えた。もちろん、その魔者が扱う魔法には先天的な才能が必要であり、そしてその度合いによってその魔者の能力も変わってくる。そして特定の血をひくものは『固定』というモノと引き換えにある一定のメリットを得る。

 そして人類はその超能力を政治的に、そして軍事的に利用して大きな戦争を引き起こしてきた。

 欧州のある事件を発端として発生した、第一次世界魔法使者大戦。

 世界恐慌によって自国の安全のみを優先した結果として、その大戦の約10年後に起こった第二次世界魔法使者大戦。

 米ソによる惑星級魔法使者による『惑星抑止論』によって均衡が保たれていた冷戦。

 その均衡が崩れたことによって発生した長期的な世界大戦、三十年大戦。

 歴史的に見ても、人間と言う動物の性格から見ても人類は戦いから離れられない。

 いや、離れられないのではない。逃れられないのだ。

 それが人類の背負う運命。

 はたして、そうなのだろうか。


 ――――


 ――雪が、降っている――


 今、唯一動いた思考。

 手には凍えるような寒さのおかげで裂けるような痛覚。

 そして体には黒ずみ、所々はだけた衣服。そのはだけたところの奥からは、既に止血されて黒ずんだ擦り傷が覗いている。いや、はだけたところだけではない。頬やズボンの布が消え去っている膝。足は裸足で爪先は凍傷を起こして細胞が壊死し、黒ずんでいる。一体どれだけの時間を彷徨い続けていたのかを考えさせる。

 雪の中を裸足で歩き続ければ凍傷が起こるのも無理はない。

 そして今、彼が過ごすこの日はクリスマス。雪は何かを祝福するように舞う。まさにホワイトクリスマスと呼ぶにふさわしい。

 『クリスマスの春』。

 この日は後にそう呼ばれる。この日はそれだけ歴史的に残すべき日なのである。

 クリスマスとは一般的に小さい子供の元へサンタクロースがプレゼントを持ってくるというキリスト圏では特に忘れてはならない行事の一つ。今ではこの行事はキリスト圏に留まらず、仏教圏にも広がりつつあり、幼い子供にとっては朝が待ち遠しい日である。

 しかし、それは何も不自由なく暮らしている子供の場合である。

 そしてこの時代にはもう一つの意味があった。

 それはそのような幼い子供が知ってはならない血にまみれた意味。まさにそれは光と対極的な場所に位置する。

 惑星抑止論によって勃発した冷戦による仮初めの平和はいつまでも続くことなく、抑制のバランスが崩れたことによって2001年から30年間にわたって発生した『三十年大戦』。

 長かった戦いの終わりの日。

 この大戦はアメリカを中心とした『北大西洋条約機構(NATO)軍』と旧ソビエト社会主義共和国連邦を中心とした『ワルシャワ条約機構(WTO)軍』が惑星抑止論によって保っていた冷戦の均衡を崩して起こったとされている。

 その大戦の主な舞台は東ヨーロッパ、アフリカ、そして日本に近いシベリア。資本主義経済の形をとる日本は一応NATO側に入る故から、ソ連からはアメリカに対する人質として狙われ、アメリカからは対ソ連の防波堤のような役割を担わされた。

 もちろん、その日本はその戦場の一部となった。

 戦いが起こればヒトは無くなる。

 彼の両親もそうだった。

 正確には、母親がそうであった。

 そうして親を『三十年大戦』で無くした子供たちは世間から『大戦孤児』と呼ばれ、まるでボロ雑巾を見るような目で見られる。戦闘力のない市民にとって、戦争というモノは恐れるべきものであり、『大戦孤児』はその戦争が生んだ負の遺産。それ故に誰もその戦争と関わろうとしない。関われば自分に戦いの飛び火が襲ってきそうでならないからである。たとえそのようなことがなくても戦争中は物資が常に不足しているため、他所の人物までを養っていくことができない、という現実もある。

 そしてそこにあるのは闇ばかりで光は欠片もなく、そんなドブから救い出してくれる手さえ差し出してくれない。店に入れば汚いから出ていけ、公共のトイレに入れば掃除をしていけ。挙句、市民を監視し、助ける役割であるはずの警察も『大戦孤児』に対しては冷やかな反応しか示さない。

