八話目:響子ちゃんと変な生き物
※前回までのあらすじ
仏道に入門した響子ちゃん(四話目参照)
掃除を頑張り(五話目参照)、
夕飯をいただきました。(七話目参照)
お夕飯も頂き、外もすっかり暗くなってしまった戌の刻。
一日中掃除に精を出し、美味しいご飯でお腹いっぱいになった響子。
「ふぁぁぁぁ」
と、あくびを1つ。
早寝早起きの習慣を続けてきた響子にとって戌の刻は就寝時刻にリーチをかけている。
ましてここ何年振りかに充実した日を送ったこともあり、すっかり疲れてしまったということもある。
そんなわけで、うとうとと船を漕ぐ響子。
「あら、もしかして眠いの?」
一輪に声をかけられ
「ふぃえ、だいじょうふでふ」
と大あくびしながら響子は答えたが、どう見ても大丈夫には見えない。
「良かったら泊まっていく? 布団ならたくさんあるし」
「ふぇ?」
「それにほら、貴方の服も洗ったのはいいけどまだ乾いてないし」
「あ、そっか……。じゃあ、ふぁぁぁ、不躾ながらお世話になりまふ……」
目をこすりながら響子はぺこりと頭を下げた。
と言うか、もう頭を下げているのか船を漕いでいるのかパッと見て分かりにくい。
一輪はどちらかと言えば昼型妖怪なので、その気持ちは分からんでもない。
未だ人間としての一面を強く残す白蓮や、その白蓮に長きにわたって付き添ってきた一輪は昼型生活を好む傾向にある。
逆にぬえやナズーリンなど妖怪の特性を強く持っている場合は夜中に活発化しはじめる。
本来人間であったはずの水蜜も、船幽霊化を機に夜行性化したままであり、星にいたってはいつ寝ているのか分からぬ有様である。
いずれにせよ昼型夜型の区別なく数日間睡眠をとらずに過ごしていることも珍しくはないのだが。
「じゃあ布団しいててあげるから、先にお風呂に入ってきちゃいなさい。お風呂の場所は分かるわよね?」
「はい、ありがとうございまふ」
昼に雑巾がけで寺を一周したので、構造に関してはよく分かっている。
響子は礼を述べてふらりと立ち上がると、部屋から廊下に出た。
廊下は灯りもなく暗がりに満ちていたが、響子にはこの程度なら見通すことなど容易い。
人間と違い、妖怪の暗闇を見通す能力はほぼ例外なく高いのだ。
よって、寺の構造さえ覚えていれば何ら怖くはない。
雑巾がけした時の記憶と照らし合わせながら響子は1人廊下を進む。
そうして、廊下の曲がり角、浴室まですぐという所まで来たときであった。
例えるなら"ぐにゅ"っと、得体の知れない何かを足で踏みつぶしてしまった感覚が響子に伝わってきた。
ハッとして足をあげると、白くて丸い何かが潰れている。
その時、
「もしもし、そこの貴方?」
不意に背後から不気味な声をかけられ、響子はビクッと体を震わせながら振り向いた。
ずぶ濡れの青い服にビショビショの青いショートヘア、廊下にぽたぽたと水滴をしたたらせながら少女が立っていた。
どうしたわけか左目を押さえて立ちすくんでいる彼女、顔色はあまりよろしくない。
「この辺りに私の大切な物を落としてしまったの。貴方、知らない?」
落としてしまった、と言われてまっさきに響子が思い出したのは今自分が踏んでしまった白い変な物であった。
「も、もしかして、ごめんなさい、今踏んでしまったんですけど、これですか?」
そう言って響子が"それ"を指差すと、少女は声を震わせて
「あ、ああ、お、おまえ、よくも、よくも……」
そう言って響子の両肩を手でつかんできた。
それによって少女が隠していた左目が見え、響子は思わず息を飲んだ。
なぜなら本来目玉があるはずのそこに目玉はなく、代わりにどす黒い血の色でべったり塗られていたからだ。
そのおぞましい光景に、眠気も吹き飛び臆した響子は声も出せずガタガタと震えていた。
「おまえ、よくも私の目玉を踏みにじったなぁッ! 代わりにお前の目玉をよこせぇ!」
そう叫び、少女は響子の目めがけて手を伸ばした。
その瞬間にとうとう何かが切れた響子、慌てて少女の手を振り払うと
「や、やぁッ、助けてぇぇぇぇッ」
声をあげると同時に、逃げるように走りだした。
振り向いている余裕なんてない。唐突な出来事に混乱していて、何が起きたのかすらまともに理解できていなかった。
兎に角慌てふためいて、ろくに前も確認せずに廊下を走った、ちょうどその時。
たまたまその時部屋から出てきたナズーリンと鉢合わせになり、響子は危うくぶつかりそうになった。
「おおっと、君か。何があったのかは知らんが、少しは前を見て──」
そういつもの調子で言いかけたナズーリンの肩をつかんで揺さぶりながら響子は
