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九話目:響子ちゃんお風呂に入る

※前回までのあらすじ

夕飯を頂いた響子ちゃん。(第七話参照)

泊めてもらえることになったけど、お風呂の途中でまさかのクリーチャー出現。(第八話参照)

最終的にやっつけたのはぬえでした。(第八話参照)

「も、もう質屋に行けない……」


 十分にもわたるセクハラの末に解放され1人ぼっちとなった小傘は、本体の傘を抱えて廊下の隅に座り込んで鬱オーラを放っていた。

 花も恥らう236歳の乙女だというのに、体中をくすぐられて顔を真っ赤に染めながら絶え間なく奇声を上げさせられ続ければ、それは誰だって落ち込む。

 その犯人たるぬえは爽やかな笑みを浮かべてどこかに行ってしまったし、響子に至ってはもう何が起きているのか分からなかったので早々に退場してしまっていた。

 ちなみにこの『もう質屋に行けない』発言は付喪神的概念の上に成り立っている言葉であり、人間にも分かるように翻訳すると『もうお嫁に行けない』になるのだとか。

 多々良小傘、花も恥らう236歳の乙女、店頭に並べられればそれなりの価格で買ってもらえる自信は未だ捨てていない。

 (現代人に分かるように言えば、合コンにさえ行けば男を釣ることなど容易いと思っている女の自信)



  ※  ※  ※  ※  ※



 その逃げたぬえがどこに行ったのかは定かではないが、退場した響子はと言うと、浴室にいた。

 自宅以外のお風呂に入ること自体久しぶりだったので恥じらいがなかったわけでもなく、広めの更衣室には他に誰もいなかったというのにこっそり服を脱いだ。

 そうして浴室の扉を開け、


「広っ!」


 まずはその広さに驚いた。

 普通の1人が入れるくらいの桶風呂かと思いきや、そこにあったのは同時に10人くらいは入れるのではないかと思えるほどの大きな浴槽。

 早い話が銭湯規模といったところで、これには響子も腰を抜かすかと思った。恐るべし、お寺。

 余談だが入浴習慣の先祖を日本に持ち込んだのも仏教であり、そういった意味では寺のお風呂が整備されているのも頷ける(!?)話なのである。

 そんなわけで、まさかこんなところでこんな豪華なお風呂に辿り着けるとは思ってもいなかった響子。

 それも今こうして風呂にいるのは1人だけなので、独占状態(!)である。

 とりあえずまずは体と頭をよく洗う。それも、念入りに3回ほど。

 何から何まで面食らうことが多い日だから、失礼のないようについつい慎重になっているのである。

 それからようやく響子は湯につかった。


「ほふぅ、あったかぁ……」


 思わず一息。

 その気持ち良いことと言ったら、これまた未経験の域で一人勝手に感激してしまった。

 実際の所は『お寺への憧れ補正』と『今日一日ずっと頑張った補正』が響子に満足感を与えているのだが、そんなことに気づくはずも無い響子、


「お寺って凄いなぁ」


 と、一言呟いた。

 それでもやっぱり誰も来ていないようだ。

 その時、響子の中にピーンとある考えがよぎった。

 右を見て、左を見て、もう1度右を見た。誰もいない、よし、誰もいない。

 そうやって自分が今一人であることを十分確かめた上で、浴槽の淵にとろんと寄りかかると、


「でへへへ、余は満足じゃ」


 響子は緩んだ頬をそのままに、満面の笑みでそう言ってみた。

 何のことは無い、この一言が言いたかっただけなのだ。

 ただ周りに誰かいたら恥ずかしいから辞めようと思ったのだが、誰もいなかったので決行した。

 するとその時、浴室の戸がガラッと開き、


「そうですか。満足していただけたのなら私たちも嬉しいです」


 と言いながら入ってきた者がいた。

 響子がガバッと顔を上げて見てみると、寄りにもよって星であった。


(見、見られた!?)


