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最近

作者: 竹仲法順

     *

 朝起きて、キッチンへと入っていき、コーヒーを一杯淹れる。いつもブラックだ。慢性的に疲労が溜まっていたのだけれど、この初秋という季節は何かと過ごしやすい。コーヒーを飲んだ後、リビングへ向かい、カバンに必要なものを詰め込んで、持ってから歩き出す。

 いつも近くのバス停からローカルバスに乗り、通勤している。慣れてしまっていた。会社に行くのは確かに単調なことだ。だけど、いつの間にかその状態を受け入れることが出来ていた。三十代半ばで、社でも管理職にいる以上、気を抜けない。

「主任、おはようございます」

「ああ、おはよう」

 部下の男性社員の浅岡(あさおか)はいつも先に来て、社員が快適に仕事に臨めるよう、フロアの管理をしている。あたしも本来なら、浅岡のように早く来るべきなのだろうけど、どうしても出勤時間は午前九時前で、始業時刻ギリギリになってしまう。

 パソコンの電源ボタンを押し、起動する前にフロア隅のコーヒーメーカーでコーヒーを一杯淹れた。飲み物はいつもコーヒーだ。欠かせないのである。朝起きたら一杯飲み、社でも仕事が始まる前にもう一杯口にする。飲み過ぎるぐらい飲んでいた。

 それにしても、この会社もどうなるのだろうと最近考えてしまう。別に気にしても仕方ないのだけれど、どうしてもそっちの方に想いが巡るのだ。朝から考え事をしている暇はもちろんない。ちゃんと始業時刻からパソコンで上の人間が会議で使う資料や、今後の会社の命運を左右する企画書などを打ち続けていた。

     *

 その日もお昼になり、いったん席を立って、

「食事取ってくるわ」

 と言い、フロアを抜け、歩いていく。足取りは若干重たかった。やはり秋は食欲があっても気を病む季節だ。そういったことは承知の上だった。スーツのポケットからスマホを取り出して見ながら、ランチ店へ向かう。

 街は人が多かった。ここは一地方都市で、人口も五十万人ほどである。歩きながらも、リアルタイムでの情報収集のため、スマホを使い続けていた。街を歩く人たちは皆、ケータイやスマホなどを使っている。

 ランチ店は行列が出来ていた。最近、流行に付いていけてないと感じている。実際、あたしもかなり遅れていた。浅岡たちが仕事の合間にしている話も、あたしにはよく分からない。テレビをほとんど見ないので、芸能関係なども知らないことだらけだ。

 ネットで集めることの出来る情報はたくさんある。依存症なぐらい、ずっと使い続けていた。社内ではパソコンから見ていたのだし、ネットは就業時間中も原則許可されている。差し障りのない程度に使っていた。

     *

清村(しむら)さん、いらっしゃい」

 ランチ店に入れた直後に、店のシェフの一人で、顔馴染みの堅山(かたやま)が声を掛けてくる。

「ああ、堅山さん。今日も美味しい料理食べさせてね」

「ええ、分かってますよ。テーブルにどうぞ」

 シェフでも気軽に声を掛けてくるぐらい、この店は規模が小さいのだ。ランチ店なんて言ったって、ピンからキリまでである。ここは中程度か、やや小さめの場所だった。ウエイターからテーブルへと案内され、お冷を注いでもらう。

「日替わりを一つとホットコーヒー一杯お願い」

 そう言うと、ウエイターが端末にオーダーされた商品を打ち込み、

「少々お待ちくださいませ」

 と言って、厨房へと入っていった。一息つけたので、ゆっくりし始める。お冷をがぶ飲みしながらスマホを取り出し、またニュースを見出した。社に関係する情報は知っているのだけれど、第三者に対しては絶対言えない。

 やがて食事がテーブルに届き、箸を付けた。日替わりはメインが具だくさんのピラフで卵スープが一杯付いている。食べながら、改めて季節の移ろいを感じ取る。九月に入ってから、長袖シャツを着ていた。もちろん、日中暑くなれば、袖を捲るのだけれど……。この数日間、通勤していて、暑い夏も終わってしまったわねと感じる。

     *

 食事を取り終え、料金を清算してもらってから、店を出た。外は若干日差しがあるのだけれど、基本的に気候は安定している。店を出る前に、堅山が、

「清村さん、またいらしてくださいね」

 と言ってきた。

「ええ。いつもここ利用してるから、また来るわ」

「ありがとうございます。午後からのお仕事頑張ってくださいね」

「ありがとう」

 一言礼を言い、店を出たのをはっきりと覚えている。若干疲れてはいたのだけれど、脳は活発に働いていて記憶は確かだ。ゆっくりと歩きながら、スマホを見続ける。午後一の時間は食事を取った後で若干眠たいのだけれど、そうも言っていられない。

「主任」

 社のフロアに戻ってすぐに、浅岡に呼び止められた。

「何?」

「明後日の社の幹部会議で使う資料、作っておきましたから」

「ああ、ありがとう。……あなたも本当にタフね」

「ええ。ここ首になったら、行くところありませんから」

 浅岡も必死なのだ。分かる気がする。三十代という彼の世代も、あたしの世代だって、就職氷河期に遭ってきた。基本的にパソコンぐらいしか職能がない。だから尚更、今の勤務先が大事になってくる。

 さっきの食事にコーヒーが一杯付いていたのだけれど、眠気が差してくるので、もう一杯淹れてカップに口を付けた。軽く息をつき、午後からの仕事が始まるまで、デスクの椅子に座り続ける。一息入れた。人間だから、誰でもそうだ。

 そして通常通り、午後一時に仕事が始まり、パソコンのキーを叩き始めた。火急の仕事が入る可能性が高い。気を抜けなかった。社にいても何が起きるのか、分からないからだ。特にあたしたちのいる企画課は飛び込みで入ってくる仕事もある。皆ずっと文書類を打ち続けるのが業務だったし、あたしもそこの主任である以上、決して気を抜けない。

 職業病として、腱鞘炎と坐骨神経痛があった。痛みはあるのだけれど、簡単には休めない。主任が外れたら、課が回らないからだ。そう思って日々仕事を続けた。最近あまり変わらない感じで時間が流れ、仕事もプライベートも単調に続いてはいたのだけれど……。

                             (了)                                             


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