「出た、なんか出たぁ! なんか怖い一つ目お化けがいたの!」
と、声を張り上げた。
思いっきり揺さぶられた挙句、近距離で大声を出されては流石のナズーリンもたじたじである。
「ま、待ってくれよ。何? 一つ目お化けだって?」
「そう、本当に怖かったの! こっち!」
そう言って響子はナズーリンを引きずるように、問題の廊下に連れていった。
だが、既に廊下はもぬけのから。あれだけの出来事が嘘のように消え去っていた。
「……何もいないじゃないか」
「いたの! 本当にさっき、一つ目お化けがいたの!」
「ふん。一つ目おばけ、ねぇ」
ナズーリンは鼻で笑ったが、ふと廊下に何かが落ちているのに気づいた。
それこそ先ほど響子が踏みつぶした白い物体である。
その物体を調べるべく廊下にかがみこんだナズーリン、一人にされるのは怖いのでその後をぴったり追う響子。
2人の注意が完全にその物体に向けられたとき
「もしもし、そこの貴方?」
またも背後から不気味な声が来た。
振り向くと、先ほど響子が見たずぶ濡れの少女が、全く同じように左目を手で押さえて立っていた。
響子は思わず息をのみ、ナズーリンの後ろに隠れたが、そのナズーリンは特に臆した様子もない。それどころが
「君の探し物はこれかい?」
と挑発するように、その白い物体を拾い上げた。
「あ、ああ、お、おまえ、よくも私の目玉を踏みにじったなぁッ!」
少女は何のためらいもなくナズーリンに飛びかかった。
「代わりにお前の目玉を──」
そう叫んで少女がナズーリンの肩をつかもうとする、それこそまるで響子の時と全く同じように。
だがそこはナズーリンが1枚上手であったようで、すかさず少女の"左目"、そう、ただの空洞であるはずの"左目"を、
「よっと」
……突いた。早い話が目潰しである。
すると少女、空洞になった目を突かれたはずなのに
「おんぎゃぁぁぁぁぁッ」
と目を押さえてうずくまった。
「ひ、酷いよナズっち! 問答無用でいきなり目潰しするなんて、いくらなんでもあんまりだぁ! 」
「ふん、小傘、君こそそろそろ相手を選ぶことを学習したら良いんじゃないかな」
少女、実名は小傘、は涙目になりながらナズーリンに訴えかけた。
驚くことに、空洞だったはずの左目にはいつのまにか髪色と同じ青い目が入っていた。
一方でナズーリンはいつものペースで蔑むような笑みを浮かべている。
「まあ、今回は努力した方だというのは認めてやっても良い。たとえば、これなんてそうだ」
そう言ってナズーリンは目潰しに使った自分の指を眺めた。
その指はあのどす黒い色が全体を覆っていた。
「墨、だね。完全な黒ではなく、うまく朱を混ぜておどろおどろしい色を作り上げた努力は認めるよ。
それに、それを自分の瞼に塗りつけ、いかにも片目を失ったかのように見せつけた演出までは、まあ大根役者の三文芝居としては上々の方だ」
褒めているのか貶しているのかいまいちよく分からない言い方だが、さらにナズーリンは例の白い物質をつかんで話を続けた。
「だがこれはまずかった。こいつ、ただの玉こんにゃくだろう? 色合いも大きさも似ているし、目玉なんてそうそう触る機会があるわけでもない。
だから暗がりならばこれで騙せると踏んだのだろうがね、ネズミは鼻が利くんだ。いくら匂いに気を配っても、エキスパートの前には無駄な足掻きに過ぎないのさ。
ま、私が君の立場なら、本物の人間の目玉くらい事前に準備した上で悪行に踏み切ったんじゃないかな」
「そ、そんな本物の目玉なんて怖い物用意できないよぉ」
涙目でナズーリンに必死に訴えかける小傘を見ていると、響子もすっかり気がぬけてしまった。
これがさっきの一つ目お化けの正体かと思うと、何だか驚かされた自分が妙に悔しいのであった。
「ふん、目玉が怖いとは最近の妖怪も情けなくなったものだね。ただでさえ幻想郷の人間は妖怪に慣れてるんだ。
かなり手の込んだことをしないと、驚くのは精々世間知らずな山彦くらいだよ」
最後に響子を一瞥し、ナズーリンはすたすたと来た道を帰っていった。
まさか最後に自分まで陥れられるとは思っていなかった響子は唖然としていたが、一方で
「な、なんだいなんだい! ナズっちのいじわる、けちんぼ、いやしんぼ! 次こそ鼻を明かしてやるから待ってなさい!」
小傘は涙をぬぐうとナズーリンにむかってそう叫びながらどこかに走り去ってしまった。
俗に言う負け犬の遠吠えという奴で、どうせ次回だって明かすはずだったその鼻で笑われるのは目に見えている。
「……行っちゃった。なんなんだろう、あの人」
ただ1人茫然と取り残された響子。