 羞恥心から顔が真っ赤に染まった響子、あまりの出来事にひっくり返りそうになったが、


「調子に乗ってすみませんでごぼごぼごぼごぼ」


 正座に直って45度きっちり頭を下げた。

 だがここは浴槽、そんなに頭を下げたら着水するに決まっている。

 そんなわけで、せっかく述べた謝罪文は途中から文字通り水泡に帰してしまった。


「いえいえ、別に良いですよ。私もそういう気持ちはよく分かりますしね」


 そう笑いながら言うと、星は体を洗い始めた。

 その間、ずっと流れる沈黙が響子にとっては酷く気まずいものに思えた。

 無論、星は機嫌を悪くしているわけではなく、単に石鹸の泡が口に入るのが嫌なので話さないだけなのだが、そうなると響子も話しにくい。

 何せ響子は新人、星は立場的に寺の中でも相当上の方に位置している。

 そのプレッシャーは、やっぱり大きかった。

 結局、響子は星が髪を洗い終わるまで何もできずにただ硬直していた。

 そして、ようやく(実際はそんなに時間はかかっていないのだが、響子の体感時間的には"ようやく")髪を洗い終わった星が、


「お隣、良いですか?」

「は、はい!」


 浴槽に、それも響子の隣あたりに入ってきた。

 白蓮の時もそうだったが、偉い人が隣にやってくるというだけで響子はプレッシャーに負けそうになる。

 もう今日だけで何度経験したかも覚えていない。

 それに加えて、星は偉いだけにあらず、毘沙門天代理でもあれば虎妖怪でもある。

 響子にとっては、これらのどの側面から見ても怖いように見えた。


「あの、そんな肩に力を入れなくても大丈夫ですよ? 別に獲って食べたりなんかしませんから」


 星はそう言うと苦笑してみせた。

 そうは言われても、急に態度を変えることなどできるはずもない響子。

 とりあえず何か返事はできないかと頭を必死に回して、そうだ、と思い出した。


「あ、あの、お昼はどうもありがとうございました!」


 少々苦しいところではあったが、ぬえに被せられた桶をとってもらった昼間の出来事をとっさに話題に出した。

 こうして考えてみると、どうもサプライズ登場が多い気がするのは気のせいだろうか。


「礼には及びませんよ。誰かのお役に立てたというだけでも、私は十分嬉しいですからね」


 星はにこやかに答え、そして言葉を続けた。


「そう言えば、私こそ礼を言わねばなりませんね。今日一日、うちのお手伝いをしていただいたようですから」

「あ、ありがとうございます」


 唐突とは言え、褒められて嬉しくないはずがない。

 響子は頬を緩ませて礼を言った。


「ところで、せっかくなので聞いてみたいのですが、寺の生活はどうでした?」 

「はい、みんな優しい人ばかりでとても楽しかったです」


 今日出会ったばかりだというのに優しく接してくれた白蓮や一輪や水蜜らのことを思い出しながら、響子はそう答えた。

 勿論、心の底からそう答えたつもりだったのだが、


「……本当に?」


 星が響子の顔を覗き込むようにしてそう聞き返してきたので、少々ドキッとした。

 別に嘘をついたつもりはないが、逆にそう聞き返されると困ってしまう。


「は、はい」

「そうですか、それならよかったです。すみませんね、困るような質問をしてしまって」


 自分の質問が意図せず響子を戸惑わせてしまったことをすぐ悟った星は、申し訳なさそうに言いながら苦笑を浮かべた。


「いや、実はお夕飯の時にナズーリンが貴方に対して少々不躾なことを言っていたように思えましてね。傷ついてはいないかと心配だったのですよ」 