 それは最早『差別』と言ってもよい。


 ――汚い子ねぇ――

 ――捨てられたんじゃないの――

 ――可哀想に――


 同情の声なんて聞き飽きた。

 蔑まれるなんてもう慣れた。


 ――親も死んだのかな――

 ――『大戦孤児』じゃないの――


 その通り、と言ってやりたかったが、生憎彼にそのような体力はおろか気力、何より神経が働かなかった。『大戦孤児』の大半は政府の保護も、何者にも看取られることなく死神の迎えを受ける。大半の『大戦孤児』の心は死んでいるので行先は地獄と考えるのが普通だ。何も悪いことはしていないのにも関わらず、である。『大戦孤児』の精神は両親を失ったショックと周囲から蔑まされる声によって崩壊するのだ。

 そして自己嫌悪に奔る。


 ――自分はこの世に必要ない

 ――ならば何故生まれてきた?

 ――簡単な答えじゃないか

 ――死ぬため


 そうして『大戦孤児』という人間以下の劣等種はこの世を去る。

 それが世のため、人のため。

 それが世の常。

 そう言い聞かせて、苦の向こうに待つ安楽を求めて『死ぬ』のだ。

 だが彼は『大戦孤児』であるが、正確にそう言ってよいのか微妙なところであった。

 彼は事務の仕事に携わる人から『面倒臭い』という理由のみで『大戦孤児』の烙印を押されてしまったのだ。

 元々『大戦孤児』と定義されている基準としては『戦争、またはその巻き添えを食らったことによって両親を亡くした者』とされている。

 彼の父は戦いによって無くなったのではない。

 とても些細で、傍にいたのに看取れなかった『死』であった。


 ――――


 ……お母さんは?


 幼児用の黒いスーツに身を纏った少年は、顔を上げて隣人に問う。その隣人は彼よりも遥かに背が高く、彼の子供と言うことを無意識のうちに知覚させる。

 その少年は何色にも染まっていない純白の顔。戦争や『大戦孤児』などという物をテレビでしか見たことがなく、4歳ほどの子供がもつ元気で無邪気な子供そのものであった。


 ――お母さんはね、遠い場所に行ったんだよ


 その隣人は優しげな口調で答えた。その人物はその少年よりもスーツが似合っている。本来ならばそのような服を着込んで妻子のために仕事に励んでいる時である。だが、その少年とその隣人が足を運んでいるのは道路の歩道。

 その歩道の隅には何時捨てられたのかもわからないほどにまで朽ち果てた空き缶があった。


 どうして行っちゃったの?


 少年は純粋な顔のまま、首を傾げる。まさに何も知らせていない親の子供の典型。

 いや、これが普通だろう。言えるわけがない。


 ――それはね、戦いを止めるためだよ


 少年の疑問がさらに膨らむ。


 どうして止めないといけないの?


 隣人は間を置かずに答えを告げる。


 ――止めないと、みんないなくなっちゃうからだよ。そのためのお別れだってさっきしただろう?


 なんでお母さんなの?


 ――それが、運命だったんだよ


 少年は一つの単語に興味が湧いた。

 いや、そうなることが運命だったのかもしれない。

 少年は己の興味のあるがままにそれについて問う。


 ……運命って、何?