ふとその時、小傘が逃げて言った廊下の先の方の隅に何か立てかけてあるのに気づいた。
歩み寄って見てみると、それは紫色の唐傘であった。
茄子を意識したような配色に一つ目と口が描かれ、そこから妙にリアルな舌が伸びている。
もちろんこんな奇妙な傘を見るのは響子も初めてであったが、傘というからには先ほどの小傘とかいう少女と何ら関係がないとも思えない。
「あの人の忘れものかな」
と、手に取ったとほぼ同時
「ん? 何事か面白そうな気配がしたから来てみれば」
そこへひょいっと現れたのは、小傘と同じ悪戯属性の娘、ぬえ。
ぬえは現れるや否や、響子が身構えるより早くその手から茄子傘を抜き取ってしまった。
「あんた、なかなか面白そうな物持ってるじゃないの。ちょっと貸しなさいよ」
「え、でもそれ、あの……」
貸しなさいと言う前に既に奪っている辺りはご愛敬。
ぬえはあの悪だくみの頬笑みを浮かべながら、手慣れた手つきで傘を開く。
そこへ
「あ、あのー、ここに傘忘れて行かなかった?」
決まりが悪そうにこっそり帰ってきた小傘。
だが、その傘をぬえが持っているのを見て大仰天。
「あら、小傘。その忘れ傘ってこれのことかしら」
「そうだよ、それだよ。ぬえちゃん、お願いだからそっと返して?」
冷や汗を浮かべる小傘であったが、ぬえはにやりと笑い
「"返して"だって? この私に物を頼む時は、せめて"ください"をつけるところから始めろって何度言ったら分かるのかしらねぇ」
と、開いた傘の内側を指でつーっとなぞった。
ただそれだけの行為のはずなのに、これに小傘は鋭い反応を示した。響子にとっては予想すらできぬ事であった。
「うひゃぅっ!? く、くすぐったい! お願いします、返してくださいぃ」
「いーやーだ。あんたのガードって結構固いから、この遊びをするのも久しぶりなのよね。思う存分楽しませてもらうわ」
と言いながら今度は傘の内側をこしょこしょとくすぐり、骨をつーっとなぞるぬえ。
「ひゃははっ、く、くすぐった、ひうぅっ、くははっ、そ、そこダメっ、そこくすぐったい、ひゃうぅぅっ」
脇を押さえたりお腹を抱えたりで抱腹絶倒する小傘。
彼女の正体が傘の付喪神であるということは、持っているあの傘こそが小傘の本体なのだ。
つまり本体に与えられた刺激が少女部分にフィードバックされるというとんでもない弱点を抱え持っている。
そのくせ本体に抵抗手段はないので、万が一本体が悪意を持った第三者の手に渡った瞬間、小傘の未来は暗くなる。
「うひゃあぁぁ!? や、やめっ、はははっ、だめだめくすぐったいよ、ひうっ」
特に、普段傘として触られるはずの無い部分(持ち手、雨粒の当たる表面以外)は総じて触られるのに慣れていない。
よってこういうところを攻められるのが小傘にとっては非常に脅威となる攻撃であるし、それをぬえは十分理解している。
そう、理解してやっているのだ。確信犯である。
ただし、流石のぬえも本体の傘のどの部分が小傘のどの部分に作用するのかは分かっていない。
完全に分かり切った物ではないからこそ、楽しむ対象になるのだ。小傘にはいい迷惑である。
無論、これらのことはついさっき小傘に出会ったばかりの響子が分かっているはずもない。
なので小傘がどうして抱腹絶倒しているのかさっぱり分からず、故に傍観することしかできない。
(な、なんだろう、この変な生き物)
最初は見るも語るも恐ろしき、目玉を欲しがる一つ目お化け。
だが一皮むいてみれば、そしてこのザマである。
いまいち何が起きているか分からないが、ちょっぴり可哀想に思う響子であった。
※セクハラ、ダメ絶対
はい、どうも。作者だったかもしれない兎です。
8話目を書きなおさせていただきました。よってもうちょっとプロローグが続きます。
せっかく自分の手で書いているので、自分で納得が行くような進み方にしたいのです。
そのため旧8話を差し替えてこの8話目を書かせてもらいました。
混乱させてしまったのならすみません。
そんなわけで小傘ちんです。
オッドアイだったり本体がどっちか分からなかったり、妙にネタにつきない小傘ちんです。
せっかく怪談を勉強しているのだからと、夏の風物詩的意味合いもかけてちょっと頑張らせてみました。
でも最後はへたれて終わってしまいましたが。
ぬえと違って悪い子にはなりきれないんですね。がんばれ小傘ちん。
(最近はボクがあるお方の影響を多大に受けた結果、小傘がアモーレ アモーレと連呼するようになりました。がんばれ小傘ちん)
そんなわけで、たぶん次はお風呂です。
はい、お風呂です。
たぶん。