「あ、いえ、別に大丈夫です」

「なら良いのですが」


 そうは言った響子ではあったが、実際の所は単に忘れていただけであった。

 思い出せば確かに、カチンと来る言葉を何回か吐かれている気がする。

 先ほどの小傘襲撃時も助けてくれたのかと思いきや、最後の最後でやっぱりトゲのある言葉を残していった。

 そうやって回想にふけるうちに、響子はもう1つ思い出した。

 あの高圧的で毒舌家なナズーリンが、ただ1人従順に頭を下げた人物。

 それこそ今目前にいる星であった。

 気づいてしまえばますます不思議に思えてきて、響子はそのことについて知りたくて仕方がなかった。


「あの、星様とナズーリンはどのような関係なのですか?」


 そう尋ねると、星は少しばかり考え込んでしまった。

 こんなことを聞かれるとは全くもって予想外だったのである。

 十数秒ほど腕を組んで思案に暮れていた星であったが、ようやく良い答えが見つかったのか響子の方に向き直った。


「そうですね。ナズーリンは自分を、私の一番部下と思っているようです。しかし私から見れば、ナズーリンはかけがえのないパートナーと言ったところでしょうか。

 ですので、できれば私は立場の上下など関係なしで一緒にいたいのですが、ナズーリンがどうしてもそれだけは許してくれないのです。難しいですね」


 そう言って星が浮かべた困ったような苦笑は、今までの苦笑いとは何かが違うようであったと、そんな風に響子には思えた。


「それに、正直なところ私はナズーリンが羨ましいです。確かにあの子は口が悪いですが、それ故の卑近さを持ち合わせています。

 事実、今貴方が最も敷居の差を感じずに話せる相手もあの子ではないでしょうか」


 そう言われると、確かにそのような気がしてきた。

 小傘に驚かされたとき、もしあの廊下の先にいたのがナズーリン以外だったら、無理に現場まで連れて行っただろうか。

 そう考え直すと、響子は星の言うことも尤もであると思えた。


「私の場合だと、どうしても初めて会う人には怖がられてしまうことがよくあるのですよね。

 その点、すぐ誰とでもなじめるナズーリンを見習ってみたいとも思うのですが、これもやはりあの子からすれば好ましくないようで、

 『ご主人様は毘沙門天様の代理なんだから、もっと威厳を持って格式高く、少し高圧的に周りと接するくらいでちょうど良いんだ!』と怒られてしまいます」

 でも、ナズーリンは少々気難しいし口が悪いところもありますが、根は良い人なのです。気に障ることもあるでしょうが、どうか少し多めに見てあげてください」


 星にそう言われては、響子もそれを受け入れざるを得なかった。

 別段、依頼者である星が偉い人だからとか毘沙門天代理だからとか、そんな理由ではなく、ただ単に今の話を聞いていただけでも十分に受け入れる気になった。

 その反面、響子はナズーリンが羨ましかった。

 星はその卑近さが羨ましいと言ったが、響子からすれば星にここまで大切に思われていることが羨ましかった。

 家族でもなければ同族でもない、にも拘わらずここまで誰かに大切に思ってくれる人というのを、未だかつて響子は見たことがなかったのだ。

 そもそもこれまでは同族(つまり山彦)以外とコンタクトを取る機会があまり多くなかったので、当然と言えば当然ではあるが。


「さてと、あまり長湯しすぎると待っている人に悪いですし、そろそろあがりますか」

「あ、はい」


 そうして、2人は風呂から出た。

 更衣室に戻って、濡れた体を拭いた響子であったが、ここで大切なことに気づいた。


(寝巻き、どうしよう)