 ――その人に決められた生き方……かな。それには絶対に、逆らえない。


 少年はその隣人の言葉から何かを感じた。その男性が最後に言葉を放ったとき、目は笑っていなかった。

 笑っている、泣いている、苦しんでいる。

 嘘をついている。

 すべて違う。


 真実を、言っている。


 それが分かった時、少年はそれに恐怖して思わず目を瞑った。

 真実であるすべてが怖かった故に。

 だから家までは瞑っていよう。

 家に着けば怖いものは目に入らなくなる。そうすればこの恐怖心もなくなって、接着剤でくっついたようになったこの目は開くだろう。

 そう思った。

 だが、現実は真実ばかりを告げて、残酷で憎かった。


 ――父は、ある女の子を庇って死んだ。


 ――――


 少年はただ歩き続けた。

 疲れ果ててもその歩みを止めなかった。

 爪先の方向は定まっておらず、その足は悲鳴を上げている。だがそんな精神を棄てた少年にとっては関係のないことであり、足はただ前進させることしかできない。


 それが現実の残酷な真実から逃げた自分への咎として。


 ほかにも方法を考えた。

 だが4歳児の脳で考えてもこれしか結果が出なかった。

 少年は真実が嫌いだ。それが残酷すぎて憎いようにしか見えない故に。

 しかし嘘も嫌いだ。少年の父は嘘をついた。そして最後にだけ真実を混ぜた。それが分かった途端、真実にも嘘にも恐怖を抱くことしかできなかった。

 純白な真は嫌だ――、真っ黒な嘘も嫌だ――。

 それはすでに我が儘に近い。この世は真実か嘘しかない。逆を言えば真実も嘘もないことはあり得ない。

 それは常識ではない。

 そんなことを願った少年は不意に足を踏み外す。足を踏み外したといっても、その場所にはどんな些細な段差もない。ただの平地。そんな場所で足を踏み外すということは疲労が限界に達したという証拠に他ならない。何も考えずに二日間も歩き続けたのだ。当たり前だろう。足からズキズキとした痛みが増えたような感覚に駆られ、少年は足を動かすことの限界を知った。


 ……死に……たく、ない……


 叫びたくてもそうすることができず、歯痒い思いに駆られた。必要な水分も取らずに歩き続けたその喉はもはや潰れたといってもいい。鈍い痛みが喉から這い上がってきて吐き気を促す。たとえ喉がそのような状態になっていなくても、叫んだところで誰も来ない。来たとしても舌打ちされて踵を返されるのがオチである。


 これが……お父さんの言ってた……運命……?


 少年は閉じたくない目をおもむろに閉じていく。既に瞳から光は消え失せていたため、死んでいるも同然の状態だった。それ故にこれからは安楽しよう、と少年は心に決めた。

 誰の記憶にも残らずに死ぬ。本当の意味でこの世から存在を消す。

 そのことは怖い――だが従うしかない。

 歯痒い――だが仕方ない。

 運命なら、仕方なく従うしかない。

 運命は抗うことを許さない。文句を言うことはおろか、それを敵視することさえ許容しない。

 そして漆黒の闇が少年を飲み込んだ。

 それがただの視覚的なものと気付かずに。


 ――――


 彼の意識は再び覚醒した。

 暗闇の中で響いた、乾いた金属音によって。

 最後に見た景色は何も変わっていない。

 強いて言えば、目の前に降り積もった大量の薬莢。

 故に、自分は未だに死んでいない。

 すなわち、死の境界線を越えることはできなかったということだ。


「……」


 少年は不意に周囲を見渡す。特に考えがあったわけではないが、兎に角そうしたかった。首の骨が軋み、ゴリゴリとした感覚を久しぶりに感じつつも何も変わっていないことを再確認した。

 そして暗闇に目が慣れたのか、視界が不気味なほどはっきりと見える。


「……ひ……と……?」


 何もない、殺風景と言えば間違いだが、そのように感じる中でそびえ立つように佇む一人の人間。どうやら銃弾はその人物が落したもののようで、拳銃も持っているのかな、と瞬時に脳裏に浮かぶ。

 銃弾は戦争で使われる、『魔法』の次に主力である殺傷兵器。それだけでは意味はないが、それが銃弾に籠められれば人を殺すことができる。もしくは殺されることもできる。

 そして、『大戦孤児』を創った根源。

 恨むべきそれらの中に一つは、酷く傷ついているように見えた。それは物理的にも、精神的にもそう感じる。

 少年は半ば躊躇いながらもゆっくりとその銃弾に手を伸ばす。


「目、覚めた?」


 不意に聞こえた女の声。ソプラノとアルトの中間くらいだろうか。少年は声が似ていた自分の母と面影を重ねていた。

 少年は声がした方向へ顔を上げた。そこには金髪のロングヘアに海のように深いダークブルーの瞳を持った女性。いわゆる金髪碧眼というやつだろう。その女性はいつの間にか少年の脇で立っており、その目と目の距離は1メートルもない。


「は……い……」


 水分を摂取していないからなのか、声が思うように出ない。寧ろ鈍い痛みが喉に響く。雪が降っていたといっても空気は乾燥しているし、数日も水を飲んでいないのだから当然の結果だろう。逆に何故死ななかったのかという疑問が脳内に沸き立つ。


「まずはそこに置いた水を飲みなさい。 話はそれからよ」


 彼女も少年の喉がパンク寸前だということが分かっていたのだろう。いつ置いたかもわからない水の入ったコップを手に取り、水を一気に喉へ流し込む。

 10秒もしないうちにコップから液体は消え失せ、少年の喉は死の淵から蘇る。だが、所詮はコップ一杯分の水。数日間飲まなかった喉はそれだけでは潤されずに鈍い痛みが響く。恐らくまだ声はかすれるだろう。