 借りたセーラー服のままで寝るというのも何だか変な話であるが、泊まることなど想定していなかったので寝巻きを用意しているはずもない。

 とりあえず湯冷めはしないように下着だけ元のを着たが、それにしてもこの服は寝巻きにもなるのか、とセーラー服とにらめっこ。

 一方、星はもう自分の寝巻きに着替えてしまったが、そんな響子の様子に気がついた。


「もしかして、寝巻きですか?」

「え、あ、はい、そうなんです。用意してなかったんですけど……」

「うーん、村紗には申し訳ないけどその服は寝巻き代わりにはなりそうもないわね」


 星もそう言いながらそのセーラー服を見つめた。

 だが、いくら見つめられてもセーラー服が寝巻きに変化するわけもない。

 どうしたものかと2人で考えていると、更衣室の入り口の方の戸がガラッと開き、ナズーリンが入ってきた。


「なんだ、今あがった所だったのですね。いや、ご主人様の帰りが遅いものだから、何かあったのかと思いましてね」

「ナズーリン、いいところに来てくれましたね。実は貴方に1つ頼みたいのですが……」


 星がそう言いかけると、急にナズーリンの顔色が曇った。

 それから、その曇った顔で響子の方を一瞥すると


「ご主人様、まさかこいつのために寝巻きを取ってこいというんじゃありませんよね?」


 と、例の冷笑を浮かべて星の言葉をさえぎるようにして言いのけた。

 勿論、"こいつ"とは響子のことである。


「嫌ですよ。そりゃ、ご主人様が自分の寝巻きを忘れたと言うのであれば私も快く取ってまいりましょう。

 しかし、私はご主人様の部下なのであり、そこの三下の部下ではないのです。よって、今回ばかりはしっかり嫌だと言っても何ら罰は当たりますまい。嫌です」

「はて、困りましたね」


 星はわざと大げさに腕を組んで見せ、


「では仕方がない。私が今着ている寝巻きは、実は響子に貸すために持ってきたということにしましょう。

 それでナズーリン、実はうっかりして私自身の寝巻きを持ってくるのを忘れてしまいました。申し訳ないのですが、取ってきてもらえませんか?」


 これにはナズーリンも思わず


「なっ」


 と声が漏れたきりで固まってしまった。

 顔を高潮させながら、唇を噛んで響子をキッと睨んだかと思うと、踵を返して即座に更衣室から出ていった。

 それからほとんど間髪いれず戻ってきたナズーリンの手には、ちょうど響子が着るのに良い大きさの寝巻きが抱えられていた。

 そして、ナズーリンは何も言わずそれを響子に押し付けたのであった。


「あ、ありがとう」


 あまりにぶっきらぼうであったとは言え、寝巻きを取ってきてくれた事には変わりはない。

 なので響子は礼を言ったが


「"ありがとう"だって? 君は恐れ多くもご主人様の話を聞いていなかったようだね。

 いいかい、君に寝巻きを貸したのはご主人様であり私じゃない。私は自分の寝巻きを貸してしまったご主人様のために新しい寝巻きを持ってきただけだ。

 ただ本当にそうするとサイズの問題とかあるだろうから、こうして君の体格に合う寝巻きを持ってきただけだ。

 よって、君が今こうして寝巻きを手に入れられたのも名義的にはご主人様のおかげなのだから、礼を言うとしたら私じゃなくご主人様に言うべきなんだよ、全くもう!」


 そうまくしたてるように喋ったかと、ぴしゃりと更衣室の戸を閉めて出て行ってしまった。


「だから、貴方が持ってきてあげたのですから、貴方が感謝されれば良いじゃないですか」


 閉まった戸に対して、星はそう呟いた。

 一方、あまりに急な展開で寝巻きをゲットした響子ではあるが、どうして良いのか分からずおろおろしていた。


「あ、あの、これ着ても良いのでしょうか」

「ええ、せっかく持ってきてくれたのですから着てあげると良いでしょう。別に気に病む必要はないですよ」

「は……はい、分かりました」


 そう言って貰えたら大丈夫だろう、と響子はその寝巻きを着はじめた。


「ナズーリンのことは私がなだめておきます、貴方は今晩はゆっくりお休みなさい。

 そうそう、今日お風呂で話したことはナズーリンには内緒ですよ。これ以上機嫌を悪くされて、家出されても困りますからね」


 星はそう言いながら、更衣室を出て行った。

 毘沙門天の代理というのも大変なんだなぁ、と思いながら響子は寝巻きの帯を結ぶのであった。

※「ナズーリン、あまり自棄食いすると太りますよ?」

※「放っておいてください! 今の私を癒せるのは動物性たんぱく質だけなんです!」



はい、どうも。動物性たんぱく質豊富な、作者の兎です。

今回は偉く難産な話となりました。寅さん難しいです。

大きなお風呂というのは何も包み隠さず話せる最高のコミュニケーションの場だってどこかで聞いたことがあります。

そんなわけで今までで最も出番の少なかった星と一緒に響子ちゃんをお風呂に入れてみました。

あとボクにエロを求めるのは間違いです。これだけは言える。


今度こそプロローグも終わりに近いのかもしれません。

最後を飾るは誰でしょうか。

それは次で明らかにしたいと思います。

たぶん。

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