 そんな時、女性は口を開いた。


「無様ね。 でも『大戦孤児』にはそれがお似合いなのかもしれないわね」


 少年は思わず呆気にとられた。

 何もわかっていない少年でも、事情を聴いたりしてくれてもいいはずである。だがこの女性は何も言わせずに少年のことを『大戦孤児』と決めつけ、罵声の声を被せた。

 今まで浴びてきた、蔑む声。だが違うものが一つだけあった。


 彼女の目。


 まるでムシケラでも見るかのような目。

 そして殺気に満ちた、狼のような目。

 だがそれらを相殺するような、母性に溢れた目。

 それが彼女の『真』だと思ってしまった。


「あなた、名前は?」


 落ち着いた口調で彼女は問う。

 未だに全身が痛み、喉は風邪をひいた時の何かが引っかかったような感覚がはしる。もはやうまく働いているかもわからない汗腺からは一気に汗が噴き出す。

 恐怖している。

 この女に言葉を出すだけのことで。

 彼女は少年に訝しい思いを抱いているのか、次第に目を細めていく。

 鈍い痛みの中で彼はこれだけを言った。


「……れ……ん……」


 名前だけ。父から逃げた自分に、父の名字を名乗る資格はないと直感が判断したのだ。逃げなければ父は死ぬことはなかったかもしれない。看取ることができたかもしれない。自分があの時に目を瞑らなければ、彼は女の子などを庇うことのなかったかもしれなかった。

 自分が父と言う『真』を拒絶したから。早く離れたかったから。

 この罪を自分とあの女の子に押し付けて。

 そして罪滅ぼしをする。

 4歳にしては上等な結論に達した故に、名字を捨てた。


「……あなた……」


 そんな彼の反応に彼女は目をさらに細める。

 そして続けた。


「――運命を、どうしたい?」


 体中に痛みが走った。

 それは知識的な痛み。

 または、記憶的な痛み。

 従えば、それは母と同じ。

 逃げれば、父を殺した今の自分と同じ。

 故に、この二つの選択肢はない。

 同じ轍を踏もうものなら、それでは道化だ。

 暫し時を置き、彼は結論に至った。

 彼は掠れた声しか出ない喉を本当につぶす気で己の決意を口に出した。


「――逆らいたい!」


 彼女はまるで虚を衝かれたように間抜けな顔を晒した。

 そして急に殺気が消え失せ、代わりに大きな笑い声が暗闇の中を木霊した。少年はそんな彼女の行動が不服だったのか、彼女を睨む。まるで収まる気配を見せなさそうな笑いだったのだ。

 目じりには涙が漏れ出し、彼の表情はもはや怒っているといってもいい。

 やがて笑い声は収まり、目に溜まった涙を手で拭いながら言った。


「あ、あたな、面白いわね。安心して。あなたは私が面倒を見てあげる。」


 それはつまり拾ってあげるということか、と『れん』は脳で考える。だがそれが嬉しいのか悲しいのか、少年は全く知覚できずにいた。

 そして彼女は間を空けずに続けた。


「――私が、あなたを黒く染めてあげる――」


 何か鈍器で殴られたような衝撃が体中を駆けた。それは彼女の言葉によるものではなく、嘘によって真っ黒になるということでもない。

 その言葉を放った彼女のことを、信用できると思ってしまったからであった。





 ――――


 本日快晴なり。

 決して『本日は快晴なり』ではない。ほぼ毎日快晴であるのに、先人は何故このようなことわざを創ったのか、考えたくなる。そして快晴は今に始まったことではないので『本日も』でいいのではないのだろうか。

 このようにほぼ毎日続く快晴は植物に光合成を促し、二酸化炭素を酸素に変える。そのような結果、桜が咲き乱れ、『春爛漫』といった熟語が完成する。

 今日はそのような『春爛漫』な日和。

 そのような日は11年とちょっと前の『クリスマスの春』を思い出させないようにする。

 同じ春が付いているのに、季節が違うだけでここまで違うのか。

 10人中10人は「当たり前だろうが」と答えるだろう。

 あのころはあのころで苦しかったが、今は今で苦しい。

 もちろん、いろいろな意味で。

 確かに今は『春爛漫』な季節。だが彼の足もとに広がるのは、敵が所持していた対魔者仕様の突撃銃、紅に染まる鮮血。それらの出どころである意識のない人形。

 春とは程遠い光景である。

 だが、傍にある窓からは微かに桜の姿を拝むことができる。その少年はその桜をぼんやりと眺め、手の中で生温かくなった鉄の塊を握りしめる。


「ほら、よそ見しないの! いくら敵を殲滅したからと言って、油断しない!」


 少年に怒鳴る、女性の声。その女性、グレース・エントランスの声は11年前から変わらず、ソプラノとアルトの中間の音階を維持し続けている。その髪は金髪、その瞳は海より深いダークブルー。11年前と何ら変わらぬ金髪碧眼。この女性は恐らく年齢というモノを知らない。


「油断なんかしてねぇだろ。ただ桜を見てただけだ」


 テノール寄りの低い声。その声は恐らく声変りを終えたであろう少年から発せられたものであろう。少々無邪気さが混じっている。グレースの言葉に抵抗したのもまた然り。


「私を舐めないでくれる? あなたが魔法を展開しているか否かくらい、分かるけど」

「確かに展開はしてなかったけど……まぁ、いいか」


 反論する気を無くし、口を閉ざす少年。それを少々不服と感じたのか、グレースは言葉を繋げる。


「蓮架、いちいち人に逆らう癖は直した方が良いと思うわよ? それがあなたのいいところでもあるけれど」


 その少年、逆位蓮架さかいれんかはいつもの説教が始まったとグレースの話を耳から耳への譲渡を繰り返す。


「話、聞いてる?」


 顔に迫ったグレースの顔。蓮は上体を半ば反らし、その顔から距離を置く。


「はぁ……まぁいいわ。中規模のアジトを5分で壊滅させたことに免じて許してあげる」

「さいで……」

「さて、本題に入りましょう」

「……このサボタージュが本題じゃねぇのかよ」


 蓮架はこれから長い説教じみた説明を脳内で思い描き、思わず項垂れた。


 ――――


「今の季節は?」

「春」

「日にちは?」

「4月6日」

「では入学式はいつでしょう?」


 蓮架は背中に冷たい物がはしる感覚にとらわれながら彼女の言葉に耳を傾ける。


「……黙秘権を行使する」

「もぉ~分かってるくせに~! 正解は――」

「あー! 言うな、言うな! ……頭が痛くなる……」


 蓮架は脳内で悩みの種が植えつけられそうになりながらも、何とか回避を繰り返す。蓮架は今の彼女の考えが分かった。

 いや、彼女は蓮架が分かると知った上で言っているのだ。彼が慌てふためく顔を見たい故に。そのために今回、日本のある場所の倉庫の敵兵を殲滅させるという無茶苦茶な課題を提示したのだ。そしてうまくそれに乗せられ、彼女の思惑通りに事を進めてしまった蓮架。彼はそのことに暫し後悔しつつ、反抗の意志をむき出しにする。


「俺は行かないぞ! なんで今更行く必要があるんだよ!」


 蓮架は悩みの種が開花しないように必死に訴える。


「だってあなた、まだまともに魔法を使えないでしょ?」


 確かに蓮架は今まで彼女に認めてもらったことはない。それにこの世界が定義する魔者なっているか微妙なところに彼はいる。それはまるでかつての自分のようであり、彼は我慢するか地団駄を踏むかくらいしかない。


「学校に行ったら使えるようになるかもしれないじゃない」

「そんなもん、真っ平だ。今更行く必要があるとは思えないね。拒否権を行使する」

「もう、素直に行きたいって言えばいいのに~。蓮架ったらツンデレね。男のツンデレは流行らないぞっ」

「…………」


 蓮架はグレースのテンションに付いて行く気はなかったようで、口を閉ざしたまま軽く肩を叩いた彼女を悲哀の眼差しを向ける。ツンデレの使い方を間違っている彼女は、あくまでも蓮架を学校に通わせようとしているようだった。その理由を推し量ることはことはできないが。


「でも、使えるようになることに越したことはないんじゃない?」


 理になかったことを言われ、口を閉ざすしかない蓮架。

 確かに使えるようになることに越したことはない。


「もう入学手続きは済ませてあるから、大丈夫!」

「……パーデゥン?」

「大丈夫!」

「その前だよ」

「もう入学手続きは済ませてあるかr「何てことをぉぉぉぉおおおお!!」うるさい子ね」


 蓮架はこれから起こり得ることに嘆きながら、これからの人生設計を見直すことを迫られるのであった。



 それが、すべての始まりとは知らずに。

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